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時空系公務員の受難  作者: 林海
江戸で政策自主研

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第28話 くそ、無念だ……


 結局、僕たちが再度沢井氏(仮)と話せたのは、夕方、薄暗いというのは暗くなりすぎる頃だった。

 それこそ久しぶりの開店だったから、お客も多くて1日中てんてこ舞いだった。僕たちもぐったりだったけれど、沢井氏(仮)に至っては朝に比べて目の周りが窪んで見える。しかも、滅茶苦茶汗臭い。


 総じてみんな、例外なくそんな感じだ。

 久しぶりの労働が、いつもよりハードだったんだからそうなる。

 店主として、挨拶と接客に回り続けた僕たちの声も枯れ気味だ。


 それでも、僕たちは沢井氏(仮)と連れ立って鰻を食いに出かけた。

 おひささんと佳苗ちゃんには先に帰ってもらったけど、相当に不思議そうな顔をしていた。

 まぁ、当然だけど仕方ないよね。

 ひろちゃんには、昼間売りに来た饅頭を渡して頭をなでてあげたよ。



「鰻が食いたいですねぇ」

 沢井氏(仮)、鰻を頬張りながら言う。

 堀端の屋台の前で、僕たちは座り込んで鰻の串を持っている。決してお行儀のいい姿ではない。


 沢井氏(仮)の言いたいことはとても良くわかるよ。

 開いてあって、蒸しの入った鰻が食いたいんだよ。ここの鰻は、それこそ(がま)焼きだ。鰻を筒切りにして串を打って焼いたさまが蒲の穂のようだから、そう呼ばれている。結局、その味は焼き魚の延長に過ぎない。しかも、味付けは醤油ではなくて味噌だ。

 つまり魚の田楽、魚田であって、僕たちの知っている口の中でとろけるような洗練された代物ではない。(がま)焼きが(かば)焼きになるまでには、まだまだ時間が必要なんだ。


 まぁ、僕たちと同じ時間で育った沢井氏(仮)が、重労働に慣れているはずがない。バテて体を壊す前に、スタミナを付けておいて貰わないとだ。

 あ、言っておくけど、これはあくまで店主として健康を保てなさそうな従業員に対する措置だから。

 犯罪者と馴れ合っているわけじゃないよ。



 とはいえ、僕たちが話す内容は、この時間の中で収まる内容じゃない。

「資金もなし、幕府からの公認もなく、普通に考えたら物理的に無理がある水道を引くってのは、是田さん、雄世さん、上司に相当疎まれてますね。

 もしくは、どうでもいい鉄砲玉扱いなのか……」

「鉄砲玉の方だよ」

 僕、口の中に入った鰻の骨を、堀の水の中に吐き飛ばしながら答える。


「疎まれるほどの存在ですらないんだよ、次長クラスから見て僕たちぺいぺいは」

 是田がそう補足すると、沢井氏(仮)は心底憐れむような目で僕たちを見た。

「……公務員にならなくて、本当に良かったと思いますよ」

 なにげに傷つくな、マジに。死刑囚に憐れまれる僕たちって……。


「で、成算はあるんですか?」

 どことなく、その声には笑いが含まれている。きっと沢井氏(仮)は、いい気味だと思っているに違いない。


「幕府の役人には伝手ができていると思う。

 資金については寄付を募るとか、がんばるしかない。

 工事方法については昨夜も相談したんだけど、まだ案を出せていない……」

 是田が苦渋の表情でつぶやくように言う。


「そうですか。

 私にはあなたたちがどうして案が出せないのか、不思議で仕方ないのですが」

 なんだと?


「工事のいい方法があるってことですか?」

「工法もですが、資金だって簡単に儲けられるでしょうに」

 はぁ?

 あのな、僕たちは犯罪行為に加担はしないぞ。


「法律は守らねばなりませんから……」

 僕の口調、無意識に皮肉に満ちていたかもしれない。

 だけど、沢井氏(仮)の返答の口調はあくまで冷静だった。


「当たり前ですよ。

 法律は守らねばなりません」

 皮肉かよ……。

「あれっ、気がついていないんですか?

『改正時間整備改善法』から、『改正時間整備改善法施行令』、『改正時間整備改善法施行規則』、『時間整備改善にともなう人道的判断に関するガイドライン』に至るまで空いている大穴に……」

 ……マジかよ。



 僕、江戸に来る前の係長との会話を思い出していた。

「お前ら、「改正時間整備改善法」から「時間整備改善にともなう人道的判断に関するガイドライン」までを本当に読んでいるのか?」

 と聞かれて、僕と是田、声を揃えて「読んでますよっ!」って答えたんだった。


 そう、毎日のように読んでいる。

 だけど、係長の言うような、沢井氏(仮)が言うような大穴、僕たちには見つけられていない。係長の「お前たちが気が付かなければ、それまでだな」という言葉までがまざまざと思い浮かぶ。

 くそっ、悔しい。


「あ、失礼しました。

 その法律を所轄している職員の方が、気がついていないわけないですよね。

 出過ぎたことを……。

 鰻、ごちそうさまです。

 これで明日からまた、しばらくは頑張れるでしょう」

 僕たちの困惑の表情に向かって、沢井氏(仮)が言う。


「ちょっ……」

 反射的に声が出かけて、その声を僕は咄嗟に飲み込んだ。

 弱みは見せられない。

 なにがあっても、見せらないんだ。


「なにか?」

 くそ、僕の顔見て、嬉しそうに聞きやがるな。

 くそくそくそくそくそーーーーっ。


「いや、なんでもありません」

 奥歯で怒りと無念さを噛み潰しながら僕は平静を装う。

「明日から、またよろしく」

 そう言う是田の顔も、表面上は取り繕っていても、相当にいろいろなものを含んだものになっていた。

実はもう気がついているのに、盲点に入っているのです。

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