1:嘘吐き少女の日課
ある所に、嘘吐きな少女がおりました。小さな頃から少女は嘘を吐くのが大好きで、可愛い笑顔で本当の事の様に嘘を紡いでいました。
最初の内は子供が紡ぐ他愛のない嘘でしたから、周りの人達も笑って少女の嘘を受け入れていました。
いつか大きくなればその嘘が誰かを傷つける事になるのだと学ぶだろうと、そう思っていたのです。
しかし少女は時を経ても、大きく成長しても、嘘を吐く事を止めませんでした。少女にとって息をするように嘘を吐く事が当たり前になっていたのです。
沢山の嘘を吐いてきた少女は、いつからか、死にまつわる嘘ばかり吐き始めました。
朝起きて隣のお爺さんの家にお邪魔した時、少女はお爺さんにこう言いました。
「お爺さん、お爺さん」
「なんだい?」
「今日は一歩も家を出ちゃ駄目よ?」
「おや、それはどうして?」
「だって今日は、お爺さんが死んじゃう日なんですもの」
お爺さんは困惑したように目を白黒させて、ついうっかり両手に持っていたカップを床に落としてしまいました。
少女はそれを面白そうに見つめた後、別れの挨拶を残してその家を後にしました。
次に出会ったのは畑仕事に向かおうとしているお婆さんです。
大きな鍬を肩に背負ってよっちらおっちら歩くその背中に、少女は声を掛けました。
「お婆さん、お婆さん」
「おやおや、お嬢ちゃんどうしたの?」
「今日は畑に行っちゃ駄目よ?」
「おや、それはどうして?」
「だって今日は、お婆さんが死んじゃう日なんですもの」
お婆さんは少女の言葉に驚いて、ついうっかり背負っていた鍬を地面へと落としてしまいました。
少女はそれを楽しそうに見つめた後、別れの挨拶を残して立ち去って行きます。
次に出会ったのは大きな鞄を抱えたお兄さんでした。どうやら仕事場へと向かうようです。
少女はそんなお兄さんの元へと駆け寄って、行く先を阻むような形で声を掛けました。
「お兄さん、お兄さん」
「ん? なんだい?」
「今日はお仕事に行っちゃ駄目よ?」
「どうしてそんな事言うんだい?」
「だって今日は、お兄さんが死んじゃう日なんですもの」
呆気に取られたと言わんばかりに眼をまん丸に見開いたお兄さんは、ついうっかり鞄を持っていた手から力を抜いて落としてしまいました。
少女はそれを可笑しそうに見つめた後、お兄さんに別れの挨拶を残して立ち去って行きます。
次に出会ったのは可愛らしい帽子を被ったお姉さんでした。帽子に似合う可愛らしい格好をして家から出てきたお姉さんは何処かへ出掛けるのでしょうか。
少女はそんなお姉さんの元へと駆け寄って声を掛けました。
「お姉さん、お姉さん」
「あら、どうしたの?」
「今日はお出掛けしちゃ駄目よ?」
「まぁ、なんでかしら?」
「だって今日は、お姉さんが死んじゃう日なんですもの」
あんまりな言葉にお姉さんはついうっかり自分の言葉を無くして、口を大きく開けました。
少女はそれを愉快そうに見つめた後、お姉さんに別れのあいさつを残して立ち去って行きます。
少女は沢山の嘘を重ねました。しかし紡がれる嘘はたった一つ。「死」に関する事だけなのです。
相手は老若男女関係なし。知り合いを始めとして、出会った人に片っ端から出掛けてはいけないよ、死んでしまうから、なんて予言めいた嘘を笑顔で可愛らしく告げて去っていくのです。
もちろんそんなのはすぐにバレてしまう嘘ですし、例え騙される初心者がいたとしても、近くに居た人が親切にそれは嘘だと教えてくれるのです。
少女の嘘吐きは日課でした。息をするように、水を飲むように、睡眠を貪る様に、当たり前の様に繰り返される嘘吐き。
そんな少女でしたから、少女と一緒に遊んでくれるような同い年の子はおりません。唯一遊んでくれるのは少女の吐く嘘だけです。
少女はそれを悲しく思いませんでした。少女にとって一番大事な事は嘘を吐くことなのだと言わんばかりに、只管それだけを繰り返していきます。
毎日毎日、少女は嘘を吐き続けました。そしてその日課に付き合ってくれる人は徐々に減っていきました。
少女に向けられる視線は優しいものから同情的なものへ変わっていきますけれど、終いにはいつまで続けるのかと呆れた視線を向けられてしまうのです。
それでも少女の嘘は止まりません。出会った人、見かけた人、老若男女関係なく、少女は可愛らしい笑顔と一緒に嘘を吐き続けました。