戦闘?
※血が出ます。ご注意を。
――なに、これ。気持ち悪い。
舞う鮮血が制服につく。
鉄錆の臭いが鼻を衝く。
意図して害虫と呼ばれる生き物を殺したことは、ある。
けれども、ここまで大きな生き物――しかも人型を殺したことはない。
料理の過程で死んだ生き物に刃物を入れることはあっても、死ぬ前に刃物を入れたことは、ない。
血が舞う切断など、経験があるはずなかった。
「――あ……」
呆然と、制服に付着した血と、死骸になった魔物を見る。
斬り殺した。
死にたくないから、必死だった。
それでいて、ただただ衝撃から身を護るために手を上げただけのはずだった。
けれども――殺したという事実は、その手に残る感触は、消えない。
夕は普通の女子高生である。もちろん、血生臭いこととは無縁だ。
大量の血は刑事や医者が出るドラマで見ることはあるが、TV越しだから平気だ。
しかし、眼前で流れる血には耐性が低い。特に、傷から出る血は。
今、思い出せる範囲の記憶では、同級生の女の子が運動場で盛大にこけて、両膝両手に擦り傷を作った時の出血ですら悲鳴を飲み込むほど動揺したのだ。
傷から出る血は、それほどまで心を揺さぶる。
それが目の前で、しかも自分が原因ならば。命を奪う傷と、肌で、臭いで、視覚でわかる死傷と血ならば。
普通なら――正常では、いられない。
「ど、して……?」
正常ではいられない、のに。
体は滑るように動く。まるで舞うように、斬り伏せて行く。
剣が、目の前の脅威を――迫りくる敵を、夕の感情とは逆に、傷つき、殺す。
命を奪うことに、ためらいがない。
とても自分の行動とは思えない。
でも実際に、自分の手で命を奪っている。そのことに酷く心がざわつく。
夕は混乱した頭で周りを見る。
周囲の人も手に武器を持ち、魔物と呼ばれた生物の命を奪っていった――驚愕の顔を浮かべて。
まるで、夕と同じ状態であるかのように。予想外に、生物の命を奪っているようだった。
武器を手にしてから、まるで最初から動きが分かっているかのように、体が動く。
心で嫌だと叫んでも、声にはならない。止まらない。
気が付けば、荒い息だけが聞こえる。自分の息の音だ。
魔物は死に絶えていた。生き残っている人は、二十人程度。
魔物の死骸の中に、人の死骸も混じっている。
なのに、目の前に死体があるというのに、涙は出ない。
悲鳴も上がらない。
血の臭いでむせかえることもなく――ただ、不快だと、感じるだけである。
――ああ、どうしちゃったんだろう。
心が凍てついている。惨劇とも言えるこの中で、不快だと思うだけだなんて。
人が死んでいるのに、不快だと、思うだなんて。
『おやおや、意外と残りましたね? 困りましたねぇ、一人だけでいいんですよぉ。魔物十匹追加しますから、今度は“最後の一人”になるまで殺りあってくださぁい。ま、人を殺せない“勇者”なんていらないので、予行練習にはちょうどいいですよね! じゃ、延長戦、レッツゴー!』
――なんとも、まあ。あれほど心が動かなかったというのに、イラッとくる。
この声の主は煽りの天才だな、と冷静な頭が判決を下す。
そんな逃避を余所に、新たに現れたのは先ほどよりも体が何倍も大きい人型――豚だった。
豚がお粗末だが軽装の装備をして、斧を担いで二本の足で立っている。
この世界ではオークと呼ばれる魔物だが、夕にわかるはずがない。
ただ、確か数学を担当している先生が、ちょうどこんな感じの体型だったなぁ、と場違いな感想を抱いている。
顔は似ていないが、贅肉による丸いフォルムは少し懐かしい。あの先生は見てくれは悪いが、いい先生だった。
もちろん、ここにいるのはその教師ではない。醜悪な魔物である。オークは生存者を視認した直後、襲いかかってきた。
先ほどのゴブリンは棍棒だったが、今度は斧だ。殺傷力が桁違いに変わる。
打撲で済んだ負傷は切り傷や切断となり、対応が遅れた人から順に退場していく。夕は部活のおかげか、簡単な見切りができた。それが、この空間において生存率を上げていた。
また、武器が剣であったのも幸いして、脅威を退けることに成功していた。
心が反応しない命の奪い合い。血と死体くらいでは動じなくなった。
しばらくすると、すべてのオークが活動を停止した。
夕の体内時計では長時間に感じるほどの疲労だが、せいぜい三十分未満の出来事であった。
荒い息を整え、生き残っている人を探す。
それほど自分の生に執着し、他人と気遣ったり、協力したりというのができていなかったのだと、周りを見た時に気付いた。
生き残っている人は、いた。が、絶望的である。どこかしら負傷をしている。
夕もかすり傷があるものの、そこまで酷くはない。
――なぜ、あんなにも負傷しているのか。
いや、それよりも先に手当を、と思って近づいた、その一歩。
無慈悲にも、手の中にあった剣が、纏っていた光の帯が、命を刈り取った。
一瞬であった。
近くにいた人の首に剣が吸い込まれるように滑り。
羽衣のような光の帯は、まるで生き物のようにするりと伸びて、生きていた人の体に突き刺さる。
差別無く平等に、串刺しにしていく。そこに夕の意志はない。
なぜ、と自問自答。
私は、助けたかった。でも、結果は――
軽いパニック状態に陥る。
一部始終を第三者が見ていたならば、近くにいた人は背中にナイフを隠して夕に近づいていたし、死体の中には弓矢が突き刺さっていたりと、ただならぬ違和感に気付いていただろう。
だが、夕にはそんな余裕はない。
どうして、とか、違う、とか、ぐるぐると頭の中を反響する。
動揺したからか、それとも疲労からか。
いつの間にか剣と帯は消えていた。
消失の際に光の粒子となったが、その粒子は夕の近くにとどまり、そして夕を包み込む。
――再び視界が白に染まる。
一章が終わるまでは1日に2回投稿する予定です。
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