メグと豊川先生
前回までのあらすじ。
夜中に暴走族の連中に襲われそうになったが、私に底知れぬ力が宿っていて、連中を一掃した。
その挙げ句、私は吸血鬼としての本能か?理性を忘れてエイちゃんをひどい目に遭わせた暴走族のリーダーの血を吸って殺そうとしたがエイちゃんが瀕死になりながらも、私を呼び止め、人殺しにはならなくてすんだ。
私は自分の力が怖くなった。
それともう一つ私には未知の力が秘められていた。
それは相手の血を吸ったら、その相手の過去や能力を体に宿すことが出来るのだ。
塾の友達はみんな帰って行って、部屋に戻ると、エイちゃんは机に伏して、眠っている。
風邪引くといけないので、タオルケットをかけて、少しだけそんなエイちゃんの寝顔を見つめて心がほころんだ。
「お休みエイちゃん」
私もベットに寝ころんで眠ろうとしたが、なぜか私は吸血鬼だからか?夜は非常に活発的な感じだ。
このままベットに寝転がったって、眠れもしないし、一人で考え事を長々としていると不安な気持ちに押しつぶされることを私は知っているので、部屋を出て、一階の塾に降りていった。
勉強室には大学を目指す高齢者の徳川さんが勉強している。
パソコン室を覗いてみると、ここの塾を経営する豊川先生がパソコンで何やらやっている。
少しお話はして良いかなと思って、ゆっくりと扉を開けると、
「はーい。どうしたの?」
振り向きもせず、入ってきた私を歓迎しているみたいだ。
それに豊川先生には私が蘇ったことは知られていないと思う。
「豊川先生」
「メグちゃんだね」
私が蘇った事に驚いた様子はなかった。とりあえず話をしたいと思って、
「何をしているんですか?」
「うん。引きこもりや不登校の子供達、そのほかにも色々とメールでエールを送っているんだ」
「へー」
と私は感心してしまう。
豊川先生はパソコンの画面を見ながら、背中で私と会話をしている。
そんな背中を見ると、大きくて息子であるエイちゃんよりもたくましく、何か頼りがいのある人だと言う事が見て分かる。
エイちゃんはお父さんである豊川先生の事を尊敬していると私だけにこっそりと話してくれた事があった。
部屋は豊川先生がパソコンのキーボードをたたく音しか響かないほど、静かだ。
ここにいたら邪魔になるんじゃないかと思ったが、なぜか豊川先生のその背中を見るとなぜか安心してしまい、少し迷惑をかけてしまうかもしれないけど、しばらくその背中を見つめていた。
でも豊川先生は私を邪魔だとは思っていない。口には出さないが、『安心してここにいなよ』って言っているようにも思える。
カタカタカタ。とキーボードを打つ音。私は何か無性に眠くなり。その場で眠ってしまった。
カタカタカタ。カタカタカタ。
変な言い方かもしれないが、優しいキーボードの打ち方に、何か自分でも分からず安心してしまう。
そして誰かに揺さぶられ、私は目覚め、振り向くとエイちゃんが私を起こしてくれたみたいだ。
「エイちゃん、豊川先生」
豊川先生はお茶を飲んで一息入れている感じだ。
「起きたメグちゃん」
豊川先生は私の心を癒してくれるそんな笑顔で私に対応してくれる。
「はい」
そこでエイちゃんが急に改まった声を発して、
「父さん。今メグに事情があって、俺の部屋で生活させても良いかな?」
「良いよ」
何のためらいもなく了承してくれて、私の心がほころび、不安な思いが払拭された感じだ。
「ありがとう」
私も「ありがとう豊川先生」とお礼を言う。
「フフ」
と笑顔でまたパソコンの画面に目をやり、引きこもりの生徒達にメールでエールを送っているようだ。
私とエイちゃんは部屋に戻り、エイちゃんは明日に備えて眠りについた。
エイちゃんは怪我しているからあまり無理しないでって言うけど、エイちゃんは本当に頑張りやだから、ちょっとの怪我ぐらいでは学校を休んだりはしない。
私も眠りたいと思ったが、すごく目がさえてしまっている。
先ほど豊川先生の部屋でちょっと安心して眠ってしまったのに、やっぱり夜は無性に目がさえていて眠れそうにないな。
ずっとエイちゃんに寄り添って入ればいいんじゃないかと思ったが、やっぱり恋人同士とは言え、眠っているエイちゃんを相手に私は飽きたりする。
じゃあ何をするかと思って、太陽を遮断するために張り付けられているベニア板を見た。
こんな夜中なのに外に出たい好奇心がわいてきた。
でも夜は危険だが、私は強い。
だから。
エイちゃんが起きないようにベニア板を外して、窓の扉を開け飛び降りて地面に着地。
外の夜の空気に包まれ、何か無性に心地の良い感じがした。
どこへ行こうかと心を膨らませ、町に出て、この町の象徴である、百メートルを誇る展望台に登った。
ロッククライマーよりも遙かにしのぐような登り方だと思う。
私が本気で跳躍すると、三十メートルの高さまで飛び上がれる。
そこまで跳躍して鉄筋に掴んでまた跳躍して、さらにさらに跳躍して、ついには頂上にまでたどり着き、空を見上げれば、ガラスをちりばめたような幾千の星が煌めき、町は色とりどりのネオンを放ち、まるでラッセンの絵を見ているよりも心がうっとりとしてしまうような光景だ。
頂上は激しい風が照りつけるが、私には心地の良い風だ。
まさか私がこんな展望台の頂上に自力で登ったなど誰も思わないだろう。
町は綺麗なネオンを放っていて、綺麗だ。遠くからパトカーのサイレンの音が絶え間なく聞こえてくる。
また誰かの悲鳴が町のどこかで響いたのだろう。
でも私には関係のないこと。
私は自分の手を何となく見つめて考えた。
この力はエイちゃんを守ることが出来ると。いやそれ以外に私の大切な友達も守ることだって出来る。
そこで私はひらめいた。
何か分からないが、エイちゃんには尋常じゃない私の力は知られているが、この誰かの血を吸ったら、その人の記憶を探ることができ、その能力も発揮できる事は秘密にしておこう。
それはエイちゃんの記憶を血を介して探ったが、エイちゃんは恋人の私に出さえ、言えない信条や信念があると思ったからだ。
そしてエイちゃんの自宅に戻り、エイちゃんは気持ちよさそうに眠っている姿に私の母性本能が刺激されていて、私はちょっと調子にのっていしまったのかもしれないが、そんなエイちゃんの頬に軽くキスをした。
「おはようエイちゃん」
どうやらエイちゃんは私はこっそり外に出て行ったことに気がついていないみたいだ。
これはこれで好都合だと思う。
私も眠ろうかと思ったが、まだ夜は明けていないせいか、眠くならない。
テレビでもつけてニュースを見ることにした。
エイちゃんが眠っているので音は小さくする。
天気予報では明日は晴れで私には日の出には縁のない話だ。
続いてのニュースだが、私は内容を見て度肝を抜かれそうになった。
それは、昨日私達を襲って返り討ちにした暴走族の話題だった。
彼らは町でたむろっていたら、変な少女にはり倒されたと供述している事に、彼らはシンナーを所持していた事から禁断症状に陥り、そのような状況になったのだとニュースキャスターは言っている。
ニュースを聞いて私は大きなため息をもらした。
変な女なんて失礼だし、手を出してきたのは奴らの方だ。
今度あったらただじゃおかないんだから。
でも私の脳裏にリーゼントの記憶が駆けめぐり、なぜか共感できるところがあり、心配になってくる。
私には関係ないことだが、やっぱりほおっておけないと言うのが私の気持ちだった。
その気持ちは一過性のふとした感情だろうと思って、日が出たのか?無性に眠くなり、私はエイちゃんに寄り添って眠りについた。
夜起きて、十九時を回っていた。
何だろう?すごくお腹が空く。
私は血液を欲している。
そこに私の視界に入ってきたのが、エイちゃんの妹の聡美ちゃんだった。
「メグちゃん。起きている」
「うん。今起きたところ」
聡美ちゃんを目にした瞬間、聡美ちゃんがおいしそう。
でもエイちゃんとの約束がある。
エイちゃん以外の血液を決して吸ってはいけないと。
もし破ったら、エイちゃんの激しい怒りの雷が落ちるだろう。
エイちゃんはいつも温厚だが、本気で怒らせると怖いことを私は知っている。
そう思うとぞっとして、聡美ちゃんから視線を逸らして妙な気を起こさないように私はコントロールした。
「メグちゃん」
聡美ちゃんは反らした私の目をのぞき込むように見つめてきて再び私の視界に入り、聡美ちゃんの血を吸いたい本能が起こり始める。
再び反らして、
「どうしたの?」
「今、調理室でカレーを作っているんだけど、よかったらメグちゃんも一緒にどうかな?」
カレーは私の大好物だったが、今こうして頭にカレーを思い浮かべると、受け付けない感じだったので、悪いと思いながら、
「ゴメン。私はなんか受け付けないんだよね」
と言っておいた。
「もしかしてメグちゃんは吸血鬼だから、血が吸いたいんじゃないの?」
図星なので、私は頷く。
「だったら、そう言えばいいじゃん。私の血だったら吸って良いよ」
と言って腕を差し出してきた。
聡美ちゃんの腕を見つめていると、恍惚とした気持ちになり、今すぐに聡美ちゃんの差し出した腕にかみついて、その血を吸いたいと思ってしまったが、その時私の本能に抗うようにエイちゃんの言葉を思い出し、理性が芽生えて、
「ゴメン聡美ちゃん。気持ちは嬉しいんだけど、私はエイちゃん以外の血を吸ってはいけないって約束したんだよね」
ゆっくりと聡美ちゃんの腕から視線をそらしたが、聡美ちゃんはかたくなに、私に腕を突きつけ、
「ダメだよ遠慮しちゃ。私たち友達でしょ」
友達、何て言い響きなのだろう。続けて、
「それにお兄ちゃんの血を吸い続けたら、お兄ちゃんいつか貧血で倒れちゃうよ。そうなったらどうするの?」
と私はなぜか聡美ちゃんにしかられている感じがしている。
確かに聡美ちゃんの言うとおりだ。
エイちゃんの血を吸い続ければエイちゃんは血をなくして貧血で死んでしまう。
人間の体内の血が三分の二になったら死に至るみたいだ。
それはともかくここは遠慮してはいけない。
それに聡美ちゃんの血を吸って、聡美ちゃんの事を知ってお互いに親睦が深められるかもしれないし、聡美ちゃんは豊川先生の実の娘だと思って入るみたいだが、エイちゃんの記憶からするとそうじゃないみたいだし、それについて私は首をつっこめないが、何か力になれる事があるかもしれない。
だから私は、
「ありがとう聡美ちゃん」
聡美ちゃんが差し出した腕にかみつこうとしたところ、
「お前何をしているんだよ」
エイちゃんの声が耳に響いて、全身が凍り付くように私はおののいてしまう。
そして私の所にやってきて、
「何やっているんだよ」
と私の頭に丸い拳を突きつけられたが痛くはなかったが心に大きな衝撃を受けるように心が痛んだ。
「お兄ちゃん。メグちゃんを攻めないで、私が勝手に・・・」
「うるさい」
とすごい怒鳴り声で聡美ちゃんも圧倒されて、
「私はメグちゃんの、お兄ちゃんの力に・・・」
「お前はあっちいっていろ」
聡美ちゃんの襟首を強く掴みながら、聡美ちゃんを部屋から追い出した。
そして聡美ちゃんは部屋の前で泣いていて、そんなのも気にせず、エイちゃんは扉を閉めて、鬼のような目をして私を見る。
「お前約束したよな。俺以外の血は吸わないって」
「でも聡美ちゃんが・・・」
言い訳しようとしたが、言い訳は通用せず、
「約束をやぶっているんじゃねえよ」
怒りに翻弄されたエイちゃんに私は恐れて、
「ごめんなさい」
と泣きながら謝った。
そしてエイちゃんは私を抱きしめて、
「何か分からないけど、お前が他の人に血を吸い続ける事でお前はお前でなくなり、いつかとんでもない化け物になるんじゃないかって心配なんだよ」
そういわれて不安に思ったが、エイちゃんの抱擁で不安は感じてはいなかった。感じていたのはエイちゃんのこの上ない優しさだった。
「だからお願いだから約束は守ってくれ」
そこで一つの不安をエイちゃんに聞く。
「でもエイちゃんの血を吸い続けたら、エイちゃん・・・」
「それも何とかする。だから俺の約束は決して破るな」
怒りと懇願が折り混ざった声で私に訴える。
エイちゃんは何とかするって言っていたけど、いったいどうするつもりなんだろう。
でも考えてみれば、エイちゃんはそんな不可能に思える難題を可能にしてきた記憶が蘇る。
「分かった」
と言って、その後、ちょっと緊迫した空気の中エイちゃんは私に血を吸わせてくれた。
本当においしい。
このままエイちゃんが死んでも良いから吸い続けたいと本能が芽生えたが、それを私の理性が思いとどめてくれた。