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時空系公務員の受難  作者: 林海
江戸で政策自主研

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第21話 千住の宿


 僕たちのそこはかとない不安の外で、お母ちゃんは話をぐいぐい進める。

「では四郎、よいか、明日にでも牧野様に使いを出し、お話を聞いていただくための算段を整えなされ」

「わかりました、母上」

「なおこの際、不要な誤解を防ぐため、常世の方うんぬんは出さぬ方がよろしかろう。 

 江戸の蕎麦店『はずれ屋』の店主が民のためと一念発起し、その赤心に打たれたがゆえに助力する旨、明らかにしておくのじゃ。

 口さがない者共は、なにを言うかわからぬからな」

「はい、気をつけましょう」

 ……とんとん拍子やな。

 却って不安になるよ。



 僕たち、おひささん一家に礼を言って長屋を辞去する。

 明日「はずれ屋」でまた会いましょうと、そういうことにして、だ。

 ついでに、同じ長屋に食いっぱぐれがいるというので、お駄賃をあげて蕎麦の元締に明日から営業と伝言のお使いに行ってもらった。ついでに店の女の子の取りまとめ役と水汲み部隊の取りまとめ役の2人のところにも回ってもらう。

 これで問題なく仕入れもできて、人も集まる。連絡網みたいなのをあらかじめ作っておくの、江戸ではとても重要なことだ。だって、携帯はおろか電話がないんだから。


 僕たちはお金も少しは生めたから、今晩は宿に泊まる予定。そうでないと、6畳一間に5人で寝かせることになっちゃうからね。明日はそうなるかもだけど、今日は是田と2人で話したいこともたくさんあるからね。


 そもそもだけど、幕府から許しが出て、お金も「はずれ屋」で稼いだ頭金を元に寄付とかでさらに増やしてと、そこまで上手く行ったとしよう。だけどその上で、物理として水を安定的に運ぶ方法があるか、ということだ。

 この時代の技術のみで、ね。


 僕たち、30分くらいぶらぶらと北に向けて歩いた。

 目的地は千住の宿。

 刑場である小塚原が近いからあまり近寄りたくはなかったんだけど、一番近い宿場だし仕方ないよね。

 とはいえ、江戸近郊の四宿と呼ばれた千住、品川、内藤新宿、板橋の中でも最大の規模だったし、値段は張っても良い宿もあった。

 風呂の湯がどろどろになっているような旅籠には、絶対泊まりたくないからね。


 いい宿を選ぶのは簡単だ。

 宿場に予約客なんてほとんどまったくいない。繰り返すけど、携帯はおろか電話がないし、徒歩の旅は予定どおりに行かないのが当たり前だからだ。どれほどの健脚を誇る人だって、雨が降ったら川が渡れないだろ。

 だから、通常は飛び込み客しかいないし、それを1人でも多く確保するために客引き女が袖を掴んで離さず、宿の土間まで引きずり込むのが常道だ。

 その必死さ加減がね……。ダメな宿ほど強くてね。

 あと、そういうところほど安い値段アピールも強いんだ。


 ついでに、客引き女のご面相が良くて、「いいことがある」なんてささやいてくるところもダメだかんね。

 すけべえ心で飯盛女目当てにその宿に入ると、飯も風呂も悲惨なんて当たり前にあることだから。当然その美人は出てこないし。

 江戸の純情な人たちなら騙されるだろうけれど、ウソ・大げさ・まぎらわしい誇大広告に対して耐性ができている僕たちは騙されないよ。



 逆にいい宿は、無茶な値段は言わない。そもそも最初っから、ある程度以上宿泊費は負けられないんだ。コストは掛かるものなんだから、ね。

 実際、金をある程度持った隠居衆も旅をするし、そういう衆をターゲットにしている宿もある。本陣、脇本陣には届かないけれど、格式ある宿ということだ。


 そういうところの方が、当然だけど治安もいい。

 相部屋で詰め込まれて、財布を抜かれるなんてこともない。

 ある程度の、そう、ある程度ではあるんだけどプライバシーも確保できる。所詮ふすまで仕切られた空間だから、大声なんてあげられるわけもない。けれど、それはお互い様で思慮し合える。

 つまり、邪魔されずに是田と話せるんだ。


 今回は宿帳、でたらめというほどでもなく書けた。

 今や僕たちは「はずれ屋店主」という肩書がある。

 こういうの、ありがたいよ。拠点があるっていいなぁ。


 で、江戸の食事はまぁ、こういうものになってしまうのだろうな。なんせ冷蔵庫がないんだからね。

 でも、前回に内藤新宿で泊まったときとは違う。

 干物の魚、今回は鯵だった。

 豆腐と蕪と里芋の煮物、秋ナスとネギの味噌汁。

 そして小鉢がもう1つ、味噌で濃く味をつけた魚の……、炒め煮みたいのかな? ついに最後まで是田と2人で正体がわからなかった。最後に宿の中居さんに聞いたら鮒だって。淡水魚とは、さすがに内陸に入ったね。

 そしてお櫃にご飯。

 どれも滋味があって美味かったよ。


 風呂も済ませて、灯火のもと、ようやく是田と話す体勢になった。

 今回ろくに話せてないけど、でもきちんと意思疎通しておかないと目も当てられないことになるからね。



「水道が川を渡るなんて、できるのかな?」

 そう是田が口火を切った。

 話すと言いながら、いきなり返答に困ることを聞くな……。会話のドッジボールじゃないんだぞ。キャッチボールだ、キャッチボール。


「例えば、単純に水道橋を架けるという手は難しいでしょうね」

 仕方なく、無難に返す僕。

 共に声は控えめだ。

 いくら仕切られた空間とは言え、ふすま一つ隔てて、他の宿泊客がいるんだから。

鮒を扱うお店もあったそうです、千住の宿。

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