今日この時、望まぬ再会を
「人気のない裏路地に近づいてはならない。」
それがこの街で生きていくための常識である。
もし「人気のない裏路地」なんて場所に立ち入ってしまったら―命がかき消えようと文句は言えない。ここはそういう街だ。
俺が買ったばかりの、ほかほかの鶏肉にかぶりついた瞬間。
女の悲鳴と怒声。
耳が拾った非日常の音源を探して、視線を走らせる。
しかし、どうにもそれらしき音源は見つからない。
目に入るどいつもこいつもが、辛気臭い黒フードで顔を隠し、うつむいて、早足で歩いている。
「仕方ねぇ。」
鶏の骨をかみ砕いて咀嚼しながら、俺は露店通りを後にした。
ごみ箱と雨どいを足場に、裏路地との境で屋根に上がる。流石の俺でも、“影”と正面から事を構えるのには、気が乗らない。
ガリガリと音をたてながら、口の中に残る骨をさらに細かく砕きつつ、走る。もちろん、目にもきっちり仕事をさせながら。
いた。
2分ほど屋根の上を走り回った末に、やっと声の主を見つけた。
ちらりと見えた白いシフォンのワンピース。金持ちだ。
かなり粉々になった骨を飲み込んで、ゴーグルを下す。
女の前には3人の人間。
黒長のローブの隙間からは鈍い銀色。“影”ではなさそうで何よりだ。
俺には考えがあった。今、俺は金がない。あの金持ちそうな女を助けたら、礼金をしこたま巻き上げよう。
打算的?
それでも女は助かるんだ。俺も助かる、女も助かる。win-winだろ。
心の中で呟いて、ホルスターからデザートイーグルを抜いた。
使い込まれたそれを構えて、一発、二発、三発。
サイレンサーは付けてあるが、腹に響く音がする。
3人はほぼ同時に女の白いワンピースを彩るシミになった。
深紅に塗れて呆然とする女のもとへ走る。
距離にして6~7メートル。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
うつむく金髪の後頭部に声をかける。
音もなく、顔を上げる女。
その青い瞳には見覚えがあった。
俺の手の中で、鈍く光るデザートイーグルの本当の持ち主。それを託して、空を飛んだはずの彼女。
滴る赤をまとった君は、ニヤリと笑う。
「ねぇ、なんて顔してるの。お化けでも見たような顔よ。」
妙な音ともに立ち上がる彼女。
風に煽られ翻った、長いシフォンの裾から、蒸気が上がる。
不安げに揺れる俺の尾を撫でた手の冷たさは、俺の掌におさまるソレと同じだった。