就任
「あ、おにーちゃん、お帰りなさい。」
「ごめん、遅くなっちゃった。」
「別に、気にしてませんし。早く帰ってきてくれなかったからって、怒ってませんし。」
やばい。
これは絶対に怒ってる。
どうにかして機嫌を直しておかないと...
とりあえず、怒られてしまう前に、時間稼ぎをしよう。
「す、すぐにご飯を作ってくるから、茉莉はゆっくりしててよ。」
俺はキッチンに走って向かった。
ずっと同じ部屋にいてしまうと、茉莉の怒りが爆発してしまうかもしれない。
それは避けなければならない。
一応、茉莉の好物だった料理をいくつか作ってみよう。
それで機嫌を直してくれたらラッキーなんだがな...
直らなかったら、また別の手段を用意しないとな。
茉莉の好物はなんだったっけ?
確か、甘い物はたいてい好きだったはずだ。
デザートをいくつか作っておこう。
とびっきりのやつをだ。
まずは、普通にご飯を作る。
だが、いつもよりは少なめにだ。
デザートが多くなりそうだから、あまり多く作ってしまうと、食べきれなくなってしまう。
食べきれるくらいがちょうどいいのだ。
このぐらいの料理なら、すぐに作る事が出来る。
十分ほどで簡単に料理を作り、机に並べる。
茉莉には先にご飯を食べてもらって、俺はデザートを作りに、キッチンに戻る。
どんなものを作ろうか?
茉莉が、ご飯を食べ終わる頃に完成するような物がいいと思うのだが、今からやるには、時間があまりない。
簡単なものしか作れないだろう。
まあ、やれるだけやってみるか。
たぶん茉莉は、十~二十分で食べきってしまうだろう。
それぐらいで作れるものは...
よし、あれを作ろう。
まず自作のボールに、加熱を少しだけ使い柔らかくしたバター、砂糖、卵、牛乳を混ぜる。
次に、摘出で、小麦粉からたんぱく質を適当に抜き出したものと、茉莉がどこからか取ってきた重曹を振りかけて、ひたすら混ぜ続ける。
それで出来た物をカップに移す。
だいたいカップの半分よりも少し多い位だ。
ここまでくれば、何を作るのか解る人は多いだろう。
最後の仕上げには、カップの中の生地全体に加熱をかける。
すると、生地は膨らんでいき、完成となる。
そう、正解はカップケーキである。
今回は魔法を使ったため、すぐに完成することが出来た。
とりあえず、毒味を兼ねて味見をする。
おお、結構いい感じに出来ている。
中はふんわりしていて、味もほんのり甘めになっている。
よし、いい感じに出来ているから、このカップケーキを量産しよう。
魔法で一気に作ることが出来るから、二人分ぐらい、すぐに作れるだろう。
先ほどと同じ工程でカップケーキを作り、出来た物を食卓へと運ぶ。
茉莉はちょうどご飯を食べきったようだ。
完璧なタイミングである。
「茉莉、カップケーキだよー。」
「カップケーキ!?」
「きっと、おいしいと思うなー。」
「本当だって、カップケーキでごまかそうとしてるでしょ。」
げっ、もうばれた...
こんなに早くばれてしまったのか。
普通に食べてくれれば、すぐにごまかす事が出来たのに。
まあ、仕方がない。
ちょっとだけ頑張ってみますか。
「じゃあ、このカップケーキはいらないのかな?はぁ、しょうがない。丹精込めて作ったけど、茉莉の分も、食べちゃおうかな?」
「えっ、ちょっと待って!分かった、分かったから頂戴!」
ちょろいな。
これで怒っていることは、きれいさっぱり水に流してくれるだろう。
我が家の平和は保たれた。
そういえば、最近は強くなるために頑張り続ける日々だったから、久しぶりにゆっくり出来た日だと思う。
毎日こんな日々が続いてくれたらいいのに。
まあ、無理だとわかっているから別に良いのだが。
近いうちに、戦争が起きるかもしれないのだ。
それも、こちら側が不利な状況にある。
今はそんなこと考えずに、今は茉莉とゆっくり過ごそう。
そんなゆっくり?出来た日から三日後。
本当なら、仕事をしなくて良かったはずの俺が、軍事大臣に任命される日が来た。
俺はニートでは無くなるのだ。
いや、元々学生だから、ニートではないか。
だがとりあえず、仕事が出来たのだ。
きっと喜ばしいことなのだろう。
そうでなくては困る。
まあ、ある程度の事ならば、秘書さんがやってくれるらしい。
さらに、副大臣になる人もいる筈だ。
仕事は、その二人に任せることが出来るだろう。
だったら、学校の方にもしかっリいけるだろうから、普段の生活にはあまり支障はないはずである。
まあ、引き受けた事だから、いまさら考えたって意味が無いのだが。
とりあえず、俺はきっと分からない事ばかりで仕事が出来ないだろう。
誰かに頼められるというのは、とてもありがたいことだ。
しかし、秘書と副大臣には、頼められるぐらいの人材が必要だ。
そこは王様が、しっかりとした人選をしてくれたことを願うしかないだろう。
今俺は、セバスチャンと茉莉と一緒に、王城に向かっている。
お披露目会は王様に懇願してなしにしてもらえた。
だが、秘書と副大臣の紹介があるからと言われ、王城に行く事になった。
セバスチャンがそれについてきてくれるのはわかる。
だが、茉莉まで付いてきた。
不思議である。
家でゆっくりしていればいいのに。
まあ、茉莉が付いてきてくれると助かることもたくさんある。
だから、特に問題はないだろう。
しかし俺も、馬車に乗るのが当たり前になってきた。
一部例外を除いて、移動手段はすべて馬車になってきている。
例外は...
あれしかないよな...
俺がこっちの世界に来てから、二年の月日が流れた。
こっちの生活にもいい加減慣れた。
こっちの世界の町はとても広いが、路地裏などが多くあり、治安が悪い場所も多数存在する。
普通に大通りを歩いていると、そっちの方に引きずり込まれてしまう可能性があるらしい。
だから、こっちの世界の身分が高い人は襲われないように、馬車に乗って襲われないように早く移動しているみたいである。
そんなに怖いのなら、転移を覚えてしまえばいいのに。
この世界では、魔法はどんな人でも使える。
全員、一定値以上の魔力を持っていて、魔力の動かし方さえ分かれば、あとは想像力次第だからだ。
使おうと思えば、赤ちゃんでさえ使えるのだ。
そんな赤ちゃんは、いないと思うが。
とりあえず、転移は原理は分からないが、かなり創造しやすい魔法である。
魔力も動かしやすい。
自分の体内から、空気中に放出するようなイメージを持って動かせばいいだけだからだ。
消費魔力も少ない。
前の世界に居た時のイメージとは違い、かなり低級な魔法なのだ。
皆すぐに覚えることが出来るだろう。
でもなんでみんな使わないのだろう?
知っている人が少ないのか?
それとも、何かデメリットでもあるのだろうか?
そんなことを考えつつ、見慣れてしまった風景を横目に、茉莉と話しながら馬車に揺られていると、王城が見えてきた。
何度めの風景だろうか?
入り口の門が開くと、そこにはルルが待っていた。
そこで俺は降りた。
セバスチャンはそのまま、馬車の駐車場へと向かい、待機していてくれるみたいだ。
茉莉も一緒に待機...
するわけもなく、俺の後に続き馬車から下りてきた。
そんな茉莉を見てルルは、
「はじめまして、ですね。」
と言っただけで、そのあとは、
「付いてきて。」
と言っただけで、特に気にしていない様子。
茉莉が付いてきていても、特に問題はないようである。
ならば、俺も黙認しておいて大丈夫だろう。
そのままルルの案内に着いていく。
何度も通った王城の廊下を通り、案内されたのは応接間だった。
応接間にはすでに三人、人がいた
一人は、王城に行くと、用事が無くても毎回あってしまう、神出鬼没の王様である。
あとの二人は初めて見る。
きっと秘書さんと、副大臣になってくれる人だろう。
「おや、そちらのお嬢さんは、ここに来るのは初めてだね。さあ、みんな揃ったね。とりあえず自己紹介をして行こうか。まずは私から。クハダ王国の国王をやっている、エスフォード・クハダだ。」
そういえば、王様の名前をしっかり聞いたのは初めてかもしれない。
最初に会ったときに、宰相さんと一緒に名前を言っていたはずなのだが、しっかり聞いていなかったため、名前を覚えていなかった。
王様の名前は、今覚えておかなければ。
しかし、やはり王族か。
名前の中に、国名が入っている事から、建国してからずっと同じ一族で国を統治してきているのだろう。
それでここまで国を大きくしてきたのだ。
きっと皆、良い人たちで善政をしいてきたのだろう。
ということはルルは、ルル・クハダということになるのだろうか。
まあ、ルルはルルだから、特に何かあるという訳ではないから、気にしないでいいかな。
「次は君達の番でいいかな。」
「分かりました。私は軍事大臣に任命されました、八坂井葵です。まだまだ未熟ですが、宜しくお願いします。」
「妹の八坂井茉莉です。」
「よし、次はこちら側の番だね。まずこっちの女性が、君の秘書官になる、ナタリア・ブロンズだ。物静かで、表情もあまり変わらないが、仕事はキッチリとこなしてくれる筈だ。こっちの若い男が、副大臣のカーリス・カーターだ。彼もかなり優秀な人材だ。これから君を補佐してくれる二人だ。信頼して頼ってやってほしい。さて、本当なら互いに挨拶して、あつい握手を交わすところだけど、あいにく今は時間が無いのだ。何せ、共和国から大臣が来れているからな。これからみんなで協議をするんだよ。君たちの最初の仕事だよ。私は参加できないけど、結果を楽しみにしているよ。」
「何を話し合えばいいんですか?」
「話す事なんて一つしかないじゃないか。これから起きると思われる戦争についてだよ。じゃあ私はそろそろ行くよ。」
王様はそのまま、部屋から出た。
そして、入れ替わる様に二人の男の人が入ってきた。
共和国の人なのだろう。
「君が新しい軍事大臣か。話をしようじゃないか。」




