6:気分屋な魔女は帰宅を促す
「愚かな王様。貴方様はどうしてそこまでして永遠の命を望む?」
魔女の淡々とした問いかけに、王様は何を今更、と言わんばかりの態度で語り出します。
「そんなもの、決まっておろう。余が王だからだ」
「王様だから? それじゃ、王様じゃなければそんな事を望まない、と?」
「そうだ。余は王として生まれ、民の為に国の為に全てを捧げねばならん。だがな、余とて人間だ。全てを捧げて尽くしても足りぬ――時間が、足りぬのだ」
「…………」
「そしてなによりも、王という立場の為に全ての時間を捧げるのは、アホらしいであろう?」
「……は?」
この王様は何を言ってるんだ、と顔一面で語る魔女に気付かぬまま、王様は自分に酔いしれるように溜息を零します。
「生まれた時からの宿命とはいえ、余とて人間だ。やりたいこと、欲しいものがあって当然であろう? しかし、王という立場故にそれがなかなか叶わぬ。……まぁ、大抵は権力に物言わせればどうとでもなるがな」
「ならそれでいいじゃん。それ以上を望んでも破綻しか待ち受けてないよ?」
「ふん、そんなもの、余の命が永遠に続けば簡単に覆せるわ。魔女よ、王の底力を舐めるでないぞ」
自分の力に過信して、身の丈に合わない欲を抱いては破滅してきた人間を沢山見てきた魔女でしたから(強いて言うなら魔女自身もその一人と言えましょう)眉をひそめて王様に忠告をしました。
しかし王様はそれに取り合わず、願いさえ叶えば問題ないのだと自信たっぷりに告げます。実際に逆境を乗り越えるだけの賢さは備えているのかもしれません。また粘り強さも同じくらいにはあるのかもしれません。
王様としての底力と言われてしまえば納得できるような、できないような。魔女はどっちつかずの感想に顔を顰めます。そしてすぐにその感想を忘れてしまいました。
魔女にとって人間の底力などどうでもいいのです。魔女自身が願いを叶えるに値するか、否か。それが問題なのですから。
「――で、結局貴方様は自分の時間の為に永遠の命を欲すると?」
「結論を言ってしまえばそうなるな。しかし自分の時間の為ではないぞ。あくまで王としての時間だ。魔女よ、そこを間違えてはならぬ」
「はいはい、失礼致しました」
あくまでも「王」としてと念を押す王様。自身でもこの願いが自分の為と言う事を理解しているのでしょう。しかし、王様という立場を考えればそんなことを願うことは民に示しがつきません。そこで建前の「王」を強く口にしたのですが、魔女にはそれこそどうでもよかったのです。
どうでもよくなかったのは王様に付いてきた従者達でしょう。王様の願いを知ってはいましたが、その願いを叶えた先まで知っていたわけではないのです。
――ただ、知らぬとも想像することは出来ました。そしてその想像通りの答えを放った王様に対して従者達はいつ己の魂が奪われるのか怯えきっています。中には今にも気を失ってしまいそうなほど儚くなった者や、勇気振り絞り逃げ出す準備をする者がいる始末。それに気付かぬ王様の人望がここまで顕著に表われている様はなんとも滑稽と言えましょう。
魔女はちらり、と従者達を見ました。従者達は各々肩を震わせ、誰もが魔女に視線を合わせようとしません。合わせてしまえばすぐにでも魂を奪われてしまうとその態度がありありと語っておりました。
そこまであからさまに怯えなくても、と思わなくもない魔女でしたが、自分の命が掛かるとなると仕方ないことなのだろうと魔女は憐れみました。
そんな二対の態度――と申しますよりも、魔女一人の態度でしょうね――に焦れた王様は苛立たしく声を荒げました。
「えぇい、魔女よ、いい加減余の願いを叶えよ!! 対価は此処におる従者達の命だ!! 足りぬならまだ我が国にいる従者の命を幾らでも差し出す、だから!!」
「無理だね」
「なっ!!」
「いや、正しくは無理、っていうわけじゃなくてお断り、かな」
飄々と言ってのける魔女に王様の怒りは頂点を極めました。腰にぶら下げていた剣を抜き放ち、今にも魔女の首を刈り取ってしまいそうです。
魔女はそれを冷めた眼で見つめるだけでした。恐怖の色を持たず、表情は楽しそうに笑んでいるのですから、寧ろ王様の方が追い詰められてしまっています。
「おやおや、逆上して私を殺しなさるかな? 愚かな王様はよほど哀れなお人のようだ。そこにいる従者達が哀れでならないよ」
軽く肩を竦めて魔女は言いました。
「愚かな王様、私は貴方様の願いは叶えない。そう決めた今、どれだけの対価を差し出されようと、どれだけ命を脅されようと、私の答えは変わらないよ――さぁ、お帰りの時間だ。従者の皆様とご一緒に、お城へお帰り」
そう言うや否や、魔女は中指と親指を擦り合わせてパチン、と音を鳴らしました。次の瞬間、魔女の眼の前に居た筈の王様と従者達は全員、その姿を消していました。