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路傍の草を華と思え  作者: 朝焼夕日
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【納品】

 目的地は会社から車で十五分ほどの距離にある。


 そこは樹脂管を製造するメーカーで街を代表する工場の一つがある。前に言った、大手企業とは別の会社なのだが、俺の主要客先の一つだ。主たる工場は市内の東に存在するのだが、今回は西の郊外にある小さい工場へと向かう。


 車を走らせていると、二十歳くらいの若い人が徒歩や自転車に乗っているのが視界に入ってきた。


 その工場近辺には俺の街で唯一の大学があり、そこの学生が通学しているわけだ。思えばまだ朝の内である。


 街が街なだけに、大学生もパッとしない子が多いと感じるのは気のせいだろうか。


 男は部屋着かよく分からないような服装だし、女の子も化粧しているのかしていないのかよく分からない。


 俺が行っていた国立の大学は、もう少しマシだったと思う。田舎にある私立なんてこんなものだろう。どこか芋臭く、気概の欠片も醸していない。



 何か将来のやりたいことや、そこそこの成績ががあれば、こんな街での生活は高校生までにしておくのが間違いの無い選択だ。都会に出て行くべきなのである。都会は田舎の倍ほどの経験が積めるのだから、同じ学生生活四年間なら絶対に都会一択だ。


 本来ならば、若い人が地元の大学に進学し、地場産業に就職するのが良いのかもしれない。街の活躍に一役も二役も買うってのがあるべき姿なのであろうが……そんなことは理想論だ。


 街の所為か、人の所為か。


 はたまた、俺のように嫌みばかり頭に浮かんでいる人間がいるからか。




 大学の主立った学部は、田舎の大学にありがちな介護や福祉だ。それらを軽視するつもりはないが、大学は学問を追求すべき所である。

 介護や福祉というのは追求するというよりか、実務的な現場を経験するだけだと思う。


 大学の花形である理系は金がかかるため、街か法人が投資できなかったのであろう。


 入学についても少し勉強をしたら誰でも入れるようなレベルで、俺が企業の就職採用を担当していたら余程の事が無い限り、ここの学生は採らない。


 学歴的な偏見は世に蔓延っているのだから仕方が無い。


 田舎だと差別や偏見は当たり前なのである。


 とにかくこの街は発展途上だ。


 大学だけに限ったことではない。企業もそうである。大学生の通学路を走りながら、見えてきた看板にはこう記されている。


 『企業立地随時募集中』


 でかでかとPRされているのも関わらず、未だに立地される様子は皆無だ……


 緩やかに減っていく街の人口、王手企業が権力を握るパワーバランス、県内外の県庁所在地から遠く離れたこの日本の東南アジアに誰が利益を求めてくるというのだろうか。


 この田舎は国内の最低賃金で労働が成り立っているのだが、日本が生産拠点を海外に移す途中でスルーされた土地であることは確かだ。


 東南アジア故の低賃金ならば魅力的かもしれない。


 しかし、どこをどう探してもメリットが見当たらないのだ。



 ――打つ手の無い街――


 それが俺の故郷なのである。



 自分の国許を散々に言っているが、事実なのである。俺としては中途半端さがすごく過ごしやすいとだけは言わせて貰う。

 

 学生さんたちにも、この住みやすい街に残ってほしいものである。


 そんな期待を胸にすると、通学の姿も見えなくなってしまった……



 通学路と別れるといよいよ誘致の土地へと入る。今回の納品場所はこの工業団地の一角にあるのだ。

 

 開拓された際に工場を建設したのであろうが、土地が安い時に買ったのであろうか。俺なんかが知るよしも無い。


 施設が関与されていない場所以外は草が生え放題で、特に手入れはされていない。年に二回草刈りの業者が来るくらいのものであろうか。道路に沿うガードレールを優に超すほどの高さの草が歩道にはみ出てきている。


 如何にも小さな山を切り開いたような用地で少し小高くなっており。五十メートルほどの坂を上がり、門をくぐる。


 メインの方の工場には守衛所があっていちいち降りて入退場を記帳しないといけないのだが、こちらの工場はそれがない。

 その行為が省略されているだけで、気分は楽なもんである。


 雨の日だろうと車から降りて、会社名と名前、時刻と車のナンバーを書き、どうでもいい守衛に適当に愛想を良くしとかなければならない。そんな必要は皆無なのだ。


 きっちりする守衛ほど好きでは無い。

 いつも同じ業者が入ってくるわけだし、策内で犯罪などする馬鹿者はいるわけないのだから、適当にしてれば良いものを。大体、しっかりしたところで、警備会社の給料などたかが知れているだろう。


 俺なんかはきっちり仕事をされて指摘なんか受けた方がよほど、工場内の規律を破りたくなるものだ。


 少しくらい寛容にしておいて恩でも売っておいた方が賢い守衛だと思う。


 守衛にも色々なタイプがいるのだが、それは今回の守衛所も無いような小規模な施設では語らないとしよう。




 さて、入ってすぐの駐車場に車を停め、一息ついた。


 今一度、納品書と物を確認し車を降りる。


 外の空気を吸い、大きな深呼吸をした。朝の内は肌寒さを感じるようになってきた。少し冷えた空気がうまい。


 天気も良いし、こんな時は仕事をしているのがバカバカしくも感じる。サイクリングかドライブでもしたい気分だ。


 とはいえ、天気が悪い時も仕事は面倒くさいものだ。雨が降っていると会社に行くことすら億劫になるのはよくあることではないだろうか。


 とにかく気怠い体をなんとか決起させ、気持ちを仕事に戻す。




 あ……

 そういえばジェイム君から返事が来ていた。ケータイを開くと、『英会話がんばれよ』と激励した俺に対して、『今日は午前中までです。あなたも一日働けカス』と返してきてくれている。


 流石はALT。アルバイトみたいな勤務時間である。


 彼からイギリスなりの礼節を感じ、やる気が沸いてきた。俺はトランクを開けて、台車を取り出す。地面に転がし折りたたんでいた取っ手を立てた。掴みづらい品物も荷台を引きずらせながら引っ張り出す。


 物はポリプロピレンのバンドだ。


 段ボールや紙で製品を一つ一つ包装し、テープで固定する。それら複数をまとめるために黄色や水色のひものような物で縛っているのを目にしたことはないだろうか。


 あれが一キロメートル巻かれた物を二つ、台車に乗せた。


 輸送時のみに必要な物で、それ以外ではゴミだ。

 これを一般の人が百巻もらったとしても決して嬉しくはない。

 逆に、たかがゴミでも役に立つこともあるということをご認識頂きたい。



 それが相応の金額で取引されていて、俺は商売道具として取り扱っている。


 ゴミを商売道具として取り扱っていることはとても誇りに思うのだ。



 台車の取っ手を大事に握り、緩やかにぐっと押し出した。


 PPバンドは手で抱えるとしたら体積が大きいので難儀するが、台車に乗せたら運搬には全く困ることはない。


 スイスイと進む。

 

 駐車場から数メートル進むと右に曲がった。




 曲がり角の縁石付近に『安全こそ生産性向上の第一』と表記されているのが目に入った。


 全くもってその通りである。


 しかしながら、歩道が狭い。


 排水溝の上に金網が張ってあるから、それも含めて広さを確保してあるつもりなのだろうが、こちらは製品を乗せた台車を転がしている。


 確かにゴミなのだが、小さな段差があるため台車のキャスターがうまく転がらない。


 つっかえてしまい、製荷台から落ちた製品を取ろうとした瞬間、そこを車が通って轢き殺されたりしたら小さなガタガタも改善されるはずだ。


 改革には痛みが伴うのである。


 俺の命で滑らかで広い歩道ができるのならば安いものである。





 曲がり角をまた数メートル行くと小さな事務所がある。そこが納品場所だ。


 ドアをノックし、挨拶と社名を一応伝える。いつも一人だけ女性が座っている。この人はとても丁寧な言葉を使う人なのだが、何か違和感がある。感じは悪くないのだが、無理しているのが計らずとも分かってしまう。


 仮に、都会のママ友グループに所属していたら虐められるようなタイプだな、と俺はいつも思っている。


 年齢は四十歳くらい。子供が三人いる。




 どうしてそこまで知っているかと言うと、俺がよく行くスーパーでお互い買い物をしている時に家族連れとばったり出くわした。


 無論、その時も丁寧な応対をしてもらったのだが、やはり無理があった。


 理由は明白で、子供が全然俺に“挨拶をしない”。


 俺は親子連れと出くわした場合、子供にも敢えてきちんとした挨拶をする。返さない場合、親は一生懸命に子供に挨拶するように言う。しかし、普段から挨拶できない子供はいくら言われても出来ない。


 「挨拶くらい返せないなんて……親の顔が見たいですね」

 「あっ!あなたですね……」


 そういう台詞を心いっぱいにして、親に話を戻すのが俺の楽しみだ。


 嫌みを悟られないようにしつつ、恥をかかせる。最高の気分なのだ。



 昨今、躾もできない親が増殖している。俺はそういう嘆かわしい現状に小さくメスを入れていきたいわけである。




 さて、目の前の事務員は俺がそんな大義を掲げてスーパーで挨拶をしたことなど微塵も覚えていない。


 「お宅のお子さん、挨拶できませんよね。しかも三人とも」

 「あ、旦那さんも山賊みたいなナリで普通の会社員じゃないことが一目瞭然でしたね」


 そんなことを言いたくなるのである。


 身の丈に合わない敬語は避けるべきだ。

 性格の悪い人間につけ込まれる原因になりかねない。


 あら探しをしてはそこにつけ入る悪党がここにいる。



 ちなみに、俺はそんなに見た目が上品ではないと自分では思っているので、適度に爽やかにるのだ。少し打ち解けてきたら最近の若者っぽい感じもほんのちょっぴり取り入れたりもする。

 油断している感じを出して相手に入り込ませることは多い。



 表情、年齢、年齢……そういった因子が相手にどういう影響を与えるか、いつも追求しているが、営業をしているとそういう実験がたくさんできるから職種としては有り難い。


 

 女性にはもちろん丁寧に対応する。いつも部屋の片隅に製品を置くのは当然のようになっているのだが、一々尋ねる。納品書にサインしてもらう時もちゃんと誘導する。


 そして、いつもの通り無理した丁寧な挨拶をされるのだ。


 俺は良い気分になって部屋を後にした。




 こんな感じで一仕事が終わったのである。どれだけ楽な仕事なんだろう。


 何も乗っていない台車を転がしながら車へと戻るのであった。



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