13話 コボルトは刺身がいい
「うわっ! ここがダンジョン……じゃなくて焼肉森本のコボルト養殖場ですかっ!」
「凄い、広い」
「本当に大丈夫なのか、その辺からモンスターが出てきたりしないか?」
「大丈夫ですって。店長達が下って来る前にちゃーんと水晶でコボルトの場所を変えてあります。あっ、でもあっちの奥にある部屋……というか広間はヤバいんで絶対入らないで下さいよ」
昼飯を食べ終わると、俺は店長達を連れて階段の下にある養殖場に案内した。
もっと『それはまずいですよぉ』とか、『それはどうかと思う』とか、『法に触れるかもしれないのか……俺罰金は嫌だぞ』とか、ごねてくると思ったら、みんながみんな乗り気で、なんなら俺が一番動揺しているまであるんだが。
「じゃ、夜まで時間ないしらさっさと始めるか。宮下、テーブル広げてくれ」
店長に言われるがまま、俺は上から持ってきたキャンプ用のテーブルを3つ広げた。
焼肉森本恒例、夏のバーベキュー会用のこれがまさかこんな形で役に立つなんてなぁ。
「宮下君、コボルト出してもらってもいい?」
「は、はい」
俺がアイテム欄からコボルト【RR】の死体を全て出すと2人1組になって血抜きを始める。
出来るだけ予め掘っておいた穴に血を落とすが、それ以外にも血が飛び――
「1回流しまーすっ!」
血抜きが終わると、優夏さんは階段の脇に設置された蛇口をひねって長いホースの先からバシャバシャと水を流し始めた。
そうっ!
実は養殖場を拡張する為に水晶の『拡張』をタップすると、単純な広さの設定だけじゃなくて『水道(蛇口)』、『トイレ』、『木の壁』、『木の床』といった設備の項目があったのさ!
でもこれは無料で設置出来るわけじゃない。
設定の後水晶に新しく現れたのは『残り魔石値』というメニュー。
流れてきたアナウンスによると水晶に魔石を触れさせる事でこれは増え、溜まった分だけ、各メニューの一部で使えるらしい。
因みに初回分は無料で、今後は有料。
例えばトイレなら魔石値100が必要なんだけど、これが通常のコボルトから得られる魔石1万個分。
つまりは……『魔石』、滅茶苦茶必要。
場所の拡張に関して幸いな事にある『条件』を満たす事で可能になる。
こっちも初回は無料だったから今回はなんとかなった。
今のところこの養殖場に欲しいものはあとトイレくらい。
しばらくはあんまりいじってやる必要はない、と思――
「宮下、前にあんだけ教えてやったのに……」
「大丈夫。宮下君はちょっと不器用なだけ。ここに練習素材も無限にあるし、ここに籠って練習すればすぐ上達する」
「いやいやいやいや、ここに籠るって、俺は他のダンジョンにも行かないといけ――」
「こんな簡単に狩場に着いて簡単にコボルト【RR】が倒せるんだ、しばらくは狩りより店優先で頼むぞ」
「うん。私もその方が助かる」
店長の発言にうんうんとちょっと嬉しそうに何度も頷く景さん。
ふぅ。
何時間いても快適な様にカスタムするかぁ。
「私、肉は捌けないけど捌いた部位貰ってスープ仕込んできます!」
元気に階段を駆け上がる優夏さん。
しばらくはあの子が俺のフロアでの先輩になるのかなぁ。
◇
「かーっ!」
お通しの塩キャベツをつまみにまずは生ビールを一口。
新人探索者、細江直之、レベル80のエリート。
だけど今日は【NO2】1階層の探索に盛大に遅刻。
直属の上司からきつーくお叱りを受けた挙げ句、日々天狗になっているとかなんとか今日の事と関係ない事までぼやかれてしまった。
でも仕方ないじゃん。
それだけ、威張れるくらい俺は強いんだから。
あのダンジョンの神様も強いんだったらもっと自由に横暴にすりゃあいいのに。
「すいませーん! 注文っ! すいませーんっ!」
それにしてもいつもはがらがらなのに今日に限って混んでるのは何でだ?
焼肉森本の常連になって1年経つがこんなのは始めてだぞ。
「す、すいません。お待たせしました。ご注文お伺い致します」
「取り敢えずタンとカルビ1人前ずつ。あ、あと刺身の盛り合わせ」
「かしこまりました。今ですとどちらも同じ値段でコボルト【RR】のお肉で御用意できますが、いかがですか?」
「じゃそれで――」
全て注文し終えてメニューから目線を上げた。
正直店員の顔なんて同じに見えるし、気にもしない。
だけど、この人は……。
「か、み……?」
「紙エプロンですね。そちらも御用意致します。刺身から直ぐにお持ちしますのでもうしばらくお待ち下さい」
間違いない、神だ。
えっ、何でここにいるの?
しかも普通に働いてるし。
神なのに腰低いよ、低姿勢だよ。
そういえば焼肉屋の探索者がずっとコボルトだけを狩ってるって聞いた事があるような……。
もしかして神は、ダンジョンの様子を伺いつつ、コボルトの肉をこの店の人間の為に流していた?
一体なんで?
なんのメリットが?
「分からない。さっぱり分からない」
頭をフル回転させたが、この問題は解けそうにない。
いっその事声を掛けてみるか?
「お待たせしました! コボルト【RR】の刺身盛り合わ――」
「あの! えっと、その……今楽しい、ですか……?」
ヤバい緊張して変な質問をしてしまった。
俺変なやつに思われ――
「……はい。きついですけど、こうして店やお客様に必要とされるのは楽しい、というよりか嬉しい、ですね。では失礼致します」
屈託のない顔。
神は善意だけで、善意だけで……。
「神は神だったか……」
俺は去っていった神の姿を見送ると、お気に入りのコボルトの刺身に手を掛けた。
臭いがちょっとだけ気になるけど、コボルトからはなんでか0157の検出がされない。
その上安くてそれなり。
だからレバ刺し多めのこの刺身盛り合わせという名の生肉盛りは外せない。
「これこれ――。ってなんだこの肉!? いつもより遥かに旨いんだがっ!?」
神の事もあるし、これは先輩に報告だな。
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