渡航
電灯が照らす道を一人そぞろ歩く。靴がアスファルトを引っ掻き、ざりざりと音を立てる。
今は一体何時だろうか。暗さだけでは時間がわからない。時計も、携帯も持っていない。ここはどこかの商店街だろうか。あたりはシャッターの降りた店ばかりで、居場所の手がかりになりそうな物は何もない。家を出たときはたしか、11時くらいだったか。それからどれくらい歩いただろうか。
どこへ向かっているのかも定かではない。そもそも、どこかを目指しているわけではない。
ただ、疲れていただけなのだ。時間に追われ、ルールに縛られ、そして人々に捕らわれるこの生活に疲れてしまったのだ。
だから偶には、考えなしに歩いてみようと思った。向かう先も、時間も気にせずにどこか適当なところに辿り着くまで歩いてみようと思ったのだから、俺を立ち止まらせるものは何もなかった。
次はあの角を曲がってみよう。
店と店の間にある小さな路地を見つけて、そう思った。
路地に足を踏み入れた瞬間、吐き気のような違和感を感じた。
内蔵が体の上に浮くような、気味の悪い感触だった。
浮くような、と表記するとそれは語弊があるようだ。
浮いているという状態を、足が地に着いていない状態だというならば、俺は間違いなく浮いていた。
実際、内蔵を体に納めたまま浮いていた。
より正確に言うならば、俺は落ちていた―――
墜落だ。落下ともいうだろう。
曲がった路地の先は、深い深い、穴だった―――