戦わない。そして逃げない。
前回のあらすじ。
私は様々な葛藤を乗り越え決断した。
命がけで試練に望むと・・・。
そしてこの先の未来を私自身で切り開きたいので、私は豊川先生が待つ憩い公園に向かった。
憩い公園に到着して、昼間は子供の遊び場でもあり、その名の通り憩いの場となっている公園だ。
以前にも私が吸血鬼になる前にエイちゃんとここでデートした事がある。
でも真夜中のこの憩い公園は、昼間は憩いとした雰囲気で穏やかだが、今は、すごく緊迫した雰囲気に包まれ、気後れしてしまいそうになる。
でも私は行かなくては、このだだっ広い公園のどこかに豊川先生はいるはずだ。
目には見えなくても私には感じる。
どこかにいる。
もしかしたらもう試練は始まっているのかもしれない。
誰かに見られている気配。
その後ろに振り返ると、豊川先生はいつの間にかいた。
「豊川先生」
「ちょっと意地悪して気配を消していたけど、今のメグちゃんは、すごく身構えているね。その様子だと、本気で試練に望む気で来たみたいだね」
「私は自分の未来を自分で切り開きたい」
豊川先生の目を真摯に見つめ、率直な思いを告げる。
「分かった。どうやら覚悟はあるみたいだね」
私は毅然とした態度で頷く。
「さあ」
そういって豊川先生は私に指輪を投げ出した。
私はそれをキャッチして、見てみると何の変哲もない銀色の指輪だった。
「その指輪を填めるんだ」
それが試練だと言わんばかりの態度で豊川先生は私に言う。
もう恐れるもの何て何もない。
私は指輪を填めた。
すると辺りの人の気配が消えた。
いや消えたのは人だけじゃない。風も、光も、消え、さらに時の動きさえも感じられず、指輪を填めて私はどうなってしまったのだろう。
辺りは夜の公園だ。
でも何も感じない。
試しに指輪を外してみようと思ったが、それはしてはいけない気がしてやめておいた。
試練って言うけど、試練の内容を私は聞いていない。
私が五感を元に第六感である吸血鬼としての能力を駆使して望めと言っているのか?
何がどうなっているのか分からなくなり、急に不安な気持ちになる。
でも逃げてはいけない。
何をどうすれば良いのか感じて考えて行かないといけない。
ただ吸血鬼だけの尋常じゃない力だけではいけない気がする。
私の中にあるすべてを駆使して・・・・。
何か気配を感じる。
辺りを見渡すと誰もいないし何も感じない。
目に見えている物は公園の建物で、風も時も止まっているのですべてが感じない。世界に私一人しかいない感じだが、何かいる。
すごく禍々しい何かが。
そしてその正体が分かったと言うより、感じた。
「来る」
私が高く跳躍した瞬間に、地面から、何者かが現れ、私の足下を掴もうとした。
その禍々しい気配を感じる者を見ると、それは私は鏡を見ているのか?もう一人の私だった。
もう一人の私がこんなにも禍々しい何て・・・。
人間にはあらゆる心がある。
だから禍々しく感じる私がいて、それがこの指輪を填めて、それが実体化して・・・私はこいつと蹴りをつけなくてはいけない。
もう一人の私は跳躍した私を追いかけるように、跳躍して私に容赦ない攻撃を仕掛ける。
攻撃をかわしながら、もう一人の私に殺意を感じる。
地面に着地して間合いを取り、一瞬の油断が命取りになる事を肝に銘じなければならない。
もう一人の私が着地した直後すさまじい早さで私に距離を縮め攻撃を仕掛ける。
攻撃をかわしているだけではダメだ。
私も反撃しないと殺されてしまう。
もう一人の私は懇親の拳を突きつけ、それを払い、相手に一瞬の隙が出来て、腹部に拳を入れる。
やったと思った。
けれど、なぜ私の腹部が強烈に痛むのか?
どうやらもう一人の私に攻撃を加えれば私自身もそのダメージを受けてしまう。
もう一人の私はまさに一心同体だと言うことが分かった。
攻撃をかわしながら、何か良い方法はないかと考える。
だが攻撃をかわしきれずに、私の胸に軽いジャブを入れられ、私は悶えながらも、後ろに跳躍して間合いを取り、体制を立て直す。
もう一人の私の攻撃を私がくらったら、もう一人の私にはダメージはない。
本当にどうすれば良いのか?
もう一人の私は相変わらず容赦なく私に攻撃を仕掛ける。
とりあえず、逃げるしかない。
まともに戦って勝てるような状況じゃない。
接近戦になり、相手の攻撃をかわして、懇親の拳を突きつける時に隙は生じる。
その隙を私は逃したりはしない。
大きく再び後ろの跳躍して、私はみっともないが敵に背を向け立ち去る。
指輪をつけてあらゆる生物の気配は消え、時がとまっているが、町には建築物があり、とりあえず隠れて作戦を考えなくてはいけない。
私は腹部に大きなダメージを受け、走るのに支障が出ているのか、もう一人の私は全速力で私を本気で殺そうと追いかけてくる。
町に出ると人はいるがまるで時間が止まったかのようにマネキンのように固まっている。
追いつかれそうな時、入り組んだ町の路地から路地へ相手を巻くことに成功した。
とりあえずここで少し時間を稼いで体力の回復させ何か考えなくてはいけない。
とにかくどんな状況に私は置かれているのか分からないが、圧倒的に私に不利だと言う事は分かった。
でも何かあるはず。その為に私は考えなくてはいけない。
そうだ。考えなくては。
どうして、相手に攻撃を加えたら、私にダメージが来るのか?
何か意味があるはずだ。
これが試練なのだろう。
豊川先生はいつもは虫一つ殺さないような穏やかな表情をしているが、彼も容赦ない。
本気でこの試練で失敗したら私は命はなくなる。
それくらいの吸血鬼と言う宿命を私は背負っているからだろう。
考えろと自分に言い聞かせるが、何も思いつかない。
そんな事を考えている矢先に、再び禍々しいどす黒い気配を感じて、私の陰から、もう一人の私が現れた。
急な事に戸惑いながらも、冷静にはなりきれず、とっさに横っ面を思い切り殴ってしまい、再び私にダメージが降りかかる。
私はもう泣きそうだった。
誰か助けてと心で叫んでいた。
どうやら私の未来へと立ち向かおうとする気概は虚勢に過ぎなかった。
無防備になった私はもう一人の私に続け様に攻撃をくらい、周りは壁づたいで逃げ場が無く八方ふさがりだ。
もう一人の私の攻撃は容赦なく続き、吸血鬼になってから、こんな痛みを感じたのは初めてで、命乞いをしたい気持ちに翻弄されてしまう。
助けてよ。
もう一人の私は私の首元を掴みあげ、私はサウンドバック状態で腹部や足や腹など、攻撃を加えられる。
意識がなくなりそうだ。
誰か助けて。
何だろう?私はもしかしたら何も変わっていないんじゃないかな?
ただ吸血鬼という尋常な力を得ただけで、心は弱いままだ。以前と変わらない弱虫なままだ。
この力で誰かの為になるなんて私は思い上がっていたのかもしれない。
ただ私は今まで出会ってきた相手に対して、力で押さえつけて弾圧して従わせていただけなのかもしれない。
それってただの傲慢な人間だ。でも私は人間じゃない。吸血鬼だ。でも私は人間の血液を摂取しなければ、生きながらえない、生き物。
私の存在は迷惑そのものだ。
昔からそう言われてきた。
ろくに教育も受けられず、服もランドセルも無かった。
そんな私は周りから蔑ろにされていた。
何度も数え切れないほど願ったことがある。
それは死にたい。
死にたい。
死んで楽になりたい。
死んでしまえば、すべてが終わり、永遠の快楽に誘われると思っていた。
でもいざ死のうとカッターナイフで何度も手首を切りつけた。
でもすべて失敗に終わってしまった。
どうして失敗してしまったのか?
苦しいと思いながらも、死ぬ事をひどく恐れる自分が心の奥深くに存在していたのだ。
そいつが生きたい生きたいと何の根拠もなくだだをこねるんだ。
でもそのだだも・・・・。
首を強く捕まれ、苦しさを通り越して気持ち良くなってきた。
聞いた事がある。首を絞められ続けると苦しみを通り越して気持ちよくなり死に至ると。
このまま死ねば。
メグ・・・メグちゃん・・・メグ・・・メグ・・・・メグちゃん・・・・メグお姉ちゃん・・・。
誰かが私の名を呼ぶ。
その心の発信源は何なのか?
でももうやめて欲しい。
やめて。
・・めて。
「やめてよ」
叫びながら、どこからか力がわき起こり、もう一人の私が吹っ飛んでいった。
首を絞められて気持ちの良い感じがしていたが、離されたとたん、一気に苦しさに悶え私はせき込む。
そこで私は思い出す。
私は戦いに来たんじゃない。未来を切り開くために一歩踏み出しに来たのだ。
誰かの為ではなく自分自身の為に、そしてそれは誰かの為になる。
だから私は戦わない。でも逃げない。
もう一人の私が立ち上がり、ものすごいスピードで私に迫ったが、私はもう攻撃も仕掛けもせず、逃げもせず、ただ立ち尽くして目を閉じた。
衝撃も来ない何もない。
でも私は動きもせず、ただ黙って目を閉じて立ち尽くす。
すると頬を軽く叩かれる感触がして、目を開けると、もう一人の私が私に呼びかける。
「何」
するともう一人の私は禍々しい気配は相変わらずだが、それはそれでいいような気がして、おもむろに笑った。
そんな笑顔を見て、私は心が潤ってきて気持ちが良く、生きる活力がみなぎってきて、私もつられて笑ってしまった。
そして私の両腕を掴んで、目を閉じて、もう一人の私は霧となり、豊川先生に渡された指輪に吸い込まれるように入っていった。
すると、すべてが止まったと言う感覚がなくなり、時が動き始めて、路地裏だがかすかに風を感じた。
路地裏から出ると、マネキンのように動かなくなった人々が動き町の喧噪な雰囲気を一瞬にして取り戻した感じだった。
いったい何が起きたって言うの?
ここは私たちが暮らす街だが、何かが違う。街、いや世界が違う気がする。
街に出て、人混みに紛れるように入ろうとすると、まるで私を避けている。いや私には気がついておらず、人に触れようとすると、気づかない振りをして避けている。いや、何ていったら良いのか分からないが、私の存在に気がつかずに、私を避けている。
「何なのいったい?」
そう呟くと、
「まさか試練を乗り切るとは思いもしなかったよ」
「誰?」
辺りを見渡すと人混みの中から、青いボブカットに白い修道士が着るような服にまとった綺麗な女性が現れた。
その女性も喧噪の人混みから、気づかれずに避けれている感じだ。
「あなたは?」
「私は流霧。吸血鬼ハンター流霧」
「吸血鬼ハンターって事は私を狙っているの?」
「それは吸血鬼であるあなたが理性を無くして、吸血鬼本来の本能に目覚め、人々に危害を加えるような存在ならそうした」
私は流霧の話を聞いて、少し怖くなってその場で息を飲んだ。
「でも豊川が見込んだとおり、あなたの行いには感服したよ」
「それよりもここは」
「ここはもう一つの世界、言わばパラレルワールドと言ったところかしら」
話が見えてきた。どうやらこの指輪を填めた事により、私はパラレルワールドに引き込まれた。それでどうして禍々しく感じるもう一人の私に狙われなくてはならなかったのか?
その事を聞こうとすると、流霧は私の目を見てその真意を知りたいと悟り、付いて来いと言わんばかりに、顎をしゃくって人混みの中を進んでいく。
私は黙ってその後ろ姿を見つめながらついて行った。
人混みに紛れているが、私たちが進もうとする先を人は避けている。
「人がまるで私たちを避けるように避けていくけど」
「避けているのではないよ。この者達は私たちの存在には気づいておらず、接触しようとすれば、何かの自然現象と関知して、反応して避けているように見えているだけ。
この世界の者達に私たちは存在そのものも気づきもせず、見えてもいない」
「じゃあ、どうして私はこの世界に来た時に、もう一人の禍々しいオーラーをまとった者に殺されかけたの?」
流霧さんは私の質問に振り返り、私の目を見て、また先を歩く。
その質問は後でゆっくり話すから、とりあえず付いてこいと言っているように思えて、私は黙ってついて行く。
私たちが行く雑踏は自然とかき分けられ、進んでいく。
いったいどこに行くと言うのだろう。
それにこの吸血鬼ハンターの流霧って何者?
それに豊川先生と知り合いなんて、どういう因果があって知り合ったのか、すごく気になる。
本当に人に触れようとすると、私の行為が自然現象を関知して面白いほど、避けている感じだ。
ちょっと面白くなって、人に触れようとして避けられ、そんな事をして楽しんでいると。先を行く流霧さんが振り返り、
「遊んでないで、行くわよ」
やれやれと言った感じで私に言って、私は「はい」と返事をして流霧さんの後をついて行く。
そして辿りついた先が、最初にパラレルワールドに入った時の場所である憩い公園だった。
「さて、まあ儀式はどこでも出来るけど、人混みが煩わしいからね。あえてここでするよ」
「儀式って」
「話が長くなるから、儀式を行いながらおいおい説明していくよ。
さあ、指輪を填めた手を空にかざしなさい」
「こう」
右腕の薬指に填められた手を私は言われた通りに、夜空にかざすと、指輪からまばゆい光が放たれた。