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嘘吐き寓話  作者: 葉月羽音
第四幕
16/25

16:両親の切なる願い

「傷つけてしまう嘘であり、悲しませてしまう嘘でもあるけれど――その嘘に込めた本当の想いが伝わった瞬間、大切な人は幸せになれるんだよ。だから、お前も大きくなってからも嘘を吐き続けると言うのなら、大切な人の為だけに嘘を吐きなさい。そして覚悟するんだ。その「嘘」は大切な人を傷つける、悲しませると言う覚悟を。それが出来ないのなら、嘘を吐いてはいけないよ。中途半端な「覚悟」で吐いた嘘は大切な人だけでなく、自分も傷つける嘘になるからね」

 優しい手つきで撫でられる頭の感触に、少女はうとうとと船を漕ぎ始めます。元々お父さんのお話が長くなりすぎていた事もあり、少女は大事なお話だと解っていながらも睡魔に勝てずに眠ってしまいました。

 お父さんがそれに気付くのは全て話し終えた後。こてり、と身体を預けてすやすやと眠る我が子を見て、眼を見開きます。しかし浮かぶのは怒りではなく慈しみなのです。

 お話の終わりを見計らって傍に寄って来たお母さんはブランケットを片手に持っていました。

 お父さんはそれに微笑みを浮かべてお母さんを見つめます。

「すまないな。助かるよ」

「どういたしまして。……それにしても、ぐっすり眠ってるわね」

「あぁ。本当だな」

「……この子は将来、どんな大人になるのかしら? 嘘を吐く事に慣れてしまうような事だけは、避けてほしいわね」

 ブランケットを少女の身体に掛けてやりながら、お母さんは小さな声でお父さんに話しかけます。お父さんはそれに頷きながら、優しい仕草で少女の頭を撫でていました。

「きっと大丈夫だよ。途中までだが、ちゃんと話を聞いていたようだし、何より僕達の子供だ。そんな悲しい大人にはならないさ」

「……えぇ、そうね。きっとそうにきまってるわ」

 お母さんはそっと、お父さんへと寄り添います。お父さんもそんなお母さんを抱き寄せて、その頬に口付けを落としました。

 二人はすやすやと眠る我が子へと視線を落としました。安らかな寝顔を見せる可愛い娘。嘘吐きなのは構って欲しい合図だと、一体どれだけの人が気付くでしょう。きっと気付いてくれる事は少ない筈です。

その事で少女が傷つく未来が来なければいいと、二人は心から願っていました。

「願わくば、この子が「嘘」に囚われて独りぼっちにならない事を……」

 お父さんは小さく祈りを捧げました。その声が神様に届いたかどうかは解りません。けれど――叶わぬ願いとなってしまう未来を少女が選んでしまうことに、その時の二人は知る由も無かったのでした。

 それから数日後の事です。少女は大好きなお父さんとお母さんと喧嘩してしまいました。喧嘩と言っても少女が一方的に駄々をこねただけなのですが、少女にとっては立派な喧嘩でした。

 その内容はと言うと、ずっと前から約束していたお出掛けが、当日になってお父さんもお母さんも仕事が入ってしまっていけなくなってしまったと言うことです。

 それを申し訳なさそうに告げられた少女は期待に輝かせていた瞳を一瞬にして怒りに染め上げました。

「いや!!」

「あぁ、本当にすまない。約束を破りたくはないんだが、今回ばかりはどうしても……」

「いや!! なんで、どうして? 私との約束の方が先だったよ!? それなのにどうしてお父さんもお母さんもお仕事に行っちゃうの!?」

「それは……」

 少女が今日と言う日を心の底から楽しみにしていた事を嫌と言うほど知っていた二人でしたから、少女にどうして仕事を優先するのかと聞かれてしまうと何も言えなくなってしまいます。

 口籠って何も言わないお父さんとお母さんに、少女はとうとう家を飛び出してしまいました。

「約束を破るお父さんとお母さんなんて大嫌い!! そんな二人なんていなくなっちゃえばいいんだ!!」

 怒りにまかせて放った少女の捨て台詞。その時は本当にそう思っていた言葉だったかもしれません。けれど、怒っていたからこその言葉だったんです。本気でそうなればいいなんて、少女は一切思っていなかったのですから。

 しかし紡いでしまった言葉は取り返しがつきません。紡いだその瞬間に少女が我に返って撤回するか、謝罪するかして流してしまえばまた話は違うのでしょう。

 けれど少女は家を飛び出してしまいました。その際に紡いだその言葉が、後々少女を永遠に苦しめる事になるとも知らないまま。

「ひっ、く……ぐす、…ひっく……」

 家を飛び出した少女は街の中を一人彷徨います。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、ぽろぽろ零れる涙を両手でぐしぐしと拭うのですが、止まらない涙は少女の両手をびしょびしょに濡らしてしまうばかりで意味をなしません。

 それでも少女は懸命に涙を拭います。泣き続けていてはいけないと、幼いながらに考えたのです。

 もしこんな風に泣いている所を見られたら、きっと誰かに心配を掛けてしまうでしょう。少女はそうなることを恐れました。

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