3:気分屋な魔女はこうして生まれた
さて、そんな魔女のお話を一つ、ここで語りましょう。
それはとても遠い昔々のお話です。
人間という種が生まれる前から魔女は世界に存在していました。一説には神様が魔女を創り出し、魔女はそれを真似て人間を生み出したのだと言われています。ですがここでは余談となりますので端に避けまして。
魔女は願いを叶える術を、力を持ち合わせていました。勿論全てを無償で叶える事は出来ません。願いに見合った対価が必要となります。
対価さえあれば魔女はどんな願いもかなえられましたが、同時にどんな願いも叶えられるわけではありません。どれだけの対価を積まれようと、犯してはならない領域はあるものですから。
――ただし、それは通常の魔女であれば、の話です。
このお話の魔女は違います。生まれた時から桁外れの魔力を持って生まれたからか、禁忌をあっさり破り、且つ、どんな願いも対価次第で叶うという型破り極まりない魔女でした。
己の身に不老不死の呪いを掛けたり、成長を止める時魔法を掛けたり、気に食わない人物の時を永遠に止めたりと、自分の為だけにその力を振るい、自分の好きなまま、想うがままに世界の片隅で禁忌を破り続けていました。
魔女の振るう力の所為で、世界は少しずつ綻び、形を保てなくなっていきます。流石に見かねた神様は地上に降り立ち、魔女の首に黒い枷を嵌めました。
それは魔女の力を制限する役目を持っており、それに気付いた魔女は神様に噛みつきます。
「ちょっと、傍観者気取りの神様がどうして私にこんな枷を嵌めるのかな? まさか今更世界の為に動きます、だなんて愚かな事を言うつもりかい?」
「別に世界の為に動く気はない。ただ、この世界を象る箱庭は我が作り上げた最高傑作だ。それが壊れるのを見るのは忍びない。それだけの事」
「呆れた!! 結局自分の為に私の行動を制限するんだね? やれやれ、傍観者気取りの神様も、愚かな人間と変わりないってことか」
馬鹿にしたような魔女の態度に神様は眉一つ動かさず、魔女の枷を指差して言いました。
「その枷はお前の魔力を縛り付ける。どれだけお前がいつもの様に力を振るおうとも、禁忌を破る事はおろか、己の願いすら叶えられないだろう。枷を外したくば己が行ってきた禁忌破りの契約を人間の為に使え。その為になら枷は魔力を縛り付けることはない。よいな、お前がいう、愚かな人間の為にその力を振るえ――それがお前の世界に対する贖罪だ」
淡々と言ってのけた神様は、魔女の反論聞かずにその姿を消しました。
魔女は言い逃げした神様の言葉を信じようとはせず、自分の為に力を振るおうとしますが一向に上手くいきません。それどこから使う端から魔力を枷に奪われていき、枷の重みに魔女は苦しみました。
それでも魔女は人間の為に今までの力を振るうことを良しとせず、足掻いて足掻いて足掻いて――数年の時を経て、ようやっと魔女は足掻く事を止めました。
枷の重みに首を持ち上げられず、地面にべったりと身体を貼り付ける状態のまま生き続ける事に疲れたからです。
そして魔女は己の力を嫌々ながらも人間の為に振舞いました。勿論それ相応の対価は必須事項。魔女はしっかりとそれを求めて頂戴していました。
長い年月をそうして生きてきた魔女は、徐々に人間の愚かしさを憐れむようになり、その愚かさから生まれるほんの一握りの感謝の気持ちを愛しく思い、自然と枷を外す為でなく、己の為に進んで人間の願いを叶えるようになったのです。
しかしやはり魔女は魔女。必ず対価を渡すから叶えてくれと言われても、それは気分次第でした。
叶えてやるのは一握り。その一握りに入れるようにと人間が魔女に媚びる姿を魔女は楽しんでいたのです。
けれどこの魔女は何度も言う通り気分屋です。楽しんだ挙句に叶える気はないとさらっと掌返すなんて当たり前の事でした。
唯一魔女が対価を渡すから叶えてくれ、と懇願して即了承する相手は、心からそれを願い、その為にならこの命すら捧げるという人間だけです。
愚かで憐れな人間全ての願いなど叶えたくない。だけど、一握りの感謝を与えてくれると解る人間になら、この力を振るおう。
己の中に力を振るう制約を定めた魔女。そんな事など知らぬ人間には魔女はとても気分屋で、意地悪で、最低な女だと伝わるようになってしまいました。