1話 フラグと雷には気を付けよう
「なあ航、昨日のデザートジャイアントの件どうする? 昨日の感じアイツのでかい図体に油をぶっかけて炎魔法を喰らわせるのは限界だと思うんだが……」
「ああ、うん……そうだな……」
「おい、航聞いてるか? …もしかして、また飽きたのか? お前はゲームに飽きるのホント速いからなぁ。『アドマ』でもダメだったか」
「いや、そうじゃない。『アドマ』は神げーだ。ただ、ただ昨日の夜でいいアイデアを思い付いた気がしたんだが……。クソッ、思い出せねー! 睡魔に負けずにちゃんとメモっときゃよかったわ!」
科学技術研究部、略して科技部。この科技部に与えられた科学準備室の中で俺たちは、今はまっているフルダイブ型MMORPG『アド・マジック・オンライン』通称『アドマ』について話していた。
かつてのMMORPGが廃れはじめ、モバイル端末で手軽に遊べるゲームが世間の主流になりつつあった世の中に突然発表された『フルダイブギア』。こいつのおかげでMMORPG界隈はいまだかつてないほどの盛り上がりを見せている。
『フルダイブギア』は、もともとは歩けない人に歩く感覚を覚えさせたり、危険な実験をシミュレーションしたりといった、医療分野、科学分野での応用を目的として作られたらしい。
しかし、ゲーム業界にとってはそんなことは関係ない。こいつはゲームと相性が良すぎた。
一般家庭用の『フルダイブギア』が発表されると、すでに死にかけだったMMORPG業界はまたたくまに盛り返し、いまでは『フルダイブギア』を使用する時間が日常生活を送っている時間よりも長くなる子供が増え、社会問題にまで発展しているほどである。
かくいう俺もフルダイブ型MMORPG『アドマ』にどっぷりとはまっていて、日々寝る時間を削りながら科技部の仲間たちと夜な夜な冒険に出かけているのだった。
「あー。あるある、そういうの。寝る前ってホントいいアイデア出るよな! ただ『アドマ』を限界までやってるから結局睡魔に負けてそのあと思い出せないっていうね。俺がこの間考えた氷の魔術も思いついたの寝る前だったわ」
「省吾の氷魔術な! あれはよかったよな! イフリートは氷魔術がなかったらマジきつかったと思うよ。ただ、あの後調べたらネットに動画上がってたけどな」
「マジで?」
「まじまじ、ただ投稿日見たら俺らがイフリート倒した後だったから、先に思い付いたのは俺たちだな。
はぁ……昨日思いついたやつを他のやつの動画で見て思い出すとかやだぜ俺、あーたのむからおもいだしてくれー…」
『アド・マジック・オンライン』はその名の通り魔術を加えることが特徴的なMMORPGだ。基本的な属性の魔術に「速度」や「形」などの特徴を加えることができる。火の魔術に「球体」と「射出」の特徴を加えてやれば『魔術:ファイヤーボール』が作れるし、水と火、そして「反転」「槍」「射出」なら火を反転させて水を氷にした『魔術:アイシクルスピア』なんかも作ることができる。
このアイデア次第で様々な魔術を作ることができる『アドマ』は、科学分野のシミュレーション用に開発された『フルダイブギア』と相性がよく、加えられる特徴は百以上用意されている。また、運営に加えてほしい特徴をプレイヤーが要望として送ることも可能だ。
そんなゲームが出たとなれば、科学技術部のゲーム好きのメンバーがどうなるかなど結果は火を見るより明らかだった。
「冴島君はいますか?」
省吾と会話しながら必死に思い出そうとうんうんうなっていると、準備室の扉が開き顧問がやってきた。
七三に分けた黒髪と丸眼鏡に白衣を着ていていかにも理系ですと言わんばかりの格好をしている。
ちなみに冴島とは俺のことである。
「ああ、冴島君。それとみんなも実験中ですみませんが手を止めて聞いてください。今日の部活は全校中止になりました。なんでも台風が来てるらしくて。まだ直撃はしていませんが隣町はもう雷で停電がひどいことになっているらしいです。ここも雷がひどくなる前に片づけて帰宅したほうがいいということになりました」
確かに。窓の外を見ると空は黒い雲に覆われていて雨が降っている。さっきから遠くでは雷の音が聞こえていたが隣町だったのか。
「冴島君。そういうことなので後片付けをお願いします。ひどくなるまえに帰りましょう」
「わかりました。みんな、そういうことらしい。今日の部活は中止して帰ろう。火はちゃんと元栓閉めろよ」
科学技術部の部長は俺だ。俺の指示でみんなが動き出す。
そんなに大きな実験をしていたわけでもないし部員は全部で六人しかいない。
片づけは早々に終わって部員は帰全員帰宅した。
部員たちを先に帰し、最後に見回り、鍵の返却なんかをしていたらずいぶんと遅くなってしまった。
傘をさしていても入り込んでくる雨にびしょ濡れになりながら家のドアを開ける。
「ただいまー。すごいなこの雨は…ってそうか今日は帰ってくるの遅いって言ってたっけ」
家に帰っても部屋は暗いままだ。そういえば今朝がた母が今日は帰るのが遅くなると言っていた気がする。
「まあ、夕飯は冷蔵庫にあるって言ってたし……。集合は八時か。もうすぐ時間だけど先にぱぱっと風呂だけすませるか。雨に濡れたままギアかぶりたくないしな」
俺は風呂から上がるとタオルで雑に体を拭くと自室のベッドにダイブする。
髪がまだ濡れていてフルダイブギアをかぶると若干気持ちが悪いが、まあインしてしまえば気にならなくなるのでいいだろう。雨じゃなきゃ別にいいのだ。
フルダイブギアをかぶると目の前にホーム画面が現れる。当然選ぶのは『アドマ』だ。
「よし、じゃあゲームスタート!」
俺は『アド・マジック・オンライン』を選択する。
視界が一気に暗くなる。
数秒待つ。
徐々に明るくなってきた。ダイブ成功だ。
視界が完全に明るくなると目の前に扉が現れた。
扉を開くと最後にログアウトした場所が視界に広がる。
砂漠の町だ。昨日はこの近くに出るフィールドボスのデザートジャイアントの攻略中で終わっていた。
ピロン
[トゥエルブ様からコールが届いております。応答しますか?]
俺がログインしてすぐにコールが届いたと脳内にメッセージが流れた。
コールは電話機能のことで他のプレイヤーと個人通話ができる機能だ。
省吾が俺のログインに気づいてコールをしたのだろう。
「YESだ」
応答を許可すると省吾の声が頭の中で聞こえる。
「おー、航。みんなもうそろってるぜ。酒場にいるから準備できたらきてくれなー」
ちなみにトゥエルブとは省吾のプレイヤーネームだ。
省吾だから正午で、12時だからトゥエルブらしい。
「わかった。昨日の戦いでポーションが少ないから買ってから行くわ」
昨日のデザートジャイアント戦は魔術で火だるまにしてこっちはポーションをがぶ飲みするという持久戦を仕掛けたのだが、結局こっちのポーション切れで負けてしまった。鞄を確認するがポーションのスタックはゼロだ。
「そういや、航。一番最後に帰ったろ? 雷どうだった?」
「ん? 雷か? 結構近くまで来てたぞ。俺が家に着いた時には光ってから5秒後に音が聞こえたからな」
雷は光ってから音が聞こえてからの秒数を数えれば大体の距離が分かる。音速はだいたい秒速340mなので5秒だと1700m先で雷は鳴っていることになる。
「まじか結構近いな。停電しなきゃいいけど」
「たしかに。停電したら多分強制ログアウトだろ? フルダイブギアってそこんところどうなんだろうな」
「うへー、戦闘中に停電で仲間欠けるとかイヤだわー… 停電ならいいけど雷直撃とかだったらもしかしたら死んだりして」
「いや、さすがにそれはないっしょ? ……ないよな?」
「いやわかんねーよ? フルダイブギアって頭にかぶってるし……例えば髪が濡れてたりとかさ。そういうときに高電圧を頭にかけられたら可能性あるんじゃね?」
「……やっべおれ今髪濡れてるわ」
「……電源タップに雷サージ防止機能とかは?」
「ない。壁のコンセントに直でつないでる……」
その日、とある町のとある家に、その日一番の雷が直撃したのだった。