20:気分屋な魔女の本質は
全てを語り終えた少女は、魔女に懇願しました。
「私はもう、嘘を吐きたくないの。誰かを傷つけるような言葉を喋りたくない。だから――この口を無くしたいの。お願、魔女さん、私の願いを叶えて!!」
強く強くしがみついて、少女は必死に願いを口にします。
少女は嘘を吐く自分が嫌になってしまっていたのです。そしてそれが引き起こした結果を恨みました。
けれど、それ以上に傷つけてしまった事実が悲しかったのです。
嘘に込めた想いはいつだって「死なないで」という願いだけだったのに。少女の嘘は本当に「嘘」にしかならず、決して「優しい嘘」にはなってくれなかったのです。
魔女はそんな少女を憐れむように見つめます。魔女とて嘘は沢山吐きます。人間の愚かさをその身をもって体験してきているからこそ、嘘を吐く事に対する罪悪感は無く、寧ろそうされても文句は言えまいと自分本位な答えを出すような性格でした。
本当に言い伝え通り気分屋で、意地悪で、最低な女だったのです。
「君の願いは分かった。分かったから……私を解放してくれないかなぁ? 流石にこの状態は私も君も辛いと思うんだけど?」
「え? ……あ、す、すみません!!」
言われて気付いた二人の体制に、少女は慌ててその手を離しました。勢いでしがみついていたとはいえ、まさか魔女の胸元を掴んでいたとは思わなかったのです。
しかも若干引き寄せるようにしていた為、魔女も少女も互いに前のめりになって結構な至近距離を保っていたりもしました。
魔女にしがみついてた為に浮かんでいた腰を下ろしたところでその事実に気付いて赤面する少女でしたが、はた、ともう一つ気付いた事があります。
「あの、変な事を聞きますけど……」
「ん? 何?」
「貴方は魔女、なんですよね?」
「魔女なのは確かだよ。否定はしないねぇ」
「……男なのに?」
恐る恐る、間違いかもしれない可能性を片隅に置いて少女は言いました。
魔女は器用に片眉を吊り上げ、次いで、ニンマリと笑顔になります。悪戯っ子の様なそれは魔女の外見に似合わず子供っぽい仕草でした。
「人間って、そういう所が愚かだよねぇ。魔女だからって女ばかりとは限らないんだよ。まぁ、大抵の男は魔法使いを名乗るけれど、私は「魔女」なのさ。力を持ってこの世に生まれ、絶対に犯してはならぬ領域をあっさり犯す禁忌の存在。同族は私を型破りの魔女と呼ぶがね。――あぁ、言葉に囚われて本質を見抜けないのは愚かだと覚えておくといいよ」
楽しげに告げる魔女の言葉に少女は呆気にとられてしまいます。願いを叶える魔女という言葉から女だと思い込んでいた節があり、また、外見からでは魔女は女にしか見えないのです。本人もそれを自覚しているのでしょう。必要なら女と偽って人間を騙す事もありました。そして騙したつもりはなくとも勝手に騙されていく人間もいて、その滑稽さを魔女は密かに楽しんでいたりもするのです。
「――と、話がずれてるよ、お嬢さん。願い事はいいのかな?」
「……あっ!!」
「ま、最初にずらしたのは私なんだけどねぇ」
しがみつかれていた体勢から解放されたくて口にした言葉を皮切りに横道にそれたという自覚はあった魔女は、軽く肩を竦めてそう口にした後、雰囲気を一転させました。
少女もそれにつられるように固い雰囲気を身に纏います。そして真剣な眼差しを向ける魔女へと少女は願いを改めて口にしたのです。
「お願いします、魔女さん。私はどうしてもこの口を無くしたいんです。その為に必要な対価なら、どんなものでも支払います――だからどうか、この願いを叶えてください」
深く深く頭を下げて少女は頼み込みました。対価として何を差し出せと言われるのかは解りません。けれど、何を差し出せと言われても少女は頷き一つで了承する覚悟を持っていました。
傷つけることしか出来ない口が無くなるのなら、自分の何かを失ってでも叶えたいと思っていたのです。
魔女はそんな少女の覚悟をしっかりと受け止めました。そして、制約に叶う人間なのだと理解した瞬間、重々しくその口を開きました。
「無理だね」
「!!」
魔女の容赦ない一言に少女は頭を上げます。そこには顔を顰めた魔女がいました。
「口を無くすなんて芸当、流石の私でも無理。人間の体の構造の一部を取り外すことが出来るのは神様くらいだろうよ」
いかに型破りな魔女とて、出来ない事はあるのです。例えば腕や足、耳や指、手首などと言ったものであれば無くそうと思えば無くせます。
けれど口は顔に付属している一部です。それを取り除くと言うことは顔そのものを取り除く事になりますので、魔女には出来かねました。




