2:嘘吐き少女の代償
少女の嘘吐き日課は16歳になった今でも止まる事はありません。寧ろ嘘に付き合ってくれる人が減った分、躍起になって嘘を誇大化させている様にも見られます。
声を掛けて無視する人が居たらその人の足を止めてでも嘘を吐きますし、その結果、怪我を負うことは日常茶飯事。そしてそんな少女を哀れに見ることはあっても手を差し伸べる人間は誰一人としていませんでした。
今日もまた少女は嘘を吐く為に家を出ます。そんな少女を一緒に暮らしているお祖父さん、お祖母さんの二人が見送りに出てきました。
少女は二人を振り返り、ニッコリと笑います。
「それじゃ、行ってきます」
可愛らしい笑顔は微妙にひきつったものでした。口の中を切ってしまっているのか、上手く笑えないのです。
よくよく見ればその身体には白い包帯が見え隠れ。怪我の酷さが一目で伺えます。
しかし少女は日課を止めることはありません。嘘を吐く事が少女の生き甲斐なのだと言わんばかりに今日もまた、外へと繰り出していこうとします。
そんな少女をずっと見守ってきたお祖母さんはこれ以上は耐えられないと、口を開きます。
「もうお止め。そんな嘘を吐いて誰が得をすると言うんだい?」
「お祖母ちゃん、誰かが得するから言葉を紡ぐんじゃないわ。誰かを想うから、言葉を紡ぐのよ」
「ならお前の言葉は誰かの為になっていると言うのかい?」
「えぇ、そうよ。きっといつか、解ってくれるわ。私が紡ぐ言葉の意味に。だから――お祖母ちゃん、今日はこれ以上喋っちゃ駄目よ?」
「……どうしてだい?」
「だって、お祖母ちゃんは今日死んでしまうんだから」
ニッコリと笑って、少女はお祖母さんに嘘を吐きました。
何度も何度も言われ続けたその嘘に、お祖母さんはとうとう泣きだしてしまいます。
少女はお祖母さんが泣く理由が解らずに首を傾げました。
「ねぇ、どうしてお祖母ちゃんは泣くの?」
少女の言葉にお祖母さんは更に泣きました。お祖父さんは黙ったまま顔を顰めて少女を見つめます。
「あぁ、どうしてこんな事を言う子になってしまったんでしょう」
嘆くその声にお祖父さんがそっとお祖母さんの肩に手を当て、少女を睨みつけます。少女はどうして睨まれるのか解らず、更に首を傾げてお祖父さんを見つめました。
「もうお前は私達の家族じゃない」
「え?」
「お前の様な奴は勘当だと言っているんだ」
唐突のお祖父さんの宣言に少女は眼を白黒させて驚きました。お祖父さんはそんな少女を冷めた眼で見つめた後、背を向けます。
「いいか、二度とこの家に帰ってくるな。いや、この家だけじゃない。この街から出て行け。そして嘘を吐きたいなら魔女の森に住んでいる魔女相手にやってこい!!」
低いしゃがれた声は少女の耳を貫きました。
お祖父さんは泣くお祖母さんを連れて家の中へと入っていきます。
少女も咄嗟にそれに続こうとしますが、お祖父さんが少女を家に入れることは無く、少女の眼の前で扉は厳重に閉められてしまいました。
それを見ていた周りの人達はあぁ、とうとうこうなったのか、と他人事。
少女の視線が自分へ向けられる前に、と一人、また一人とその姿を消していきます。
少女は閉められた扉の前で暫くジッと立っていました。夜が来て、朝が来て、昼が来て、夜が来て――そうしてようやく少女は自分の居場所が消えたのだと悟り、扉の前から動き出しました。
少女は独りぼっちのまま、この街を出ていく事になってしまったのです。
街中をとぼとぼと歩くその姿は寂しそうに見えますが、誰もが自業自得と見て見ぬフリ。少女自身も嘘を吐く気力も無いと言わんばかりに無言を貫きます。
それでも表情だけは、と取り繕った笑顔。罅割れた仮面のそれは脆く儚いものでした。
少女が住んでいた街の門から一歩足を踏み出した時、辛うじて浮かんでいた笑顔は消え去りました。壊れた仮面は元に戻らず、また、街を出るまでよく耐えたと言えましょう。
少女は無表情のまま真っ直ぐ前を向いて歩きます。向かう場所はお祖父さんが口にした魔女の森でした。
魔女の森とは少女の街に古くから伝わる言い伝えの場所でした。そしてそこには魔女が住んでいるとも言い伝えには残っていました。
少女の記憶している限りでは、魔女は対価次第で願いをなんでも叶えてくれる存在でした。
しかし魔女はとても気分屋。簡単に願いを叶えてはくれず、聞くだけ聞いて掌を返した反応を見せる、最低最悪な女だという言い伝えも存在しました。
少女にとってどちらが正しい言い伝えかは解りません。しかし、言い伝え通りに願いを叶えてくれるのなら、魔女に会いに行きたいと思ったのです。