8:二人の取引の結末
「普通の叶え方なら本人の命は取らないんだけど、これは契約だからねぇ。その点だけ違うんだよ。別に難しい事じゃないだろう? 嘘を吐かず、私の願いを叶えてくればいいだけなんだから――あぁ、王様が願いを言う必要はないよ。貴方様の願いは知っているからね。何度も何度も言われたら耳にタコが出来るくらいあっさり覚えるものさ。だから私が今から言う願いを素直に叶えるだけでいい」
そこで言葉を一度区切った魔女は、王様の態度を改めて確認するように見つめます。
首だけの魔女の姿に竦んだ舌を上手く動かせない王様は、黙して魔女の取引内容を促しました。
魔女は鷹揚に一つ頷きを落とし、魔女が欲する願いを口にしました。
「なに、そんなに難しい願いではないさ。この王国から遠く遠く、西の彼方に存在する森を私におくれ。貴方様の権力ならどうとでもなろう?」
ニッコリと可愛らしく微笑みながら、魔女は言葉を締めくくりました。
魔女が口にした西の彼方に存在する森。王様はそれを脳裏に浮かべ、その土地を所有する国を思い出し、少しばかり頭が痛くなりました。
その国とは友好関係にあると言えないのです。ですが、王様は魔女の言葉に首を縦に振ることしか出来ません。
逆らえば取引は叶わない。それはつまり、自分の願いが叶わないも同義なのですから。どうしてもそれは避けたい王様。己の権力をいかに使ってその場所を奪い取るかの参段が密かに展開され始めました。
魔女は物分かりのいい王様に満足そうに深く頷きます。
「私は今後森に入りこんだ者――特に私が認めた者の願いしか叶えない。本当は愚かな人間の願いを叶えること自体止めてしまいたいんだけど、それは許されないのさ」
世知辛い世の中だねぇ、と溜息混じりに魔女はぼやきました。
神様が嵌めた枷は魔女の首にまだ存在していますから、願いを叶えない、という選択肢は選ぶ事が出来ないのです。
しかし、枷が外れたとしても魔女はきっと、自分が認めた者のみにその力を振るうのでしょう。
一握りの感謝に絆されてしまった魔女ですから、定めた制約通りに動く事は予想に難くない事実でした。
「――さて、取引は成立したようだし、私はそろそろ行こうかな」
魔女は自分の首を自分の身体へと繋ぎ合せて元通りの姿へと戻りました。そして終了した取引に合わせてその姿を消そうとするのですが、王様が慌てて魔女に声を掛けます。
「ま、待て!! まだ余の願いを叶えておらぬではないか!!」
「うん? あぁ、それはもう叶っているよ」
「……何?」
「取引に応じた時点で貴方様の願いは叶った、と言っているんだよ」
「それは誠か!? おぉ、ついに、ついに我が命が念願の永遠を手に入れたとは……」
ふるふると身体を歓喜に震わせては王様はその顔一面に喜色の色をのせました。望み続けた願いはようやっと叶ったのです。
老いた分だけ感極まっているのでしょう、瞳から涙がボロボロと零れ落ちています。
「本当に、愚かな王様だねぇ」
呆れたように、憐れむように、魔女は呟きました。
「永遠の命を望めども、それは魂のお話だと言うことに、その意味に気付く事は無いのだろう――気付いたところで後の祭りだけれど、まぁ、私には関係の無いお話さ」
クスリ、小さく笑って魔女は全ての言葉を締めくくり、その姿を今度こそ消し去ってしまいました。
魔女の呟きを耳にしていなかった王様は喜びのままに宴を催し、魔女との取引を確かなものとする為に、時刻より遠く遠く、西に広がる森を己が領地とし、且つ、魔女に与えた森だと明言されたそうです。
魔女はその森に住み着き、森の中を迷い込んだ人間を観察、そして気に入った相手であるなら話を聞いて願いを叶えていくようになりました。
願いを叶えてもらった者達はそれを自身の住まう街、村、国へと口伝えに残していきます。
そうして広がった魔女のお話は言い伝えとなって長い長い時を語り継ぎ、嘘吐き少女の街に残っていたのです。
さて、魔女のお話はこれでお終い。嘘吐き少女のお話の続きをまた始めましょう。
その前に、呟きを聞かなかった王様はどうなったのかって?
それはまた、別のお話でございます。
ここで語られることは無く、語られることがあるとしても、語り手は王様自身にお願いいたしましょう。
なにせ王様は永遠の命をお持ちですから。自身の身の上に起こった事を忘れていない限りは、語ってくださることでしょう。
たとえその身体が寿命と共に朽ち果てて、喋る口を無くしてしまっていたとしても問題はありません。
永遠の命は終わる事を知らぬからこそ、永遠なのです。声亡き声で、語り紡いでくださることでしょう。
その身に起きた、愚かな王様の人生を。