ヒロイン不在なのに悪役令嬢が断罪されたらしい
「大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?」
そう言いながら片膝を付いて黄色いヒヤシンスを差し出す幼馴染。
赤い髪と赤い瞳に負けず劣らず真っ赤な顔をして。
「うん!」
嬉しくて満面の笑みで答えた私は花を受け取ると倒れてしまった。
その日の夜、熱を出してそのまま一週間寝込み、お約束の前世の記憶が蘇った。
乙女ゲーム「あなたとなら幸せ」
黄色いヒヤシンスの花言葉。
この花が要所要所に出てくる。
そのヒロインのアイリスに転生してしまった。
このゲームは攻略対象が王太子、悪役令嬢の義弟、騎士団長の息子、宰相の息子、天才魔術師の5人。
このゲームは好感度がとても上がり易い。でもそれが落とし穴。
複数の攻略対象の好感度が高くなると、嫉妬からヤンデレ発言が増え、バッドエンドは全員がヤンデレになってしまうというトンデモ仕様だった。
一度ハッピーエンドルートに入ってしまえばヤンデレになる事はない。
でもハッピーエンドを迎えるには最初から一人に絞って、他の人の好感度を一切上げずに攻略しないといけないのだけど、元々好感度が上がりやすいのでとても難しかった。
最初それを知らずに友達に勧められるがままプレイした私は見事にバッドエンドになり危うくトラウマになるところだった。
全員の好感度が一定のラインを超えるとバッドエンドに突入。
黄色いヒヤシンスを2回貰うのがラインを超えたサイン。
そして一番最初に2回目のヒヤシンスを貰った人に卒業前に監禁されてしまうのだ。
先日黄色いヒヤシンスをくれた幼馴染が攻略対象だと気づく。
はあ……
ため息が溢れる。
好きだったのに。
でも破滅したくない私は、全力で回避する事にした。
母は私を産んですぐに亡くなった。
父は子爵で、伯爵である伯父から領地の管理を任されているのだけど、ヒロインの13歳の誕生日に事故に遭い、ヒロインが父を助けるために祈り覚醒して聖女認定される。
と言っても魔王と戦うわけでも魔物を防ぐ結界を張るわけでもなく、宝の持ち腐れだなと思っていたので別に覚醒しなくても問題はないはず。
普通の治癒魔法の使い手なら他にもいるし、もし問題があるならゲームの強制力とやらで結局覚醒する事になるだろう。
父に「今日お父様が事故で亡くなる夢を見たの。お母様だけでなくお父様までいなくなったら……」と涙目で言うとお父様は出かけるのをやめてくれた。
ヒロインが15歳の時に王都にある王立学園に入学して物語が始まるのだけど、当然入学を拒否した。
この時のために年の離れた兄から教えを請い、既に父と兄を手伝えるぐらいの知識を吸収していた事もあり父は強くは言わなかった。
あの日以来友達としての距離を保っていた幼馴染は、王立学園に入学するため旅立った。
私に泣く権利はないのだけど……
*****
鏡の中の自分を見つめる。
ウェーブがかった金色の髪。
猫目に輝くアクアマリンの瞳。
通った鼻筋と艶々の唇。
手入れの行き届いたもちもちプルプルの白い肌。
そして私はローズマリー。
公爵令嬢。
何度も確認して、そして確信する。
転生したんだわ。
残念ながら私の名前に聞き覚えはないから知っている話ではないみたいだけど、この気の強そうな美人顔でしかも公爵令嬢。
どう考えても悪役令嬢よね?
「ふっふっふっ」
思わず笑いが溢れちゃったわ。
だって念願の悪役令嬢(推定)に転生したのよ!
私は常々思っていたの。
ヒロインは逆ハーすると破滅するけど、悪役令嬢は破滅しない。
だから、逆ハーしたいなら悪役令嬢に生まれ変わればいいのよって。
その夢が叶ったんだわ!
もちろん転生もののヒロインみたいな事はしないわよ。
悪役令嬢らしく、清く正しく美しく。
卒業するまではね。
原作を知らないから誰が攻略対象なのかわからないけど、きっと王太子とか騎士団長の息子とかでしょ?
ふふっ。
全員私がいただくわ。
ヒロインには絶対に負けないわよ。
私は前世で読んだ転生ものの知識を最大限に活かした。
婚約者である王太子のオーティス様には明るい天然令嬢を、義弟のラルフには優しいけど天然で放って置けない姉を演じて、あっという間に心を掴んだ。
基本、天然のふりをしていればいいんだもの。簡単よね。
そして月日は流れ、学園生活が始まった。
オーティス様とラルフからはひしひしと好意を感じていたのでしばらくは後回し。
高位貴族で私好みの令息を探した。
騎士団長の息子ローガン様と宰相の息子ディラン様はきっと攻略対象よね。
彼らも基本的には同じ。
悪役令嬢専用スキル「天然」を発動させると、あら不思議、彼らはいとも簡単に私に夢中になった。
だけど誰も直接文句を言わないし、虐められる事もない。逆ハーし放題。
公爵令嬢最強!
いつまで経ってもヒロインらしき人物が現れなかったけど、転生もののお約束の一つで逃げているんだろうと思って特に気にしなかった。
それにしても、やけに黄色い花をプレゼントされるのよね。
私は花に詳しくないから何の花なのかわからないのだけど、普通女性にプレゼントといえば赤とかピンクのバラじゃないの?
赤いバラが好きって言ってるのに昨日はオーティス様から今日はラルフからまたしても黄色いヒヤシンスを渡された。
後回しにしていたせいか最近オーティス様とラルフのヤキモチが酷い。
まあそれだけ愛されているって事よね。
ディラン様からまた黄色いヒヤシンスを貰らった。
これで4人から2回ずつ。
きっとこの4人が攻略対象ってことよね?
2回っていうのは何か意味があるのかしら?
なんだか最近オーティス様の背後に黒いオーラが見える様な気が……気のせいよね?
ラルフに「閉じ込めようかな」って言われた。
冗談よね?
まさかのヤンデレキャラ?
どうしよう。
卒業までは清い関係でいるつもりだったのに、オーティス様の目が怖くて拒めなかった。
どうしよう。
ローガン様やディラン様とも……
どうしよう。
黄色いヒヤシンスをくれた攻略対象と思しき4人をヤンデレ化させてしまった。
私が本物の悪役令嬢じゃないから?
天然が演技だったから?
どこで間違えたの?
*****
ある晴れた日。
友達のモニカとカフェでお茶をしていた。
「ねえねえ、聞いた? 王立学園の卒業パーティで公爵令嬢が断罪されたんですって!」
「えっ!?」
ヒロインはここにいるのにどうして断罪イベントが発生しているの?
「公爵令嬢が複数の男性と不貞行為を行っていたらしくて、男性の婚約者達から証拠を公表されて、流石に公爵令嬢と言えども揉み消せなかったんだって」
えぇっ!? 何その話。
公爵令嬢がヒロインみたいな事をしたって事?
しかも乙女ゲームではなく転生もののヒロインの方。
ゲームだと王太子のハッピーエンドルートに入ると悪役令嬢の断罪イベントが起こるんだけど……
ん???
わからない。
マシューは攻略されたのかな?
胸がチクチクする。
「マシューから何も聞いてない?」
ちょうど考えていた幼馴染の名前が出てきてドキッとする。
「ううん、何も聞いてないよ」
彼は魔法の才能が開花して平民なのに王立学園に入学した。
今では「天才魔術師」と言われている。
長期休みの度にこちらに帰って来ていたのでみんなで会って話はしていたけど、込み入った話はしていない。
でもこの前帰ってきた時は見た感じ特に変わった様子はなかったけど……
ゲームのスチルではヤンデレ化するとわかりやすくアイラインみたいに目の周りが黒くなってた。
「公表された証拠と言うのが映像を記録できる魔道具らしいんだけど、それを作ったのがマシューなんだって!」
あ、そういえばゲームのマシューも映像を記録できる魔道具を作ってたな……
証拠を押さえるために魔道具を作ったって事はマシューは公爵令嬢とは何もなかったのかな?
う〜ん、さっぱりわからない。
*****
昨日、戒律の厳しいと有名な北の修道院へ着いた。
ヒロイン不在にも関わらず、私は卒業パーティで断罪された。
攻略対象らしき人たちの婚約者から不貞行為の証拠を突き付けられた。
その後、裁判にかけられて修道院へ送られる事になった。
ありがとう!!!
断罪してくれてありがとう!!!
恐怖で学園生活の後半はほとんど覚えていないのだけれど、殺されるかと思ったわ。いえ、殺されるならまだマシ。
危うく閉じ込められて……うっっ。
本当にここに着くまで気が気じゃなかった。
王位継承権を剥奪され北の塔に生涯幽閉のオーティス様や廃嫡され平民落ちしたラルフ達が形振り構わず捕まえに来たらどうしようかと……誰にも言わず予定より早めに出発して良かった。
後方から土煙がして馬に乗ったオーティス様が見えた時は恐怖で体が動かなくなったけど、事前に「殴り飛ばしてでも私を修道院に放り込んで」とお願いしていて、その言葉通り従者が放り込んでくれて助かった。
神様ありがとうございます!
毎日心を込めて祈ります!
天然悪役令嬢は奥が深かった。
前世で読んだ転生ものでは、どの悪役令嬢も攻略対象からいい感じのヤンデレ具合で溺愛されて幸せになっていた。
所詮私は紛い物。
天然の悪役令嬢に敵うわけがなかったのよ。
「簡単」とか言ってごめんなさい!
もし万が一再び転生しても逆ハーなんて狙いません。
真面目に生きます!
*****
「お先に失礼します」
「お疲れ様」
「また来週〜」
覚醒しなかった私はゲームとは違いギルドで働いている。
珍しく定時で上がれた私は、モニカと待ち合わせをしているバルに向かった。
花屋の前を通りかかると黄色いヒヤシンスが目に入った。
見る度に胸がチクリとする。
攻略対象だと気づいて遠ざけてしまった幼馴染。
本当は嬉しかったのに……
だけど寝込んで以降、マシューもその話に触れないし、それどころか余り近づいて来なくなったから、花を貰った事自体が夢だったんじゃないかと思えてくる。
未練を振り払う様に首を振りバルに向かった。
バルに着くと既にモニカがいて早速注文をした。
乾杯をして話していると、左隣に誰かが座った気配がした。
そして隣に座った人物を見て固まった。
「久しぶり」
「マシュー……」
「ギルドで働いてるんだって?」
「……うん」
「そっか。元気そうで良かった」
そう言って笑う顔は昔を思い出させた。
「……いつ戻って来たの?」
「さっき着いたとこ。明日には戻らないといけないけど」
「えっ!? 何か急ぎの用事?」
「うん、でも大丈夫」
「そうなの?」
「うん」
「そう……学園は楽しかった?」
「そうだな……なんか魔道具作ってばっかりだったな」
「……映像を記録するやつ?」
「あぁ、聞いたのか」
「うん、モニカから、大活躍したって」
あれ? いつの間にかモニカがいない。
探そうとしたけどマシューが話し始めたので視線をマシューに戻した。
「大活躍なのかな?……とある公爵家のご令嬢が婚約者のいる男たちと次々と親しくなっていって、その婚約者の一人が相談した相手が俺を取り立ててくれた人でさ。何か不正の証拠として出せる様な魔道具を作ってくれっていうから、俺は映像を記録できる魔道具を作って渡しただけだよ」
「公爵令嬢の名前って?」
「ローズマリー・ウォートン」
ゲームの悪役令嬢と同じ名前だ。
「そういえば、ガゼボで真っ青な顔をした公爵令嬢が座っていて、ちょっと様子がおかしかったから魔法で声を拾ったら『まさかのヤンデレキャラ?』って呟いてたんだよ」
マシューの話に思わず目を見開いた。
悪役令嬢は転生者なんだ。そしてヤンデレルートに入ってしまった。
しかもこのゲームを知らないみたい……ご愁傷様です。
「マシューは公爵令嬢とは、その……」
「……どういう意味?」
声が低くなった。
怒ってる?
「天才魔術師って言われてるからアプローチされたりしたんじゃないかと……思って……」
「……全く接点ないよ。彼女は伯爵家以上の令息にしか近づかないし。俺はさっき言った、声を拾った時が一番近づいた時だから」
そうなんだ。
悪役令嬢はマシューが攻略対象だと思わなかったんだね。でもマシューの好感度を上げなかったお陰で、なんとか卒業前の監禁からは逃れる事ができたんだから、怪我の功名?
あのゲームは本当に怖かった。
ヤンデレというよりDVなんじゃないかと……
断罪されて修道院に行く方が幸せだと思う。
「ヤンデレの意味がわからなかったけど、公爵令嬢がちょっかい出してた男のうちの何人かが段々人が変わった様になって、目が据わっていると言うか仄暗いというか、なんかゾッとする感じで、もしかしたらこれがヤンデレか?って思ったんだけど……」
そう言って何故か私に問うような視線を向けて来た。
「そっ、そうなのかな? きっ、聞いた事ないから、よっ、よくわかんないけど……」
「…………俺、他にも魔道具作ったんだ」
「うん?」
「アイリスに安心して貰える様に作ったんだ」
「う……ん?」
話が見えず困惑する私の目の前にマシューが色んな形の魔道具を並べ始めた。
「これが悪意のある人が触れようとしたら弾き飛ばす魔道具で、これは持ち主が嫌だと思ったら弾き飛ばす魔道具で、こっちは正気を失った人を弾き飛ばす魔道具。で、こっちは」
「ちょっ、ちょっと待って! なんでそんなに弾き飛ばす魔道具ばかりあるの?」
「だからアイリスに安心して貰える様に」
「これがあるとなんで私が安心できるの?」
「怖いんだろ? ヤンデレ」
「……えっ!?」
「俺、昔お前が倒れて寝込んでる間に見舞いに行ったんだよ」
「そうなの!?」
「うん。で、その時うなされながら『マシュー怖い』『ヤンデレ無理』って何回も言ってて」
まさかの寝言を聞かれていたパターン……
「何の事かわからなかったけど、すっごく怖がってるって事はわかった。熱が下がって会いに行った時に酷く怯えた顔をしていたから俺が何かする夢を見たんだろうなって。そんな時に近づいて余計怖がらせたら嫌われると思ったから無理に近づかないようにした」
だから距離を取ってくれていたんだ。
「でも、その後も微妙に距離を取られるし、せっかく俺が学園に行くことを認められたのにお前は学園に行かないって言うし……まあ、ヤンデレがどういうものかは今回のことでよくわかった。卒業パーティーの時の殿下とか侯爵令息とか、確かにあの目はゾッとした。公爵令嬢なんて断罪された時にホッとした顔をしていたからな」
わかる。悪役令嬢の気持ちが痛いほどわかる。
「お前は俺があんな風になる夢を見たんだろ? でも夢が原因で怖がられるとか、やっぱり納得はいかないかなって」
そう言ってマシューは苦笑した。
責めるような口調にならない様に気をつけてくれているのがわかるので余計に辛い。
「だからこれを作った」
なるほど。ん? いや、わからない。
だってそれじゃあ、まるで……
「俺は今でもお前のことが好きだよ」
「!?」
「会うたびに可愛いなって思うし、やっぱり好きだなって思う」
ストレートな言葉に顔が熱を持つ。
間違いなく真っ赤だろう。
「アイリスは……その、誰か好きなヤツとかいるのか?」
慌てて首を横に振った。
「高熱で寝込んでいる間に怖い夢を見ちゃって、夢と現実の違いがわからなくなったの」
前世の記憶に引っ張られて怖がって、目の前の優しいマシューを信じられなかった。
「うん」
「でも、あの時、本当に嬉しかったの。私もマシューのこと、好きだったから……」
「過去形なのか?」
「えっ?」
「もう一度ここからやり直したいなと思って……」
そう言いながらマシューが取り出したのは黄色いヒヤシンスだった。
そして真っ直ぐ私の目を見て告げる。
「俺のお嫁さんになってくれる?」
「ぐすっ……」
「なに泣いてんだよ」
そう言って笑ったマシューはハッピーエンドのスチルそのもので……
あっ!
【最初から一人に絞って他の攻略対象の好感度を一切上げない】
私は領地に籠っていたからマシュー以外の攻略対象の好感度を上げるどころか出会ってもいない。
図らずもハッピーエンドルートを進んでいたんだ……
「アイリス?」
心配そうに覗き込んだマシューに思わず抱きついた。
「うおっ!?」
「マシュー大好きっ!」
「えっ!? 急に積極的、いや、いいんだけど、どうした? いや、いいんだけど……」
安心した途端、気持ちを抑えられなくなった私にマシューはとても戸惑っていたけど、しばらくすると抱きしめ返されて放してもらえず今度は私が戸惑う羽目になった。
この日マシューがお店に来たのは偶然ではなく、最初からモニカと交代する話になっていたみたい。
まあ途中からそうだろうなとは思っていたけど。
でもモニカが別のテーブルで恋人と一緒に私たちを観察しているとは思わなかった。
私の事を決着つけるためにこちらに帰って来ていたマシューは仕事のため翌朝には王都に戻って行ったけど、すぐに手紙で私の父へ結婚の申し込みをしてくれた。
父もマシューの事はよく知っているので反対される事もなく、あっという間に婚約が成立し、すぐに結婚式の準備も始まった。
そして、あんなに拗らせていたのが嘘の様に、あっという間に私はマシューのお嫁さんになったのでした。
その後、マシューは魔術の才能が認められ男爵位を授与された。
二人は子どもにも恵まれ、幸せな人生を送った。
マシューが作った映像を記録する魔道具は結婚式や子どもの成長を記録するのに大活躍した。
しかしアイリスのために作られた対ヤンデレ魔道具は生涯使われることはなかった。
〜fin〜
私の拙い文章をお読みいただきありがとうございます。
いつも誤字報告ありがとうございます。
助かっております。