7:愚かな王様の暴挙と気分屋な魔女の本質
魔女が指を鳴らす音を聞いた後、王様と従者達は気付けば自身の国の王宮内に倒れていました。誰もがいつの間に、と驚く中、王様だけが魔女に強制的に此処へと飛ばされたのだと気付きます。
「おのれ魔女め……余を虚仮にしおって」
ギリギリと歯噛みしながら、王様はすぐさま魔女を捕らえるようにと命を下しました。そしてその命が国内は愚か他国にまで行き渡る様にとも言葉を添えます。
こうして魔女は王様に追われる身の上となり――十年の歳月を掛けて逃亡劇に幕を下ろす事になったのです。
王様の眼の前に連れて来られた魔女は玉座に腰掛けている王様を見上げては恭しく一礼して見せました。
「これはこれは、愚かな王様ご機嫌麗しゅう――」
「ふん、ようやっと観念したか。魔女よ」
「はてさて、私が何を観念した、と? 世界中に生きて捕まえた者には賞金をやると回状を回して私の居場所を尽く奪い去ってきた貴方様が早々に観念してくだされば良かったものを」
「減らず口を叩くでない!!」
朗々と語る様に紡がれる魔女の言葉を、ぴしゃりと一喝する王様。流石の魔女もその口を閉ざしました。
あの日から十年という時を経てなおその権力を保ち続けた王様でございます。姿は老いても欲望は尽きぬのでしょう。
また、魔女に強制的に王宮内へと移動させられたと言う事も王様の中では忘れられぬ屈辱として残っております。
恨みと欲望、願望と憎しみ。四つの薄暗い感情に染められた瞳は昏く淀んでおりました。
魔女は零れそうになる溜息を噛み殺し、改めて人間の欲深さに呆れ果ててしまうのです。
王様は魔女を捕らえる事が出来た喜びから、悠然とした態度を崩さず玉座から立ち上がり、ゆっくりと魔女の傍へと向かいました。そしてあと三歩で眼の前に立つと言ったその距離から、王様は魔女に命令しました。
「さぁ、魔女よ。あの時叶え忘れた我が願い、叶えてもらおうか」
「叶え忘れたんじゃなくてお断りした筈なんだけど?」
「断ることなど許さん。そなたがどうしても叶えぬ場合――その首、切り落とすぞ」
あの時とは違い、王様は剣を抜き放っておりません。しかし、その言葉通りの脅しが必ず実行されると魔女は感じておりました。
ですが、魔女はそれでも恐れる事は無く、寧ろ呆れたように王様を見ます。そしてこう言いました。
「愚かな王様。命令すれば誰もが貴方様の言うことを聞くとでも? 勘違いしてはいけないよ? 貴方様の言葉など、誰も聞いちゃいないのさ。聞いているのは、立場と言う大きな土台。貴方様自身の声など、誰にも届きはしないのさ。勿論、私にも」
優しく諭すような物言いは、どこまでも皮肉に満ちて歪んでいます。王様は怒りに震え、素早く抜き放った剣で言葉通り魔女の首を切り落としました。
哀れかな。魔女はそのまま死んでしまいました――と思われましたが、切り落とされた首はふわりと浮かんだのです。
その場にいた誰もが我が眼を疑いました。
「せっかちな王様だ。私を殺したいのであればそのような方法を取っても無理なのに」
ふわふわと空中を漂う魔女の顔は呆れた様に笑います。倒れていた身体も両腕を地面につきながらその身を起こして、首の動きに従いました。肩をすくめ、両腕を使ってやれやれ、と呆れたポーズを取ったのです。
兵士は恐怖に怯え、メイドは悲鳴を上げ、大臣は泡を吹いて倒れ、王様は顔面真っ青。魔女はそんな王様の顔の眼の前に浮遊して、軽く首を傾げました。
「ねぇ、愚かな王様。取引をしてあげようか?」
「と、取引、だと?」
「そう。取引。対価を貰う願いの叶え方ではないから、誰かの命を取る事はない。その代わり、私の願いを王様に叶えてもらう。要するにギブアンドテイク、だね。……実際に言ってみって気付いたけど、これって普通の叶え方とそう変わらないのかな?」
傾げた首を反対側へと倒して悩む魔女でしたが、すぐにそんなことはどうでもいいと言わんばかりに王様に言葉の釘を一つさしました。
「――あぁ、取引内容を騙そうったってそうはいかないよ? 魔女の取引は契約も同じ。契約違反は――死に繋がるからねぇ」
「……ッ……」
息を呑んだ王様は言葉を無くして魔女を見つめます。魔女はそんな王様を面白いと思っているのか可笑しそうに見つめ返しながら、唄う様に言葉を語りました。