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第4話 闇を纏った少女

 恐れを振り払うように決意を口にした俺は、「行くぞ! メア君」と相棒に声をかけ、黒地にレザーベルトが施されたロックテイスト溢れるフロックコートを手に、部屋から勢いよく飛び出した。


 俺の大切な睡眠を妨害し、あまつさえ恐怖させた貴様だけは絶対に許さんっ!

 狭い通路を全速力で走り出し、人一人がやっと通れるほどの階段を転げ落ちる。


「何やってるんですか!」


「し、仕方ないだろ。暗くて足元がよく見えないんだ」


 立ち上がると同時にフロックコートに袖を通す。


「情けないを通り越して、最早哀れですよ、バン様」


 くっそー、これも全部あのインチキ亡霊のせいだ! 絶対に取っ捕まえてやる。

 宿を飛び出し、先程まで居た部屋の真下に目を向けるが、既にそこには亡霊の姿がない。


「くそっ! どこに逃げた!」


「バン様、あっちです!」


 声を張り上げたメアの視線の先に目を細めると、


 「あの野郎!」


 まるで俺を誘っているように、路地先からこちらの様子を窺っている。


「バカにしやがって!」


 一瞬、罠かもしれないと脳裏に過ったが、思い立ったら即行動が俺ことバン・レガシーだ。

 ここで怯んでなるものかっ!


「追いかけるぞ、メア君!」


「今度は転ばないでくださいよ!」


 心配しているようにも、呆れにも取れるような声音を発しながら、やれやれと駆け出す彼女に続き、俺も駆け出した。

 月明かりだけを頼りに、入り組んだ路地を右へ左へ駆け回る。


 しかし、ここへきて普段の運動不足が祟ってきた。脇腹が殴られているように鈍い痛みを伴う。

 その度に顔が歪み、運動したことで燃焼された汗なのか、或いは脂汗なのかよくわからないものが額からポツポツと流れ落ちる。


 く、苦しい……。


「だから普段から適度に運動しておいた方がいいと言ったんですよ。そうでなくても歳なんですからね」


「う、うるさい! 俺はゴリゴリの体育会系ではなく、文学青年なのだ!」


「ただの運動嫌いな人の言い訳ですね」


 もー、こんなときに説教なんて聞きたくないんだよ。

 俺は28歳の立派な大人なんだぞ! いつまでも子供じゃないんだ!


「大の大人がモフモフがないと寝られないなんて言いませんよ。バン様は20年前に出会った頃からずっと子供のままですよ」


「くぅぅううううううううううっ!」


 悔しいが言い返す言葉が見当たらない。


「ほら、亡霊さんもまだ来ないのかと待ってくれていますよ」


「屈辱だ!」


 メアにバカにされるならまだしも、何が悲しくて亡霊にまで気を遣って貰わねばならんのだ! つーか、なんでお前は俺を待ってるんだよ!

 逃げてるんじゃないのかっ!


「そんなの決まってますよ。バン様をどこかに案内したいのでしょう」


 脇腹を手で押さ、もう片方の手で壁に手を突きながら懸命に走る……歩く俺を鼻で笑いながら、メアが面倒臭そうに口にする。

 その態度に少し違和感を感じる。

 俺は足を止めることなく、前進しながらメアに問いかけた。


「おまえ……実はもう事件の謎を解いているんじゃないだろうな!」


「私はナイトメアですよ。人間の浅はかな心中を知ることなど造作もないわけですよ」


 なんと!? 本当に事件の謎を解いたと言うのか!

 尻尾を振りながら歩くメアに視線を落とし、唇を尖らせると、「教えませんよ。バン様はご自分で謎を解かれるのでしょ」と、冷たくあしらわれた。


 なんと薄情な相棒だ!

 誰がお前なんかに聞くものか!


「はいはい、その意気ですよ! ほら、どうやら亡霊さんが目的地にたどり着いたようですよ」


 彼女の言葉通り、亡霊がここだと言わんばかりに屋敷の一角を眺めている。

 なるほど。どうやら亡霊は手紙通り、俺に復讐してくれと言っているようだ。

 何故なら、亡霊に連れられてやって来たのは第四王子が住まう別邸なのだから。


 しかし、何もわからないまま亡霊に従うのは癪だ!

 まずは貴様の正体を突き止めてやる。


 俺は体力が削りに削られた体を引きずり、亡霊へと歩み寄る。

 だが、亡霊は素性を知られたくはないのか、俺から逃げるように走り去っていく。

 勿論追いかけたが、行き止まりに差し掛かったとき、噂通り闇に溶けて消えてしまった。


「黒い霧か……」


 辺りには黒い霧が立ち込め、ただでさえ視界の悪い闇夜をさらに視界不良へと変えている。

 しかし、こんな幼稚な手に引っ掛かる俺ではない。


 周囲を探るように組まなく視線を流していくと、路地の片隅に霧を焚いている香炉を発見した。

 これは精霊術で扱う闇隠れと呼ばれる類いの魔道具だ。


 効果は実に単純。ただ単に闇を発生させて、第三者から姿をくらますというもの。

 早い話が亡霊は消えたのではなく、予めこの場に用意していた真っ黒な布にくるまり、俺がこの場から立ち去るのをじっと待っているに過ぎない。


「出てきたらどうだ? この名探偵バン・レガシーに、このような子供騙しは通用せんぞ!」


「何を仰っているんですか。バン様だって幼い頃に父上からお叱りを受ける度、こうやって隠れていたではありませんか」


「う、うるさいわっ! かっこよく決めてるのにいちいち水を差すなよ!」


 こいつはいつも一言余計なんだよ!

 本来なら俺のかっこいいシーンのはずが、メアのせいでいつも台無しだ。

 すべてを見透かしたように人をバカにしやがって、本当に嫌になる。


「なら、もう一緒に寝てあげませんよ」


「…………今のは例えの話だ。それに、何度も言ってるだろ! 俺の心を読むのはやめろ!」


「そうやって慌てるバン様を見るのが、私は愛おしくて好きなのですよ」


「迷惑だ!」


 なんて、どうでもいい会話をしていると、徐々に霧が晴れていく。

 真実だけを照らし出す月明かりが、行き止まりの路地にゆっくりと差し込んでいく。

 すると、観念したのか黒い布にくるまった少女が姿を現した。


「君が亡霊の正体であり、俺にこの手紙を差し出した張本人だね」


 懐から依頼の手紙を取り出して、俺は月明かりにそれを掲げた。


 黒いドレスに身をまとうのは、薄弱そうなお嬢さん。透き通るように白い肌は陽の光をあまり受けていないためか、指先はティーカップ以上に重たい物を持ったことがないのでは? と、首を傾げてしまうほどか細い。


 彼女のその姿が雄弁に、貴族の子女だと物語っている。


「ご、ごめんなさい」


 震える声。そこからは気弱な性格が窺え、とてもこのような大胆な犯行をする娘には見えない。

 すべての理にはそれなりの理由がある。

 それは、彼女が身に付けている薔薇のブローチを見れば一目瞭然。


 恐らくあれは、キャサリンから貰った物なのだろう。彼女は予め同じブローチを二つ職人に作らせ、片方を目の前の娘にプレゼントしていた。

 そこからわかることは一つ。


 彼女とキャサリンが親友だったということ。

 語らずともわかる。亡き親友の無念を晴らすべく、このような行為を行ったのだろう。


「謝ることはない。私も十分に楽しませて貰った。それよりも、話を聞かせて貰えるかな?」


 俺は怯える少女に敵意はないと優しく微笑んだ。


「楽しませて貰ったって……バン様は怯えていたではありませんか」


「うるさいっ! お前は少し黙っていろ!」


 聞きたいことは山ほどある。

 何故このようなことを仕出かしたのか、どうやってキャサリンのドレスを入手したのか。

 そして何故、ドレスをまといカツラを被り、彼女を演じているのか……まぁ、何となくはわかるが。やはり、本人の口からすべてを聞きたい。


 それが、たった一つの真実なのだから。

 その上で、依頼を遂行するか判断させてもらおう。

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一話だけでも……!
是非お読みください!
悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。
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