13:嘘吐き少女は魔女に笑われる
微睡みに揺れる瞳を瞬いて、少女はしっかりと眼を覚ましました。次の瞬間、ハッとしたように思い切り身体を起こして――全身に走ると思われた痛みが無い事に首を傾げました。
「どうして? 私、確か転んだ筈じゃ……」
混乱したまま自分の身体を見下す少女。怪我をしていた筈の両腕や顔、身体をペタペタと両手で触っては傷跡が無い事に驚きを露わにしました。
古傷まで消えているとは思わず、ついまじまじと己の両腕を見つめます。自分の嘘を聞いて欲しくて、怪我をしてでも足を止めていたその証拠が――罪の印がない事に不安を覚えます。
消した魔女当人からすればいい事をした筈なのですが、少女にとっては違ったようです。それはまた後程のお話として、今は少女の現状を把握しましょう。
視線をキョロキョロと巡らせると、ベットの横に置かれたサイドテーブルがまず目に入ります。次に小さな窓に大きな机、そして所狭しと壁に沿って並ぶ本棚の数々。全て少女には見覚えのない風景です。
少女は自分が今いる場所がどこかの家の中だと理解しました。そしてあの時転んでしまって泣いてしまった後、少女はそのまま泣き疲れて眠ってしまったのだと想像が付き、とても恥ずかしくなりました。
「でも、一体誰が私を此処に運んでくれたんだろう?」
意識を失う前までいたのは森の中ので。それが気付けば家の中、となると、少女以外の誰かが森の中にいたという事で。
でも一体誰が少女を助けてくれると言うのでしょうか。
少女は先程まで見ていた夢を思い出し、表情を翳らせました。嘘ばかり吐いてきた少女を見る人は誰一人としていません。少女の嘘吐きは有名でしたから、あの街にいる人間は絶対に少女に手を差し伸べることはおろか、命を助けてくれる人もいないでしょう。悲しいですけれど、それが少女の吐いた嘘の対価なのです。自業自得とも言えましょう。
そんな少女を助けてくれたとなると、きっとあの街の人間ではないのでしょう。そして魔女のいる森に用のある人間となると――ふと、少女は一つの可能性を閃きました。
もしかして、いやしかし、だけどそう考えるとつじつまが合う。一人悶々と悩んでいたその時、部屋の扉が音を立てて開きました。
少女は慌ててそちらへと視線を向けます。そこにいたのはお盆を抱えたとても美しい人でした。
艶やかな黒髪、黒曜石の様に煌めく瞳、透き通るような白い肌、紅く色づいた唇、細みの肉体――美麗の全てを詰め合わせたようなその姿に、少女は知らず知らず感嘆の溜息を零しては見惚れます。
少女の様な態度に慣れっこなのでしょう。その人は目覚めていた少女に驚きを見せはしても視線や溜息にたじろぐ様子は見せません。
ニッコリと微笑んでその人は口を開きます。
「眼、覚めたんだ?」
「は、はい……あの、私を助けてくれたのは貴方、ですか?」
「そうだよ。というか、私以外にこの家に住んでる奴はいないし、森の中にもいないからねぇ。消去法を取るまでもなく私が君を助けた、と言うけど……助けられるのは君にとって困った事だったかな?」
「いえ、そんなこと無いです!! 助けてもらえて凄く助かりました!!」
やはり少女を助けてくれたのは眼の前の人の様でした。しかし本当にそうなのかどうかを判断する為に問いかけた返答はまさかの返事付きで返されてしまい、少女は慌てて首を横に振って否定しました。
そして同時にグゥ、とお腹が鳴きます。誰の音かなんて確認せずとも一目瞭然。硬直した少女の顔は真っ赤に染まり、同じく硬直した少女の恩人は笑いを堪えるように少女から顔をそむけました。
少女は恥ずかしそうにお腹を抱えながら恩人を睨みつけます。そして小さくボソリと呟きました。
「可笑しいなら、笑ってくださって構いません。堪えられる方が余計恥ずかしいですから……」
「そう? なら、お言葉に甘えて笑わせてもらおうかな」
そう言って恩人は本人の許しがあるなら、と遠慮なく盛大に笑いだしました。まさか本当に思い切り笑われるとは思わず少女はポカン、とした表情で恩人を見つめ――つられるように少女も笑いだしました。
部屋の中に響き渡る二人の笑い声。恩人の声は低く、少女の声は高く。まるでハーモニーを奏でるように重なり合っていきます。
少女はこんなにもお腹の底から笑うのは久しぶりでした。しかも原因が自分のお腹の鳴る音なのですから余計に笑えて仕方ありません。そしてそんな少女を見つめる恩人も、こんなに面白いと笑うのは初めての経験で。
二人は疲れて自然と声が嗄れてしまうまで、その笑い声を止めることはありませんでした。




