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嘘吐き寓話  作者: 葉月羽音
第四幕
15/25

15:嘘吐き少女の始まりは

 それは、少女がまだ幼い頃のお話です。


 小さな頃から嘘吐きな少女は、些細な可愛い嘘を吐く事が好きでした。

「お父さん、お父さん」

「ん? なんだい?」

「あのね、お母さんがお父さんの事呼んでたよ」

「そうなのか。ありがとう。教えてくれて。……お母さんは今何処にいるんだい?」

「えっとね、裏庭!!」

 元気よく居場所を告げた少女は「ちゃんと伝えられたよ、偉い?」と視線でお父さんに問いかけます。お父さんは我が子可愛さに堪らずギュウ、と少女を抱きしめました。

 少女はきゃあ、と大喜び。嬉しそうにお父さんを抱きしめ返して、二人はそのまま別れました。

「お母さん、お母さん」

「あら、どうしたの?」

「あのね、お父さんがお母さんの事呼んでたよ」

「そうなの? あの人ったら、一体何の用かしら? ねぇ、お父さんは何処にいるか分かるかしら?」

「えっとね、書斎にいるって伝えてくれって」

 書斎という言葉が難しいのか、可愛らしい顔を顰めて、たどたどしく少女は言葉にしました。お母さんはよく言えました、と言わんばかりに少女の頭を優しく撫でてから、書斎へと足を運びました。少女はお母さんの背中を見送ってから、ニンマリと笑います。

 ――数十分後、少女はお父さんとお母さんに呼び出されました。

「お父さん、お母さん、なぁに?」

「こら、またお父さんとお母さんに嘘吐いたでしょ?」

「駄目だぞ、嘘なんて吐いちゃ」

 お母さんとお父さんに叱られてしまった少女ですが、それでもニコニコと楽しげに笑っています。

 少女は嘘を吐いて困る人達の顔を見るのが大好きだったのです。悪戯好きと言ってしまえばそれまでなのですが、少女はこうして嘘を吐いた後、叱られる形であっても自分に構ってくれると言うことが嬉しかったのです。

 要するに、少女は寂しがり屋なのでした。

 お父さんとお母さんは少女が寂しがり屋なのを知っていますから、こうして嘘を吐かれて怒る事をした後は時間の許す限り少女を甘やかします。

 少女はその甘やかしが大好きで、余計に嘘を重ねてしまうのですが、吐いていい嘘、悪い嘘の区別を無意識のうちにしているようで、大事に至る様な嘘は一切吐きませんでした。

 ある日のことです。お父さんが少女を自分の元へと呼んで、大事なお話をしてくれました。

「いいか? 嘘を吐くのは大切な人の為にだけ吐きなさい」

「大切な人の為?」

「そうだよ。嘘と言うのはね、どんな形であれ、誰かを必ず傷つけて悲しませるんだ。今はまだ可愛らしい嘘だと分かっていて、お前を甘やかしてくれるけど、大きくなったらそれは通用しない」

「…………」

「だから、お前が今後も嘘を吐くと言う場合は、大切な人の為にだけ、その嘘を使いなさい」

 真剣な顔で、真剣な声で、お父さんは少女に語りかけます。しかし少女はまだ幼くて、全ての意味を理解することは出来ません。

 それでも少女は大好きなお父さんが言う、大事なお話なのだと言うことはちゃんと理解しています。忘れてはいけないことなのだと言う事も肌で感じ取っているのでしょう。

 ジィ、とまん丸の瞳でお父さんを見つめ、少女は問いかけました。

「大事な人に吐く嘘なら、大切な人は傷つかないの? 悲しまないの?」

 嘘を吐くと言う行為が誰かを傷つけたり、悲しませるということはちゃんと解ります。少女が他愛ない嘘で皆を騙した時にいつも最後に「もう二度と言ってはいけないよ? それは相手を傷つけてしまうからね」と諭してくれていました。

 ですがお父さんの言い分では、大事な嘘は大切な人を傷つけない、悲しませないと言っているように聞こえたのです。

 もしそうなのなら少女は大切な人にだけ嘘を吐きたいと思いました。誰かを傷つけたり、悲しませたり、そんなことは少女だってしたくないのです。

 けれどお父さんはどこか悲しそうに笑って少女を見つめました。

「いいや、大切な人の為に吐く嘘も、大切な人を傷つけて悲しませてしまうよ」

「そうなの? ならどうして、お父さんは大切な人にだけ嘘を使いなさいって言うの? 傷つけたり、悲しませたりしちゃ、駄目なんじゃないの?」

「そうだね。大切な人を傷つけたり、悲しませたりしちゃいけない。だけどね、嘘というのは時に必要な時があるんだ。その必要な時に吐いてしまう嘘は、とても優しい嘘で、大切な人の心を守ってくれる力を持っているんだ」

 お父さんはそこまで言って、一度言葉を区切ります。幼い我が子に伝えるにはどう言ったいいのか、言葉を沢山選んで、悩んで、一つ一つ大切に紡いでいくのです。

「嘘を吐かれたその瞬間は、きっと傷つくだろう。悲しむだろう。大切な人に言われた嘘なら尚更。だけど――その「嘘」があったから、大切な人は幸せになれるんだ」

 お父さんは微笑んで、少女の頭を優しく撫でます。どうか伝わりますように、そんな願いを込めて。

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