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嘘吐き寓話  作者: 葉月羽音
第五幕
21/25

21:嘘吐き少女は愚かな王様と同じ轍を踏み

 少女は魔女の返答に絶望しきってしまい、がっくりと肩を落として落ち込みます。縋る想いで森の中を歩き続けたのに、願いは叶わぬ物となってしまったのですから、それは当然のことでしょう。

 そんな少女に対して魔女は言いました。

「口を無くす事は出来ないけど、声を奪うことなら出来るよ?」

 一瞬何を言われたのか解らず、少女は瞬きを一つ落とします。そして魔女の言葉を脳内で噛み砕き、飲み干し、解釈して――またも少女は魔女にしがみつきました。

「本当ですか!?」

「あぁ、ただし――対価が必要になる。それは分かっているだろうね?」

「はい、勿論です。どんな対価でも支払います。ですから、私から声を奪ってください!!」

 ぎゅう、と力強く魔女の服を握りしめて懇願する少女。魔女はそれを諌めるようにポンポンと少女の頭を撫でました。

 少女はその感触に覚えがありました。けれどどこで感じたものなのか解らず、内心で首を捻ります。

 遠い過去ではなく、ここ最近の出来事の筈。そこまでは思い出せるのにそこから先が出てこない歯痒さに少女は顔を顰めそうになりますが、それにストップを掛けたのは魔女の言葉でした。

「対価を支払う覚悟は分かったから……お嬢さん? 出来ればしがみつくのはご遠慮願いたいんだがね? これ以上しがみつかれると服が伸びてしまう」

「え? あ、ご、ごめんなさい!!」

 またも慌ててその手を離した少女は自分の行動を恥じ入る様に顔を赤く染めました。解放された魔女はそんな少女を面白そうに眺めた後、声の対価を思案します。

 声とは言葉を紡ぐもの。言葉は意志であり、霊力であると魔女は考えています。ではそれに見合う対価とは――浮かんだ答えを口にすることを魔女は戸惑いました。

 普段ならば魔女は戸惑いもせず口にした事でしょう。しかし、少女に対してだけはどうしても口に出来なかったのです。

 少女の過去を知り、願いを知り、少女のコロコロと変わる感情を知り、魔女は対価を受け取る事を惜しんだのです。

 しかしどれだけ魔女が惜しんでも、少女はあっさりとそれを手放すのでしょう。

 決意の固い瞳を持つ人間の末路を魔女は何人も見てきました。願いを叶える代わりに貰った対価がその末路です。

 命という対価を支払った人間は、叶った願いに対して魔女に感謝を告げてその幕を閉じました。あるいは命に等しい対価を支払って、生きながらにして死んでいるという末路を辿った者もいるのです。

そして今回求める対価に関して言うならば――それは後者に該当しました。

 魔女は深く息を吐きだします。己自身の覚悟を定める為に。

そんな物々しい雰囲気の魔女に対して少女は固唾を呑んで対価が告げられるのを待ちました。

 どれだけの時間が過ぎたでしょうか。魔女はようやっと、その重い口を開きました。

「君の願いを叶える為の対価だが――」

「はい」

「お嬢さん、君の心を私に差し出してもらおう」

「私の心、ですか?」

「そうだよ。君の言葉は誰かを傷つけるものなのだと君は言ったね? そして嘘を吐きたくない、とも」

 間違いはないか、と視線で問いかけてくる魔女に対して少女は深く頷きました。魔女はそれを然りと受け止め、言葉を続けます。

「お嬢さん、言葉とは意志であり霊力なんだ。言葉に込めた想いが強ければ強いほど、それは言葉を紡いだ主の意思となり、霊力となって意味を成す。……まぁ、簡単に言えば想いを込めた分だけ刃にも盾にもなる、と言うことだねぇ。しかしお嬢さんはその言葉を紡ぐ為の声がいらないと言う。嘘を吐き出すだけの声を奪って欲しいと言う。なら言葉に込める想いを――心を対価としても問題なかろう? 声を奪われた瞬間に、想いを紡ぐ事など無くなるのだから、そんな人間に心など必要もないだろう? なら、私が貰ってしまっても問題ないわけだねぇ。それともお嬢さんは自分の心を差し出す事に、未練がおありかな?」

 淡々と落とされる言葉に口を挿む暇は無く、少女は魔女の言葉を追いかけるのに精一杯。全てを理解できたわけではありませんが、それでも大事な部分は理解できたように思います。

 この声を失う対価として、心を渡す。感情を込める言葉を、嘘を紡がなくなる為に声を奪われるのだから、感情の源である心を魔女に渡したとしても問題はないだろう、と言われているのだと少女は解釈しました。

「――いいえ、無いわ。私、この心を失ってもいいから、声を奪って欲しい」

 少女は魔女の言葉に頷きます。心を渡す代わりにこの声を奪ってもらう。そうすればもう、誰かを傷つける事も無いし、悲しませる事も無いのだと信じていたからです。

 ですから少女は気付きませんでした。頷いた少女に魔女が傷ついていた事に。心を失うと言う意味を、ちゃんと理解していない己自身に。

 少女は愚かな王様と同じく、眼先の欲に囚われて周りが見えなくなっていたのです。

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