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表面張力  作者: フジイ イツキ
14/18

微動する心

 新井に、先日あった合コンの席で、女と仲良くなれた自慢話を聞かされた後、渉が女に持ち帰られたと言う話を、根掘り葉掘り質問を受けたが、ただ部屋に泊まっただけだと答えると、ニヤつきながら期待していた新井とのその会話のやり取りを、終わらせようとしていた所に、相原が出社して来た。

同僚の相原が、普段はパンツスタイルが多いのだが、ワンピースを着て、パールコットンのネックレスや、ピアスを付て洒落っ気な装いをして出社してきていた。それに最初に気が付いて声をかけたのは、新井だった。

「相原さん、おはようございます。今日は、いつになくおしゃれですね! 気合が入っているって言う感じ」

 研究室の事務所のデスクに荷物を置いた相原は、渉と新井ににこやかで品のある笑みを見せた。

「おはよう。えー。だって、今日は雑誌の取材でしょう。それは気合入るわよー」

 相原の言葉に、渉は

「そう言えば、それ、今日だったんですね」

 と、思い出したように言った。

「そうよ。佐伯君、忘れてたわねー。この間の研究発表会で、名刺交換したでしょう? ビジネス雑誌の編集者さん」

「あー。俺も交換しました。艶っぽいなんかこう、大人な女な感じの方ですよね」

 新井は不敵な笑みを浮かべ、言った。渉は、頭の片隅でぼんやりと名刺交換した記憶を辿ったが、どんな顔だったかとか、雑誌編集者やら企業やら大学教授やらたくさんの人達と名刺を交換した中の一人ひとりを、記憶に留めてはいなかった。

「新井、すごいなぁ。よく、そんな覚えているよな」

 関心半分と呆れた気持ちで、新井に渉は言った。新井は、鼻息をふんと荒くして得意げになって太い両腕を組んだ。

「そりゃぁ、魅力的な印象だったからね。決して美人じゃなかったけどさ。気品がある感じ? 40代半ばくらいかなぁ? やっぱ、大人な女もいいよなぁ」

「お前、こないだの合コンで女で来たんだろ?」

「えっ? 新井君、合コンで彼女できたのっ!? ちょっとー。私より先に結婚とかしないでよねーっ!!」

「そんなっ。結婚とか年功序列じゃないでしょう。そんなの、相原さんに恋人ができるのも行く末分からないのに。俺、待てませんよ」

 新井は、相原をからかうように言った。相原は、頬を膨らませ、幼げにふくれっ面を見せた。

「相原さん、そんな新井にライバル心燃やさずに。せっかくおしゃれして来たんだし。帰りにお見合いパーティーとか行ったらどうですか?」

「佐伯君っ!! あー………でも、それもいいかもねっ」

 眉間に皺を寄せていた相原の表情が解け、うんうんと頷いていた。

「え? まじですか? ホントに今日、行っちゃう感じなの?」

 渉は、冗談で言ったつもりだったが、前向きに考えている雰囲気の相原に少し気が引けたが、相原のテンションを心配した。

「そんな勢い無いわよ。友達とご飯か飲みくらいして帰ろうかなって、考えてたけど」

 雑談で始まった朝の雰囲気が、渉にはどこか心地よく感じていた。


 それから、2時間後。

 ビジネス雑誌の編集者の保坂ほさか れいが研究室に現れると、華やかな雰囲気が部屋に広がり、ほぼ男性社員ばかりの彼らの視線は、怜に釘付けになっていた。

一緒に来ていたカメラマンの女性は、どちらかと言うと地味な印象だったせいか、人よりもカメラのレンズに、同僚達は変に意識をしてしまっていた。

「良ければ、普段のようにお願いしますね」

 にこやかにカメラマンの女性に声をかけられながら、渉達はパソコンに向かったり、計算をしたりとそれぞれの仕事にとりかかっていた。

 インタビューは、事前に怜から会社に相談があり、今回の特集として提案されている20代の研究者として、渉と新井、相原の3人が候補に挙がりインタビューを受ける事になっていた。

 応接室で渉と新井、相原はソファーに横並びに座り、向かい合わせて怜が座った。グラマラスな体格に黒いパンツスーツ姿の怜は、丸い顔の輪郭にワンレンの黒く長い髪の毛先を巻き、極め付けの赤い口紅が新井の言う艶やかな大人だと、渉は彼女を目の前にして再認識した。鼻に付く香水すらそんな印象を感じるとさえ、渉は思えた。

「それでは、よろしくお願いいたします」

 テーブルの上にボイスレコーダーと取材内容をまとめた書面を置くと、怜は笑んで目尻が下がり、にこりと挨拶をした。渉達は、それに反応して互いに挨拶をした。軽い自己紹介から始まった後、怜は書面に視線を落としながら、個々にどうしてこの仕事に就いたのか、質問を投げかけた。

「佐伯君は、どうですか?」

 相原と新井が話した後、怜は渉の目をしっかりと捉えて話しかけた。

「俺………あ、僕は、学生の頃から数字が好きでした。大学に入って、理工学を勉強していく中で、数字を使って突き詰めていく研究が楽しかったし、それを生かした精密な物造りに携わる仕事ができたらと思ってました」

 前髪が目にかかり、そこから透けて見える怜の視線は、逸らされる事無く渉を見ていた。

「自分が求めていた仕事に、就くことができたって、事かしら?」

 相原や新井には質問のキャッチボールはなかったのだが、渉は怜からもう一度、質問を投げかけられて、一瞬戸惑ったが、おずおずと

「そうですね。自分に合ってると思います」

 と、答えた。

「ありがとうございます。それでは、次に、今回の研究発表の中で作成された、対物レンズについてですが………」

 怜は、スマートに話を進め渉達に、的確な質問を投げかけ、それについて一人ひとり緊張しながらも、話をしていた。しかし、渉は応接室の窓から差し込むまどろんだ日差しに、微かな眠気が漂うと、頭の中がぼんやりとし始めた。

「研究チームの皆さんの知恵が詰まった、商品が出来たって事ですね?」

「はい。それでも、私達は今後も、研究を重ねて今回の商品より更に良い物ができるように取り組んでいます」

 相原は少し緊張が解け、笑みを見せながらしっかりと、自分の思いを怜に伝えていた。

「素晴らしいですね。これからも、頑張ってください」

 目尻が下がり、笑むと目が無くなってしまう程、顔を綻ばせた怜の視線が、渉に移った事に気が付くと、クスリと小さく怜は笑った。

「ごめんなさいね。なんだが、眠たそうと思ってしまって。ふふ。佐伯君は、今回の研究で自身が得た物はありますか?」

 雑誌の取材とは言え、渉は怜が話を楽しんでいるような、そんな印象を感じていた。真面目で堅苦しさはなく、和やかな雰囲気と、怜の時々見せる笑みを眺めながら、渉はそう思っていた。

「商品自体は、研究チームや、その他の部署、携わった関係会社と協力して出来たからこその事なので。けれど、それが出来て実際に商品として実用された人達の声を聞いた時に、造って良かったって。達成感はありました」

 微かに顔を綻ばせた渉の表情を、じっと見つめていた怜は、その瞬間をまるでカメラのファインダーで覗き、フォーカスしていたように捉えると、ふわりと優しく笑んでいた。

「そうですか。それは、確かに実際に研究して造り上げた佐伯君達だからこそ、得られるものですね。ありがとうございます」

 取材が1時間ほどで終わり、怜は応接室を出て、再び研究室に居る渉の同僚達に挨拶をしていた。渉は、トイレに向かいながら廊下を歩いていると、後ろから怜に呼び止められた。

「佐伯君、今日はありがとうございました」

「こちらこそ。ありがとうございました」

 小さく会釈をして挨拶をすると、怜はまだ何かあるかのような雰囲気で、ニコリとした顔で渉を見ていた。

「佐伯君、もし、良かったら今度、食事でも一緒にどうかしら?」

 怜の誘いに、渉は、断る理由が見つからなかった。そうして、

「いいですよ」

 と、返事をすると、怜は両手を合わせて小さく拍手をして、喜んでいたようだった。

「良かった。ありがとう。これ、私の連絡先書いてあるから」

 怜に名刺を差し出され、渉はポケットに入っていた名刺を思い出し、

「さっき、取材の前に貰いましたよ?」

 と、言うと怜は渉の方に差し出した名刺を引っ込める事無く、小さく首を横に振っていた。

「これは、私個人の連絡先書いてあるから。良ければ、佐伯君の連絡先も教えてくれるかしら?」

「あぁ………なるほど。いいですよ」

 そう言って、渉は怜の名刺を受け取ると、怜に携帯の電話番号を教えた。

「ありがとう。じゃ、またね」

 小さく手を振って立ち去った怜を、その場で見送ると渉はトイレに行くことを思い出し、歩き出した。

 怜に気を持たれた事は、確かなのだろうと、トイレから戻って歩きながら、怜の名刺を手に取り見ていた。その裏には、しっかりと手書きで携帯番号が書いてあった。

 怜の髪型や体形、服のセンスや化粧どれをとっても、凛とは別人だったが、性格や印象と言う目に見えない感じられる物達は、どこか近しく重なるようにも思えた。

 取材中の怜の笑んだ顔が、渉の頭の中で残像していた。そうして、ほんの微かに胸の奥がうずくような感覚を、渉は気に留めていた


お読みいただき、ありがとうございました。


昔は、出会いの場と言えば、合コンでしたが。最近はSNSとかが主流なのでしょうかね。

雑談でした。


まだ、お話は続きます。

どうぞよろしくお願いいたします。


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