宿命と決断
前回のあらすじ。
謎の男、メビウスと対峙して、追いつめられ私が命を失いそうなところを、みゆきちゃんがホーリープロフェットを発動させ、メビウスを撃退させたが、目的であった千歳ちゃんはメビウスに連れ去られ、助ける事は出来なかった。
その後みゆきちゃんは私を災難に巻き込んだ事に、不安な気持ちを抑えながらも、一人で千歳ちゃんを助けに行こうとするみゆきちゃんを引き留め、とりあえず、まだエイちゃんには許可は得ていないが、みゆきちゃんを私と同じように居候として匿ってあげられないかな?
とりあえず夜明け前までに私とみゆきちゃんは、あるべきところであるエイちゃんちにたどり着くと、豊川先生が私の帰りを待っていたようだ。
そして豊川先生は私が吸血鬼だと言う事に気がついていたみたいだし、私が吸血鬼として試練の時が来たと私に告げる。
「みゆきちゃんをどうしたの?」
豊川先生の何かしらの催眠術で眠らされたみゆきちゃんが心配だった。
「彼女だったら大丈夫だよ。ただ眠っているだけだ。とりあえず、そのみゆきちゃんとやらを、英治の部屋に寝かせておいてくれないかな?」
私は言われたとおり、みゆきちゃんを運んでエイちゃんのベットの上に寝かせて、豊川先生のところに戻った。
「試練っていったい?それに私が吸血鬼だと言う事をどうして知っているんですか?」
「立ち話も何だから、僕がいつも使っているパソコン室で語り合おう」
私と豊川先生はパソコン室に入り、テーブルについて、向かい側に豊川先生がいる。
私はそんないつも優しい豊川先生とは一転してが無性に怖くなってきた。
「さて、メグちゃんが吸血鬼である質問なら、何でも答えるよ」
相変わらずの穏やかな笑顔で私に言う。
なぜかそんな豊川先生に質問するのが怖かった。でも私は勇気を振り絞って、
「私を吸血鬼として蘇らせたのは豊川先生なんですか?」
「選んだのは僕だけど、吸血鬼にしたのは僕ではない」
「選んだって?それに吸血鬼にしたのは他に誰かいるのですか?」
「その事について順を追って説明するよ。まず最初に吸血鬼として選んだのは僕だ。理由は塾のみんなが悲しんでいる事も一理合ったけど、メグちゃんは吸血鬼としての素質は充分あると思って僕は選ばせて貰った」
「吸血鬼としての素質?」
「まあ吸血鬼としての素質って僕は言うけど、これは僕が勝手に期待している事なんだ。
吸血鬼として蘇った人間は理性は本能に凌駕され、自己を見失い、人に危害を与える最悪な存在になる。
でもメグちゃんは英治を初めに塾で色々な人に囲まれ、自己を見失わずに保ち続けられると僕は思ったからだ。
そして英治が生命維持のために輸血バンクを思いつくことには恐れ入ったよ。
さらにこれは予想外だったけど、まさかメグちゃんが暴走族の子達を更正に導き、さっき眠らせたみゆきちゃんを助けるために命を懸けたことにも。それと五月ちゃんの事も聞かせて貰った」
誉められて悪い気はしないが、私は勢いで聞いてみる。
「もし私が、吸血鬼として最悪な存在となったら、私はどうなっていたの?」
「吸血鬼ハンターの流霧に殺されていただろうね」
私は恐ろしくて息を飲む。
「そんなにおびえることはない。僕も流霧もメグちゃんにはこの先、まだ生きて貰いたいと思っている。
その為に試練を受けて貰いたいんだが、どうする?」
「その試練って何なの?」
「ゴメン話を端折りすぎたね。その試練を見事成功させれば、メグちゃんは日中でも生きながらえる指輪を流霧から贈呈される」
「もし、失敗したら」
私の質問に豊川先生は目を閉じて、黙り込む。
それで私は悟った。もし試練に失敗したら、私の命はないと。
試練に失敗したことを悟った私に豊川先生は、
「決めるのはメグちゃんが決めることだ。試練を受けずに、今の状態でも生きられる。試練を乗り越えられれば、太陽の光に浴びても、生きながらえる指輪が流霧から贈呈される。
一日の猶予を与える。
明日までに答えを待つよ。
それとこの機会を逃せば二度と試練を受ける事は出来ない」
豊川先生は穏やかな笑顔とは一転して険しい顔で私を見て、パソコンに向かい、引きこもりの生徒にメールでエールを送る作業に移る。
豊川先生の背中を見つめると、後は『自分で考えて決めなさい』と辛辣なオーラーを私に放っているように思えた。
そろそろ夜明けだ。とりあえず明日までに考えなくてはいけない。
豊川先生に「おやすみ」と言って、その時の豊川先生は何の返答もしてくれなかった。
これは私の問題だから、私が決めることだから、そういう訳で豊川先生は私を突き放したのだと感じた。
エイちゃんの部屋に戻り、ベットに横たわっているみゆきちゃんの寝顔を見つめ、つい昨日の事を思い出す。
私は困っているみゆきちゃんを私の出来る限りの事をしようと思った。
目的である千歳ちゃんを助ける事は出来なかったが、私は吸血鬼としての存在が意味のあるものだと感じてしまう。
英治メモリーは言っている。そういえば豊川先生にメモリーブラッドの事を試練の事でいっぱいで聞くのを忘れていた。
それはともかく誰かの為に生きられるほどの幸せな事はないと、私と出会って知ったと英治メモリーは言っている。
私の意義は暴走族の龍平達をも、更正をさせてあげたじゃなくて、その背中を押すことが出来た。
龍平達は世の中に冷たくされて、飛べない鳥のように夜の町をまるで狂犬のようにはいつくばっていた。
私だってエイちゃんと出会わなかったら、世の中に冷たくされて、飛べないひなのままで、そのまま餓死して死んでしまっていたのかもしれない。
そこで私は思うんだ。
幸せになりたいなら、一人で良い。誰か信頼できる人と心が通じ合っていれば、その人は幸せへと誘われる。
私がエイちゃんに会って、エイちゃんを信頼してそれは分かった。
私もそんな存在になりたい。
だから日中でも生きながらえたら、この力はもっと発揮され、もっと大勢の人の信頼を得て、私はもっと幸せになれるんじゃないかと思う。
でも試練に失敗したら、私の命はなくなる。
エイちゃん達はそれによって悲しむ。
その事を考えると、今のままで良いんじゃないかと思ったが、私の気持ちは何か高見を目指しているかのように、試練を受けようとする私が強く存在する。
エイちゃん達の気持ちも大事だ。
でも私自身の気持ちも大事にしたい。
その二つをバランス良く、大事にしなければいけない。
でなければ、私が私でなくなるからだ。
私でなくなれば、人でなくなり、いつか弱い自分に蝕まれて永遠の闇に消えてしまうんじゃないかと思う。
試練を受けて、よりもっと人のためになりたい。
でも怖い。
私が死んだら私を悲しむ人は大勢いる。
でも私は命を懸けても試練に望みたい。
今のままではいけない。
この試練を逃したら、私は一生後悔して、いつか弱い自分に蝕まれ、永遠の闇に消えてしまうんじゃないかと危惧している。
誰のため。自分のため。
自分の為になる事はいずれ誰かの為になる事を吸血鬼になって自分自身で知ったことだ。
形にとらわれず、私が何をしたいのか何が欲しいのか?何のために生きるのか?その答えは私の決断して歩む先にある。
そう目の前にある試練の先にその答えはある。
だから私は行かなくてはいけない。
誰かに相談して、気持ちを楽にさせたいが、これは私の問題だから、私の判断で決めて行くしかない。
英治メモリーは言っている。
勇気がなければ人はおろか、自分自身も救えない悲しい人間になると。
私はそんな人間にはなりたくない。
吸血鬼になる前は、かわいそうな人間だと思われて、同情に気持ちを満たしていたが、そんなものは刹那的なものでこの上なく空しく偽物そのものだ。
私はそんな偽物はいらない。
私は本物の・・・。
本物の・・・。
本物の・・・。
何なのか?分からないが、それは何度も同じように私が決断した先にある。
本物なのか?偽物なのか?
試練を受けるのか?そうでないのか?
これは私が決めなければ偽物になってしまう。
その現実から目をそらせば、弱い自分に蝕まれる。
答えは簡単だ。
私の気持ちは様々な不安と恐怖の中に、試練を受けたいという気持ちがある。
偽物にならないように私が決めなくてはいけない。
どちらを選ぶにしても、この件に関しては誰かの意見を採り入れてはいけない。
ましては私の最愛のエイちゃんでさえも。
それが出来なければ、弱虫だ。
何も出来ない弱虫は世間から淘汰されるだけ。
私はそんな存在にはなりたくない。
誰かの為に生きる。
もし夢も希望も、すべてを無くしたら、誰かの為に生きる強さを持てば幸せは自ずと手に入る。
誰でも良いんだ。誰か一人でも良い。
誰か信頼できる人が一人いれば、人は幸せを手に出来る。
私には一人だけでなくたくさんの人が私を信頼し、必要としてくれた。
でも事の始まりは一人で、そしてエイちゃんと出会い、そこからたくさんの人と巡り会い私を幸せにしてくれた。
そしてこれからも・・・。
夜目覚めて、今日もエイちゃんはいなかった。
好都合だ。
私は行かなくてはいけない。
この先の未来を切り開く為に。
時計は午後二十時を示していた。
階段を降りて、調理室をドアからそっと垣間見ると、聡美ちゃんと里音にかわいがられながら調理しているみゆきちゃんの元気な姿があった。
みゆきちゃんにこの先の私の運命を占って貰おうと少し考えたがやめた。
私自身で未来を切り開いて行きたいからだ。
誰の為なのか、それは自分の為、そしてその自分の為になった事はいずれ誰かの為になる力になり、私は永遠の幸せに誘われる。
だから私は行かなくてはいけない。
もしかしたら私は二度と戻って来れなくなってしまうかもだけど、さよならは言わない。
私は必ず戻ってくるから。
私は夜の町を雑踏に紛れながら歩く。
会社帰りのサラリーマンや、学校帰りの高校生大学生何かが歩いている。
中には世間から蔑ろにされた浮浪者何かもいる。
私は展望台の天辺に登り、町を見渡した。
時計を見ると午後九時を示している。
真夜中でないこの時間にこの私のとっておきの場所となった展望台の天辺から町を見下ろす。
町はネオンの色鮮やかなネオンに彩られ、綺麗だ。
私はおびえている。
私に差し迫ろうとしている試練に。
でも私は行かなくてはいけない。
いや行きたいんだ。
リスクを背負っても。
空を見上げると、星がきらめいている。
そして改めて、下を見下ろして、私は思う。
星が輝くように、人の命も星の輝きに等しいものだと思う。
この世の魂宿る者一人一人、不要な者なんてないと言いたいが、残念なことに、この世のすべての人間が救われる事がないのが現実だ。
悲しみに溺れ、一人になり、悪魔にたぶらかされ、命を失い、永遠の闇に消える者。
人は決して一人では生きていけない。
悲しみにくじけた時に、私が思い浮かべるのはエイちゃんや豊川先生の笑顔だった。その他にも色々とある。
あの時私は悲しみに打ちひしがれた時、エイちゃんに出会えて良かったとほっとしている。
だからこうして私は風を感じ、月の光に照らされ、胸の鼓動が高鳴っている。
色々と考え事をしていたら、私のスマホに一通のメールが届いた。
見てみると、豊川先生からだった。
いつもの私ならここで息を飲んでおびえていたどころだが、私の心はどんな困難にも対応できるように構えに構えている。
内容は、
『決められたかな?とにかく試練を受ける決心をしたなら、午前0時に憩い公園に来てね』
「午前0時憩い公園か」
人知れずつぶやき、もう私は心の準備は整っていた。
私は行かなくてはいけない・・・いや行きたいんだ。
行ってその未来を切り開きたいんだ。
私は誰の命令も指図も受けない。
私の心が求める気持ちに従うだけ。
私が何をしたいのか?何が欲しいのか?何を祈るのか?何を信じるのか?
私は自由だ。でもその自由を持て余していたら、ダメだ。
ちゃんと目的を持ち、勇気を持って、その先に行かなくてはいけないじゃなくて行きたい。
この先たとえ足を切られても腕がある、腕を切られても口がある。そして目も口も耳もふさがれても、感じる事が出来る。
その感じる事を出来るだけ、幸せに感じられるように、私は目的を持って行動する。
感じる事すら出来なくなったら、もうおしまいかもね。
でも私は今こうして五感を司り、私の第六感に値する吸血鬼としての力を持っている。
そこでスマホの時計に零時に設定したアラームがなり、気を引き締めて、私は展望台を飛び降り、目的地である憩い公園に向かった。