第5話 正義を貫いたその先……。
彼女はレレナ・ファルド。
この街で暮らす男爵家の一人娘だ。
そんなレレナとキャサリンが出会ったのは12歳の頃だと言う。
ファルド家は元々商人家系だったが、多大なる功績を国に認められ、貴族階級を与えられた。
しかし、貴族というのは華やかに見える一面、陰湿な嫌がらせが絶えない。
レレナもそんな嫌がらせを受けていたと言う。
だが、そんなレレナに救いの手を差し伸べた少女がいた。
その少女こそがキャサリン・タトナー。
今回の事件の鍵となる少女だ。
キャサリンはとにかく明るい性格で、気の強い少女だったと言う。
その気の強さから悪役令嬢と陰口を叩かれることもあったが、彼女が牙を剥く(又は、向ける)のはいつだって強者にだけだった。
立場の弱い者に寄って集って陰湿な嫌がらせを繰り返す者に、怒りを露にすることはあれど、立場の弱い者にその牙を向けることはない。
レレナもそんなキャサリンに救われた一人だったと言う。
しかし、そんなキャサリンをよく思わなかった者も大勢いる。
その一人が伯爵家の令嬢、ユセル・マンセラー。
彼女はキャサリンを目の敵にしていたのだが、伯爵家と公爵家では立場が違い過ぎる。
だが、ユセルは確実にキャサリンを追い詰めていった。
ユセルは十代の少女とは思えぬほどの色香をまとっており、一部の者からは魔性のユセルと異名を得るほどの美少女だとか。
そんなユセルは目障りなキャサリンに一泡吹かせようと、第四王子に目をつけた。
キャサリンの婚約者である第四王子を奪い取ってしまえば、彼女の立場がなくなってしまうと知っていたためだ。
結果、第四王子はまんまとユセルの策に乗り、彼女と肉体関係を持ってしまう。
そのことを知ったキャサリンは当然激昂した。
第四王子を責め立て、ユセルに強烈なビンタを繰り出したのだが、それを見ていた何も事情を知らない者達からは、キャサリンが一方的に彼女を責め立てているように映ってしまう。
ユセルはキャサリンにだけ、第四王子と閨を共にしたと耳打ちしていたのだから。
しかし、キャサリン・タトナーはそれでも気丈に振る舞っていたと言う。
だけど、色香に惑わされた第四王子は日に日にユセルに骨抜きになっていき、舞踏会の日に最悪は起こることとなる。
そう、その日キャサリン・タトナーが一方的に第四王子から婚約破棄を言い渡され、彼女の目の前で新たな婚約者、ユセル・マンセラーを発表したのだ。
その日、彼女は帰らぬ人となる。
「許せない。私は第四王子もユセルも絶対に許せない! 出来ればこの手で殺してやりたい!!」
月明かりの元、キャサリンの名が刻まれたその場で膝を折り、悲痛な声を上げるレレナ。
白くなってしまうほどに、握りしめられた手が彼女の悲しみを物語っている。
彼女とキャサリンは親友だったのだ。
その証拠に、キャサリンは彼女にだけ、自分と同じ薔薇のブローチをプレゼントしていた。
こぼれ落ちたレレナの悲しみが胸元に飾られたブローチに落ちる度、片割れのそれが無念だと訴えかけてくる。
彼女がキャサリンのドレスを入手出来た理由も単純なものだった。キャサリンを慕っていたタトナー家のメイドが、こっそり彼女に差し出したのだ。
あのメイドは初めからすべて知っていて、レレナに思いを託したのだ。
それからあの手紙、レレナはキャサリンから貰った手紙を透かして、筆跡を見事に再現したのだという。器用なお嬢さんだ。
それが回り回って、俺の元に届けられた。
無念だっただろう……。
正義を貫き通した少女が最後に受けたのが、愛する者の裏切りだったのだ。
キャサリン・タトナー……レレナ・ファルド。君達の無念が俺の中に確かに火をつけた。
一人の少女の人生を弄び、死に追い詰めるほどの苦悩を与えた愚か者を見過ごすほど、俺は薄情ではない。
乗り掛かった船だ。最後まで付き合ってやる。
だが、その前に……。
「一つ聞いてもいいかい?」
「何でしょう?」
キャサリンが眠る墓石に涙を落とす彼女の背に、気になったことを尋ねてみる。
「どこで俺のことを?」
「私がここで泣いていると、見ず知らずの男性があなたのことを教えてくださったのです。元伯爵家の人間にして、探偵であり復讐代行屋……義賊バン・レガシーに頼りなさいと」
なるほど。
「そいつはキャスケットを被り、巻き紙煙草を咥えていなかったかい?」
「ええ、その通りです」
すべてはお前の仕業か、ユリウス!
つまり、お前は俺にこう言いたいのだな。
この事件を公にして、二度とこのような悲劇が繰り返されぬように、バカ貴族や王族達に釘を刺せと!
権力に屈し、この悲劇を……一人の少女が命を絶ったことをなかったことにするなと。
だがユリウス、それは真実を伝える新聞記者としてのお前の役目だろうが!
まっ、巨大過ぎる権力に立ち向かうためには、俺のような貴族にして義賊の助けがいるのもまた事実か。
「依頼内容は……怨みを晴らすことだったな」
「え……!? でも!」
レレナの横で俺も腰を落として手を組み、祈りを捧げながら、亡きキャサリンに問いかける。
「ん? 俺は依頼主、キャサリン・タトナーに問いかけているだけだ。悪戯好きで、夜更けに屋敷を抜け出し外を出歩く不良少女の君に問いかけているわけではない」
この事件はあまりに大き過ぎる。
レレナが直接関与していると知られれば、よからぬ者達が彼女に報復するかもしれない。
子供にそのような重荷を背負わせるのは、大人としてダメだろ。
「あとは大人に任せなさい。君はここで誰とも会っていなければ、俺のことも勿論知らない。いいね?」
「…………はい」
手で顔を覆い、泣き崩れる彼女の頭を優しく撫でて、俺は立ち上がり歩き出す。
すべての悲しみと無念はこのバン・レガシーが引き受けた。
第四王子及び、ユセル・マンセラー。貴様らには眠ってしまうのが恐ろしくなるほどの悪夢を見せてくれるわっ!