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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

人斬り泉想寺 

掲載日:2018/11/25

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 お疲れ様でした!

 いや〜、体育の武道の選択授業。習っているものたと、気持ちがいいね〜。周りのみんなに経験がなかったりしたら、なおさらのこと。

 自分の積み重ねたもので、優位に立っている感じ。修行していて良かったと思うよ。


 ――不純な動機は、武道にふさわしくない?

 ありゃりゃ、お堅いねえ。

 鍛錬を積んで、成長している自分を実感できる機会、欲しいと思ったことはないの? 苦労して苦労して手に入れた力を存分に振るって、うっぷんを晴らす時、爽快感や優越感を感じないの?

 私は心の中に、そんな気持ちがふつふつ湧いてくるのを、自覚しているよ。

 でも、それらは全てが糧。次に向かうためのエネルギーになる。

 熱量そのものに罪はない。向かうベクトルを間違えず、正しい高みへ向かっていくことができればいい。違うかなあ?

 剣の道はさまざま。上るも折れるも、その人ならではの歩みがある。時代によっては今よりももっと過激で、もっと不思議なことも存在したとか。

 その一話。聞いてみない?

 

 人を斬ってみたい。

 父親が息子にそう切り出されたのは、世間が黒船来航によって、にわかに騒ぎ出していた、幕末の頃だった。


「隣の清が異人に後れをとったことは聞いた。このままむざむざと、日の本の土と共に、我らの誇りまで踏みにじられるわけにはいかん。

 これまで磨いてきた技を持って、きゃつらの脳天に刃を叩きこんでやりたい。そのためには、実際に人を斬る感覚を覚えにゃならん。一人斬ってぶるっとったら、他の連中にやられる。どうか許しをくれ、親父」


「お前が躍起になって動かんでも、憂国の徒ならばたくさんいるだろう。そいつらに任せておけ。

 これからの世は学問だ。剣はあくまで心身の鍛錬により、生きていく「器」を作るもの。そこにわざわざ血生臭い酒を注がずとも良い。智の酒こそ、人生を豊かにするものだ」


「異人の奴隷にされたら、将来も何もないと思うがな、親父。それも俺だけにとどまらぬぞ。ならば先手を打つに限る」


「それで日の本に住む同士を斬ろうというのか。たわけたことだ」


「開国を望む売国奴ならばいいだろ。あいつらは、国の害よ」


 議論は平行線。このままだと刀を手に飛び出していってしまいそうな息子の姿を見て、やがて父親は条件をひとつ出したんだ。

 町のはずれにある「泉想寺せんそうじ」を訪れ、見込まれたのであれば、異人を斬ることを許す、と。


 泉想寺の名は、息子も知っていた。

 その寺の住職はかつて100人以上にも及ぶ人を斬ったと伝わる、凄腕の剣士。それが年老いてからは出家し、自分が殺めた命を供養するために仏道を志しているとか。

 そして十数年前から、剣の道に迷う剣士たちが時折、寺を訪れて瞑想したり鍛錬を行ったりしているという。

 身支度を整え、腰に大小の刀を帯びた息子は、かすかな足の震えを感じつつも、泉想寺へと向かった。


 門の前では、住職と思われる袈裟を身につけた禿頭の男が、ほうきを手に掃除をしていた。

 ――あれが100人以上の人を斬った剣豪の姿か。そうは見えないが……。

 近づいて声をかける。

 住職は手を止めると、じっと息子をにらみながら「聞こう」と一言。眉がすっかり剃られていることもあって、眼光が余計に鋭く感じられる。

 話を聞いて、住職はやがて口を開いた。


「最近、主のごとき考えのものが増えておる。国を守るために剣の腕を磨く、とな。強さとは果てのないもの。そしていずれは無に帰していくもの。それを承知の上か?」


 息子は戸惑わずにうなずいた。

 すると、住職はお堂の中へと息子を招き入れ、修行にふさわしい姿に着替えるように指示。息子の用意が整うと、堂の真ん中で正座をするように申し付けた。

 すぐ脇には鞘に納められた太刀が一本。息子が持って来たものだ。


「お主が話に聞いた異人。そいつらは必ずしも、人として接することができるとは限らんぞ。獣のようなものかもしれぬ。

 これよりわしが堂を出ても、正座を崩さず黙想していろ。次に堂の戸が開いた時、そこに立っているもの。それが主の相手だ。

 斬り伏せてみるがいい。できるものなら」


 住職が出ていき、息子は言われた通りの体勢を保ちつつ、相手の来訪を待つ。

 やがて、堂の扉が開く音。

 目を開いた時、窓の格子越しに入ってきていた外の光は、すでに西へ傾いて赤みを帯びている。ここに来たのは昼頃だったから、すでに一、二刻は経過していたのだろう。

 赤い陽を背に、こちらと向き合う影は、輪郭しか確認することはできない。

 身長、手足、そして得物の長さ。いずれもが、息子の5割増しはあろうかという大柄。その得物の刀身が、堂にうずくまっている闇の中で、鈍く銀色に光った。

 

 すぐに太刀を引き寄せて鯉口を切り、刀を抜き放って立ち上がる息子。かなりの時間を正座したまま過ごしていたが、しびれはみじんもない。

 これまでカカシや獣皮を相手に、真剣で両断した経験ならばある。

 だが、動くもの。ましてや、明確にこちらへの敵意を放つ相手を斬るのは初めてだ。

 腕も足も震える。それが怖さのためなのか、念願を果たせるという武者震いなのかは、判断がつかない。

 

 息子が構えると同時に、相手は一気に近づいてきた。ドタドタと板敷を鳴らしながら迫りくる姿は、到底、武道をたしなんでいるとは思えない。

 右手に持った得物を大きく振りかぶりながら、迫ってくる人影。その胴体はがら空きだ。

 抜き胴。やや態勢を低くしつつ、相手の太刀先をかわしながら、わき腹を深々とえぐる。それでケリをつけるつもりだった。

 ところが相手は剣を振り下ろさない。剣よりも先に、左足を鞭のようにしならせて、蹴り飛ばして来たんだ。

 剣に注意が向いている息子は、もろに食らう。視界から人影がぐんぐん遠ざかるかと思うと、大きい音と共に背中へ痛みが走った。壁に叩きつけられたんだ。

 

 腹の中のものを戻すというより、全身がしびれるような感覚。ひざをつきながらも、相手から視線を外さない息子だったけど、その相手はすでに、次の動きを見せている。

 跳躍。それも真上に飛ぶのではなく、正面から突っこんできた。

 先ほどのようなバタ足ではなく、一足で。息子との距離、二丈(約6メートル)あまりを放たれた矢のように飛びながら。

 ――動け。

 全身を叱咤。息子は横へ飛びのき、一瞬遅れて、相手は先ほどまで息子がいた位置に、四つん這いの格好で降り立っていた。

 がちがちと歯を鳴らし、その口元からよだれの光が漏れている。

 

 その獣を思わせる仕草から、住職の言っていた意味が、おぼろげながら理解できてきた。

 自分の相手は、重度の狐憑きだ。人でありながら、人であることを忘れてしまった剣の使い手。ことによると、訪れた者たちの末路なのかもしれない。

 息子は刀を構え直す。先ほど叩きつけられた痛みは、もう残っていなかった。

 目の前の存在は、日の本の同士ではない。

 人面獣心の輩。そしてこれから抗すべき異人の、あり得るかも知れない姿の一つ。それを絶てぬのならば、憂国の行い成すに能わず。


 何合、打ち合ったか、何度、傷を受けたか、もう息子には分からなかった。

 身体が軽い。今までの稽古なら、最初に叩きつけられた時点で終わっていたはずだ。

 それが今日は、あらゆる痛みが瞬間的な体のしびれだけで済み、動きを妨げない。

 そして、いよいよ陽の残光、最後の一片が消えかけようとした時。飛び掛かってくる狐憑きの動きに、乱れがあった。

 弾丸のような速さが失せ、ふわりと鞠のように浮き上がったんだ。そのスキを見逃さず、息子が突き出した刀は、空中で相手の胴を刺し貫いた。

 刃を通して伝わってくる。

 肉を刺した感覚。したたってくる血のぬめり。先ほどまで身体をめぐっていた、命の温もり。それらが、串刺しになった身体の重みと一緒にかかり、離れようとしない。あたかも「逃げずにしっかり噛みしめろ」と言わんばかりに。

 ――ああ。人を斬るとはこういうことなのか。

 息子は念願が果たされながらも、自分の心の臓に、達成感とは違う何かが、ゆっくりと注がれていくのを感じていた……。

 

「戻って来たか?」


 住職の声に、はっとする息子。すでに堂の中は暗くなり、自分の周りだけを照らすように燭台がすぐ脇に置かれている。その明かりの中に、変わらぬ眼光をたたえる住職の姿が浮かんでいたんだ。

 息子は辺りを見やるけど、あの狐憑きの姿はない。刀も鞘におさまったままで、抜いてみても刀身に浴びたはずの、血のくもりがない。

「夢ではないぞ」と、住職がぐっと息子の左腕を握る。とたん、飛び上がりそうになる痛みがあった。皮膚が破けて、筋となった血が浮かんでくる。


 覚えていた。あの狐憑きとの立ち合いの時に、何度かもらった傷。そのうち刀がかすめた箇所なんだ。

 道着を脱ぎ、住職の用意した鏡に全身を映してみる。身体のそこかしこに、あの立ち合いで受けた傷が、ふさがったばかりといった様子で浮かんでいた。


「主自身が味わったこと。あれはすべて、主の守護霊がやったこと、といったら信じるか?」


 住職は語る。「泉想寺」はその名の通り、想いが泉のごとく湧き出る場所。

 堂に正座し、黙想してより主の想いは身体を離れておったのだ、と。

 相手となったのも、わしの話を聞き、そなたが思った異人の姿である、とも。

 人面獣心と感じていた異人。それが狐憑きのごとき姿で現れ……自分に斬られた。


 息子は自分の手を、まじまじと見つめる。あのぬめりと温もりを思い出すと、また手が震えた。今度は、はっきりとした恐れだった。


「そなた、人斬りには向かぬな。時流に乗り、攘夷、打ち払いをわめいても、心も体も付いてきておらぬわ。ここで守護霊が幾度も血にまみれれば、あるいはとも思うが……敗れた時にはどうなるか、想像はつこう?」


 親元へ帰るがいい、と住職は告げたとか。

 

 以降、息子は人を斬るという言葉を、口にしなくなったみたい。

 大政奉還が成されたのちは、地方の役人として、職務を全うしたという話だよ。


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