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モテない男現る

「それは・・・ご愁傷さまでした?」


「はあ」


なんだ、その気の抜けた言葉は。

目の前の見えない男にいら立ちを覚える。張り倒したい。


そもそもの話、全てがおかしいのだ。


「というかですね」 言う必要はないのだが。


「はい?」言わなきゃこの男は気づかないらしい。


「懺悔室で結婚の相談はやめてくれませんか?」

【1】

「シスター美夕」


「イエス、マイマスター」


神父の笑顔が引きつるが、すぐに元に戻った。


「お前の信仰心は分かっているつもりだ」


「お褒めに預かり光栄ですわ」


神父の笑顔が引きつるが、やがて元に戻った。


「確かにうちは貧しい。お前がお金が必要だと考えたのも納得しよう」


そこで一旦、神父の一呼吸。切れる数秒前。


「だが、流石に説明してくれないか?」


「説明も何も教会のために動いただけですが」


「なるほど」息を絞り出す神父。以外にも我慢強い。


「だが、懺悔室に賽銭箱を置くのはいかがなものか?」


沈黙。


さて、どう切り抜けたものか。目の前の鬼をどうなだめるか。


前違えれば死(お仕置き部屋直行)だ。


悩んだ結果、強気で行くことにした。私なら行ける。


「と言ってもですね。経営難なわけですから手段は選べません」


どうせ信徒も集まらないし、来た人から毟るしかない。


「・・・だが、懺悔室で金を取ってはいけない」


「あっはっは!とりませんよ、勝手に入れるだけです」


「やかましい!」ついに切れた。弱気が正解だったか。


「金が無いからと!懺悔室に!賽銭箱を!置く馬鹿が!」


そこで神父の言葉が止まる。いや、むせたのか。無理して声を出すから。


「いるか!」


「もー、同じことを何度も言わせないでくださいよ。綺麗ごとが通用する世界じゃないですよ」


「お前、仮にもシスターの癖になんたる・・・」


「神もお金が無い教会に用が無い。そう言いたいのです」


なにを隠そう私が勤める教会は寂れも寂れて破綻寸前である。


神父1名にシスター1名。

いわゆる人件費はかからないのだが、いかんせん維持費が高い。


神父の祖父の代から続いているのでボロボロ。業者を呼ぶのもタダではない。


加えて近くに立派な教会ができたので、ここは常に閑古鳥が鳴く始末。


「某コンビニのフランチャイズ店みたいですね。近くに本店来ましたよ」


「何の話だ」私も分からないけど、ぴったりな気はする。


「とにかく、ただでさえ人が来ないのだから来た人からは最大限毟り取るべきだと思うのです」


「お前、本当にシスター?」

「それ以外の何に見えますか?」

「守銭奴」なんと失礼な。


「・・・この件は私も悪いと思っている。ただ賽銭箱はやめなさい」

「ええ~、なんでですか」

「ここは神社ではないから」盲点だった。


「たまには頭の良いこと言いますね」

「馬鹿にしてるのか」

「まあ、和洋折衷でいいんじゃないですか」

「馬鹿にしてるな」


「いいから片づけをしておきなさい」

「何を?」


本日二度目の雷が教会に落ちた。賽銭箱のお金で避雷針を買おう。


【2】


懺悔室の中で私は自問する。


「この賽銭箱で教会は救えるのかしら」


そして、自答する。


「冷静に考えて、人も来ないのだから賽銭箱は意味ないわね」


あほらし。賽銭箱に興味を無くした私は目をつぶった。


懺悔室は狭くて冷たくて、心地が良い。


いつも何かが嫌になったらココに来るようにしている。

神父もいない。ただの狭い部屋。でも、私にとっては大切な場所。


「はあ」


私とてこの教会は守りたい。口には出さないけど、大切に思っている。

守るためならばなんだってする。そう、なんだってだ。


しかし、その方法が思いつかない。サラ金か?いや、それは逆効果だ。


いっそ近くの教会にM&Aを仕掛けるべきかもしれない。あ、だめだ。金が無い。


「この世は全て金か。神も仏もいないわね」


「あの、すみません」


何か声が聞こえた。はは、まさか。こんな場所に人など来るものか。


「あれ?いないのかな?」


「え?」いや、本当に聞こえた。ついに壊れたか、私の耳は。


「ああ、良かった。今、よろしいですか?」

聞きなれない男性の声。


なるほど。


「取り立てですか?」

「はい?」違うか。いや、当たり前だ。落ち着け私。


「懺悔ですか?」

「そうですね。いえ、懺悔と言うと少し違いますが」


ほら見た事か、馬鹿神父。

先ほどまでのセンチメンタルな金部は吹き飛んだ。いない神父を最大限に罵る余裕が生まれている。強いぞ、私。


やはり私の策は正しかった。人も救えるし教会も救える。一石二鳥ではないか。


「懺悔とは違いますか。相談事でも構いませんよ」


「はい、それでは」


じっと耳を傾ける。

腐ってもシスター。迷える人の悩みを聞くのには真剣にもなる。


そして、彼は重い口をゆっくりと開いた。


「僕、婚活がうまく行っていないんです」


「馬鹿じゃないの」


【3】


事情を聞いた。というか、一方的に語ってきた。


彼は30歳を超えて彼女がいないらしい。教会に相談する辺り、さもありなんだが。


結婚相談所も断られ、途方に暮れた時に初めて見る教会に興味が出た。


そして、藁をもつかむ思いで来たとのことらしい。


彼の心境を考えると、多少の同情はないわけではない。

最後の拠り所が教会になるあたり多少の信仰心もあるのかもしれない。


しかし、事はそういう話ではない。


「もう一度言いますが、懺悔室で結婚の相談はやめてくれませんか?」


そう、あまりにも分野が違うのだ。


何が悲しくて餅屋でフランス料理を頼むというのか。餅を頼め。


「おっしゃる通りです」


懺悔室の仕組み上、彼の顔は見えない。しかし、落ち込んでるのは伝わった。


とはいえ、面倒くさい。余所でやってくれ。


私は教会を救わなければならないのだ。お金の音を響き渡らせ、教会に潤いを出さなければならないのだ。


チャリン。そう、こんな感じ。


「え?」なにこれ。


「え?賽銭箱みたいなものがあったもので。相談料を入れるのですよね」


ふむ。ちょっとした小細工で賽銭箱の中身は見られるようになっている。

なるほど。500円か。なるほどなるほど。


脳内緊急会議。


天使が私に語りかける。「どんな事情であれ悩んでいる人を助けるのはシスターの役目だよ。金を毟り取る代価として助けてあげよう」


悪魔が私に語りかける。「こういう奴は適当に流して金だけ毟り取ろうぜ」


なるほど。


「満場一致しました」

「はい?」


確かに餅屋でフランス料理は作れっこない。

だが、フランス料理と言い張ることはできる。


例え、きなこ餅でも善良な市民はフランス料理と思ってくれるはずだ。


「先程の発言は取り消しましょう。むしろ、よくぞここを選びました」

「はあ」


うおっほん。小さく咳払い。


「人は皆平等に助けを乞う資格があります。それは婚活に悩むあなたも同様」


「そして、われわれ教会の人間には義務があります。あなた方の力になる。そんな義務が」


「すべてをさらけ出すのです。神は全てを受け入れ、道を照らしましょう」


「おお、神よ・・・」


男は感極まった様子である。よし、適当でもなんとかなるな。いける。


【4】


「それで?どうするんですか?」

「どうしましょう」考える気あるのか、お前は。


「ほかにないのですか?別に結婚相談所に拘る必要もないしょう」


「まあ、婚活パーティーやマッチングアプリなどはあります」


マッチンぐ・・・?なんだろう。面白い響きだ。


「ですが、うまくいかなくて」


ふうん。言葉の意味はさっぱり分からないが、全てにおいて要領が悪いらしい。

ただ、それを言うのも悪いか。えーっと。


「・・・かの偉人はこう言っていました」


「『動かなければ0%、動けば0.0001%である』と」


「確かに成功する可能性は限りなく低いのでしょう。ですが、0ではありません」


そこで一旦口をつぐむ。彼は聞き入ってるようだ。


「どんなことにも可能性はある。だって0じゃないのだから」


「なんて」彼の言葉は震えている。


「なんてすばらしい言葉なのでしょうが。よろしければ偉人の名前を教えてはくれませんか」


「申し訳ありませんが、企業秘密です」まさか私とは言えない。


「そうですか、しかし、心にしみわたりました」すっごい単純で助かる。


「ありがとうございます。もう一度挑戦をしてみようと思います」


「ええ、頑張ってください。吉報をお待ちしております」


今日一の笑顔で私は男を見送った。毎度あり。

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