川上メグの日常
前回のあらすじ。
あれから三ヶ月が経過して、豊川先生のスタッフに任命されて緊急事態にみゆきちゃんと私がかり出され、自殺しようとする麻美ちゃんを間一髪で救出する事が出来た。
日常を過ごしていて幸せな毎日の中、麻美ちゃんの悲しい笑顔を見破ることが出来なくて、エイちゃんとの約束がネックで、禁じられた能力とも言えるメモリーブラッドを使う事は出来ないか豊川先生に相談に持ちかけるのだった。
そのメモリーブラッドは相手の血を吸う事で使える能力であり、エイちゃんとの約束でエイちゃん以外の人の血を吸ってはいけないのだ。
「豊川先生?」
私の質問に目をつむったまま、返答をしない豊川先生に声をかける。
「うん。メグちゃんが言うメモリーブラッドは無闇に使わない方が良い」
「どうしてですか?」
「英治もメグちゃんのその力には気が付かなかったけど、多分メグちゃんがこのまま、誰かの血を吸い続けていったら何か恐ろしく不安で、何が何でも阻止して、輸血バンクを用意したんだと僕は思う」
「それは以前の私であって今は違います。たまに血を吸いたくなる時もあるけれど・・・それに今回の件でメモリーブラッドを使っていれば麻美ちゃんを助けることが出来たかもしれないし、使いようによっては使える能力だと思うんですけど」
「メグちゃんは吸血鬼の力を備えつつも、人間として生きられる。でも血を吸えば人間としての理性がなくなり、吸血鬼として目覚めてしまう時も無くはないんだ。だから僕にその許可を得たいと言うなら、僕は反対だ。
僕は英治と同じ意見だ」
話は終わって、メモリーブラッドを使うのは残念だが諦めた方が良いと思った。
「分かりました」
と言って部屋を出ようとしたところ豊川先生に呼び止められて、
「でも、いざと言う時は僕の血を吸わせてあげるよ」
「豊川先生の血?」
豊川先生の力を想像してみる。膨大な知識を備えて、それに私の知らない豊川先生の謎めく力。
すごく興味深い。
もしかしたら、豊川先生の能力が私に備わっていれば、今回の件であった麻美ちゃんの悲しい笑顔を看破出来たかもしれない。
「まあ、許可と言うより、メグちゃんがその気になればいつでも吸わせても良いけど、どうする?」
願っても無い事だと思った。
でもなぜだろうか、私の心のどこかでそれを拒絶する自分が存在するように拒んでしまう。
だから私は「考えさせてください」
「じゃあ、吸いたくなったらいつでも言いに来てね」
相変わらずの笑顔で豊川先生にやましさは感じられず、いや感じられるはずがない。もしやましい気持ちがあったら、私も塾のみんなも豊川先生に相談など持ちかけないだろう。
そして部屋を出て、時計を見ると午前九時を回ったところで、勉強室に入ると、いつもの東大受験を志す高齢者の徳川さんが勉強に勤しんでいた。
「おはようございます。徳川さん」
「おお、メグ先生、今日もよろしく頼むよ」
この人は徳川家康さん七十一歳。
男手一つで大工の職業一筋で二人のお子さんを大学まで行かせて、立派な社会人として貢献させた偉い人だ。
そんな徳川さんは幼い頃、貧しくて学校にも通えずに働きづめで、勉強する余裕が無く、ろくにひらがなもかけなかったと言う。
でもいつか出来るなら勉強してみたいと思って、今になって通信制の高校に入って東大に合格すること目標として意欲を示している。
私はそんな徳川さんに全力でサポートしていきたいと思っている。
私はスタッフとして徳川さんの勉強を教えるのではなく、一緒に勉強していくスタイルで徳川さんのサポートをしている。
徳川さんは昨日、私が出した宿題であるアルファベットの書取を私に提出した。
「グッジョブですよ。徳川さん。この調子この調子」
「よし。今日も東大目指して頑張るとするか」
いつものように徳川さんは自分に鼓舞するために、柏手一つして、勉強に取り組む。
「じゃあ、徳川さん。分からない事が合ったら言ってくださいね」
徳川さんが勉強している傍ら、私は適当に席に座って、自分の興味のある星の勉強をしている。
英治メモリーに問いかければ、分かるが、私は私自身で勉学に励みたいと思って、こうして星に関する勉強をしている。
それに英治メモリーと私の記憶は別物で、勉強しているエイちゃんは膨大な知識を得ているが、それは私の知識ではなく、あくまでエイちゃんの知識であって、そのエイちゃんの知識に問いかけるにはかなりの労力が必要なのを最近知ったことだった。
だから私は私の頭で考え、あくまで私が得た知識として培っていきたい。
勉強して、頭で理解して覚える事は達成感を得て幸せな気持ちにさせてくれる。
徳川さんが勉強したい気持ちは分かる気がする。
でも考えてみれば、以前の私は親から勉強しろなど、さんざん言われて勉強してきたがてんでつまらないもので、その知識として得た教訓は役に立ったが、あのような勉強の教え方では、面白くもなく、身につかず、学習意欲を低下させる。
勉強は自分の興味のある学科を自分から進んでやっていくことだと徳川さんの勉強を見る事で私は知ることが出来た。
星の勉強をして気が付いたことだが、昨日麻美ちゃんを助けるためにみゆきちゃんが予言した、南斗六星と出て私はあたふたとしてしまったんだっけ。
それで英治メモリーに問いかけてその謎が解けた。
みゆきちゃんの予言はヒントであり、そのヒントを読みとるには勉強もしておかないといけないし、いちいちメモリーブラッドである英治メモリーに問いかけるのも時間も労力もかかるから、こうして勉強もしておかないといけない。
私が南斗六星を知っていれば、麻美ちゃんをもっと早く助けることが出来て、入院に至らなかったかも。
麻美ちゃん大丈夫かな?
「メグ先生、ため息なんてついてどうしたんですか?」
「えっ?私ため息なんて付いていました?」
「ついていましたよ。ため息を付くと幸せが逃げてしまいますから、ため息を付いた直後に、息を吸い込むと幸せは取り戻せるって聞いた事がありますよ」
「へー」
そんな蘊蓄を知っている徳川さんって、かなりの博識じゃないか。
まあそれはともかくどうやら私は星の勉強をしている内に、麻美ちゃんが心配な気持ちに至ってしまい、自分でも気が付かぬうちにため息をこぼしてしまっていたみたいだ。
今は徳川さんの勉強を教えるんだから、心配事に気持ちを染めてしまうのは不謹慎だろう。
だから私は徳川さんに教えて貰ったとおりに、ため息で吐いた幸せを取り戻すかのように、大きく深呼吸して幸せを取り戻せたのかな?
とにかく徳川さんが勉強している傍ら、私も勉強しなきゃと意欲的に取り込む。
勉強は辛いじゃない。楽しいんだよ。
現代社会では進学校に行かせる為に親が無理矢理子供に、勉強を強制させるなんて、あれほどの邪道な事はないよな。
それで成績が悪ければ、ののしられ殴られる。
現にここの塾の生徒も何人かそういう目にあって不登校で通っている生徒が何人かいる。
その人達からすると、あまりにも勉強が怖くなり、「算数」と言う単語を聞いただけで泣いてしまう人や、逆に勉強をしなくちゃいけないと言う強迫観念にかられて、そして勉強をし続けて壊れて、家族を半殺しにしてしまった生徒もいた。
勉強しなくてはいけないとか、勉強はすべきだと言う嫌らしい程の言葉はないと私は思っている。
そのような気持ちにとらわれては、いつか、自分の心の中で、悪魔が形成され、蝕まれて行くのを私は何人か見てきた。
何がしたいのか?何が欲しいのか?心に問いかけ、その為の勉強を意欲的にするのが、私は本来の勉強だと思う。
徳川さん見たく、日本最高峰を誇る東大を目指すその姿勢が、徳川さんを意欲的に勉学に励ませているのだろう。
何かをしなければならないじゃなくて、何かをしたい、やりたいと言う気持ちが大事だと私は思っている。
現に私はこうして興味のある星に関する勉強を意欲的にしている。
それは私が星の事を知りたいからだ。
その私の意志を止める権利など、どこにもない。それは東大を目指している徳川さんも同じ事。
まあ、徳川さんだけど、東大に限らずにどこの大学でも良いんじゃないですかと言ってあげたこともあったが、徳川さんは自分の意見を曲げようとせずに勉学に勤しむ。
徳川さんの勉強のカリキュラムは今現在小学六年生であるが、勉強を始めた時はひらがなもろくに書けずに、それに高齢と共に理解力も衰えてきて、覚えるのが大変だったのを私は知っている。
それでも徳川さんは東大東大と心に連呼させるかのように、気合いと根性でひらがなとカタカナを覚えて、そして漢字を少しずつ覚えていった。
『東京大学』と言う漢字を書くのに、最初は十分かけていたけど、今ではすらすらと小学校で習う常用漢字をすらすらと文章で書けるようになっていった。
徳川さんをそうさせたのは、意欲的に取り組む気持ちがそうさせ、私はそのお手伝いをしただけのこと。
しなければならない。そうすべきだ。
ふと麻美ちゃんの事を考えたが、彼女もその気持ちに囚われて、自分を追いつめたんじゃないかと思った。
理解の乏しい家族に吹き込まれたか分からないが、学校に行かなければいけないと言う気持ちが強迫観念となり、心にゆとりが持てなくなり、誰にも相談することも出来ずに、自殺未遂まで至った。
そう、そのしなければならないと言う気持ちは、まさに悪魔のような物で、そいつに囚われたら、優しくしてくれるかけがえのない人でさえ敵に回してしまい、やがて人ではなくなってしまう。
麻美ちゃんの場合はきっと誰にも迷惑をかけたくないと言う気持ちで、すべてを自分で抱え込んで・・・。
やめよう。これ以上考えると私までおかしくなってしまう。
でも私は麻美ちゃんに言わなくてはいけない。
それはただ単純に一人じゃないと言う事を。
一人で抱え込まないで、たとえそれが私を傷つける言葉であっても言って欲しい。
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徳川さんの勉強も一段落がついて、お昼、塾の屋上でマンションやビルの隙間から垣間見得る遠くの景色を眺めて一人考えていた。
やはりこうして一人で考えてしまうのは、麻美ちゃんの事だ。
今、麻美ちゃんは病院で療養していると聞いているが、ちゃんとその疲弊してしまった心の静養をしているだろうか?
もしかしたら、理解に乏しい家族にまた学校に行けなどと言われて、また、しなければならないもしくは、すべきだと言う気持ちに囚われてしまっていないか心配だった。
麻美ちゃんは学校ではひどいいじめに会って、ここの塾に来たと聞いた。
いじめられた原因は、ただ気に入らないと言う理不尽な理由みたいだ。
そして悪い噂を流され、周りから白い目で見られて、そこまでは耐えられたらしいが、さらに教科書や参考書をビリビリに破られ、トイレに連れて行かれて、モップで顔を突きつけられ、さらにネットにあられもない破廉恥な姿を流されたと聞いた。
それらの事を思いめぐらすだけで私の心は疲弊してしまいそうだ。
私もいじめられたことがあるから、その気持ちは分かる。
私を嫌がる姿を見て、みんな笑っていた。
考えるだけで連中をぶち殺してやりたいと思う。
私をいじめた連中は普通に学校を卒業して、将来有望視される進学校に行ったと聞いた。
私がこんなにひどい目に遭っているのに、なぜ連中には色とりどりの花が咲くような幸せがあるのか?
歴史を勉強したが、戦国時代において、天下を取るためにはだまし討ちも当然。そう言った卑怯な人間が天下を取り、歴史に名を貫かせている。
そんな連中が誉れるのか?
人を傷つけ陥れ、その人間を踏み台にした人間が天下を取るのか?
相手の虚を突き、殺す。
これは現代の日本の学校でも社会でも起こっていることだと私は身を持って知ってきた。
そう思うと私は無性に怖くなってくる。
恐ろしい気持ちに苛んで、顔を伏せていると、私の背後から抱きしめられた。
「メグさん」
声からしてみゆきちゃんだという事が分かった。
「みゆきちゃん」
「どうしたの暗い顔して」
「いや別に」
「とにかくお食事が出来たから、みんなで食べようよ。今日はみゆき達が一生懸命作った親子丼だよ」
「それは楽しみだね」
みゆきちゃんとこうして触れ合って、先ほど感じていた憂鬱な気持ちはどこかへととばされた感じだった。
私はみゆきちゃんに手をひかれて、食堂まで行った。
そうだよ。天下なんてどうでも良い。とにかくこうして触れ合って、生きていければそれでいい。
私らしく。




