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嘘吐き寓話  作者: 葉月羽音
第五幕
22/25

22:嘘吐き少女が告げた感謝の言葉

 魔女は自分が言いだした対価とは言え、それを少女に伝えた事を後悔しました。寧ろ声なら奪える、だなんて言った過去の自分を恨みました。

 対価を伝えても引きはしないだろう、寧ろ進んでそれを受け入れるだろうことは解りきった事でしたが、少女はきちんと理解していないのです。

 心を失うと言うことがどれだけ苦しいことなのかを。一度失ってしまえばもう二度と同じモノは手に入りません。元には戻りません。

 それを経験している筈なのに、少女は目先の欲に、願望に執着しすぎていたのです。

 魔女は思います。人間はこれだから愚かしいのだと。

 失ってようやく気付いても、もう取り返しはつかないのだというのに、どれだけの時を経て、時代が進んでも、その事だけは永遠に学ばないまま、人間は生きていくのでしょう。これから先も、ずっと。

 魔女は立ち上がり、大きな机の傍へと行きました。そして付属の引き出しから小瓶を一つ取り出し、また少女の元へと戻りました。

 少女は魔女の行動を不思議そうに見つめます。手に持っている小瓶の中身は見えないけれど、液状の薬かなにかが入っているのでしょう。小瓶の口径が小さいことからそう察しました。

 魔女はその小瓶を少女へと差し出します。

「これをお飲み」

「これを……って、あの、これは、一体?」

「君の願いを叶える薬さ。一口分しかこれには入っていないんだが、それだけ十分の効力がある」

「これが……私の声を……」

「そうだよ。声を失うと同時に私は君の心を対価に頂戴する。なに、痛みはないさ。そう感じる心など君の中にはもう亡くしているからねぇ」

 皮肉交じりの魔女の言葉をジッと聞いていた少女は、受け取った小瓶を大事そうに握りしめて――魔女に向かって微笑みました。

「ありがとう、魔女さん。貴方のお陰で、私はもう誰も傷つけずにすみます。嘘を吐かずにいられます。――本当に、ありがとう」

 心の底から嬉しそうに告げた感謝は、魔女の心に響き渡りました。暖かな気持ちは嬉しい筈なのに、どうしてか酷く寂しくて。魔女はそっと瞼を伏せました。

 少女は魔女から視線を外すと、小瓶の蓋を開けて中身を一気に口に入れ、飲みこみました。

 喉をすり抜ける液体は酷くひりひりとして痛い――筈なのですが、少女はその痛みを感じません。ひりひりという感触も解りません。

 それもそのはず。少女の心は既に魔女の掌の中。感情を生み出す心を亡くした少女は、願い通り声を奪われました。

 するり、小瓶が少女の手の中から零れ落ちます。ベットの上に落ちたそれはコロコロと転がって、床へと叩きつけられました。

 小さな音を立てて砕け散った小瓶。その音は少女の耳にも入っているでしょうに、少女はなんの反応も示しません。

「感じる心を亡くしてしまったからねぇ。当然と言えば当然の事か」

 魔女はポツリと呟いて少女を見つめます。コロコロと変わっていた感情豊かな少女の表情は無一色に染まり、動く事はありません。

 溜息を一つ落とし、魔女は中指と親指を擦り合わせてパチン、と音をたてました。すると砕け散った筈の小瓶は元通り。中に入っていた液体も含めて新品の姿を取り戻します。

 ふよふよと小瓶は魔女の目線まで浮かびあがり、次いで、その姿は一瞬にして消え去りました。

「さて、小瓶も片付けた事だし……お嬢さんの心はどうしようかねぇ?」

 掌の中に納まっている淡い光。それこそが少女の心でした。しかしよくよく見ると少女の心は闇に呑まれるように光を失い、また光を取り戻しを繰り返しています。

 魔女はそれをそっと優しく撫でました。すると光は闇に呑まれることは無くなるものの、時間を置けばまた闇に呑まれて光を失います。

「闇はお嬢さんの傷を示すんだが、こんなにも傷つくくらいに嘘を吐き続けていたとはね。しかし、これは自業自得というものさ。中途半端な覚悟で吐く嘘は、周りだけでなく自分をも傷つける。お嬢さんは嘘を吐くのは得意でも、優しい嘘を吐く事は不器用なままだったんだねぇ」

 もう誰も失いたくないという想いから選んだ嘘は結局中途半端なまま。それと気付かぬ少女は純粋な想いだけを強くしてしまったのです。それ故に周りを大きく傷つけ、自分をも傷つけていたのでした。

 全て失う事でようやっとそれに気付けた少女は、元凶たる声を手放す事でもう誰も傷つけないようにしたかったのでしょう。そしてその通りにはなりましたが、哀しいかな、少女はもう二度と傷つける事も傷つく事も無くなった代わりに、生きると言う事も手放してしまったのです。

「心亡き人間は人間に非ず。ただのお人形になってしまうのだよ。お嬢さん」

 ベットの上で動かない少女に、魔女の声は届いているのでしょうか。語る言葉を、声を失った少女はなんの反応も示しませんでした。

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