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路傍の草を華と思え  作者: 朝焼夕日
4/6

【外】

 足が軽い。『ルンルン』と鼻歌を歌いたいくらいだ。



 ――外出する――



 外回りをしてくることにした俺は、非常に意気揚々としていた。一度外に出ると時間の経過が早いってのが良い。


 ずっとデスクに座っていると退屈で仕方ない。大体同じことをして一日が終わる社会人、さっさと就業が終わってほしいものである。


 実際に八時から十二時までが午前の就業時間なわけであるが、八時から九時までは掃除やら挨拶やら済ましているとあっという間に過ぎている。

 九時から十二時までの間に一度営業に出ると、それだけで一時間か二時間は使うわけであるから午前中は終わったようなものである。


 外出はボーナスタイムだ。


 午後も午前中と似たようなものである。そうこうしている内に一日が終わる。いや、わざわざ外出をする口実を作り、就業時間をとっとと過ごすのだ。


 ボーナスタイムを如何に獲得するか、が仕事だと言っても過言ではない。



 別にサボるサボらないの話をしているのではない。社外に出て、客先を回っていると色々な話を聞くことがある。人と対話するのは楽しいし、それが商売になることは多い。仕事で回っているのだから当然と言えば当然なのだが。


 法人のルート営業は楽だ。




 俺は倉庫にある荷物を取り、台車に乗せてゴロゴロと車へと転がした。物は包装資材であり、そんなに重たくはないが少し大きく持ちにくいため手に持つのが面倒くさい。


 それに、客先は安全に対して厳しい工場であり、重たい荷物や大きい荷物を手に持っていると目を付けられる。走ったりしても駄目だし、携帯電話を使用しながらなんてことが見つかったら出入り禁止になるはずだ。




 前職でも某工場内に入る機会が多かった。あれは新しい設備を新設するための工事の真っ最中だったのだが――


 急いでいた俺はヘルメットの顎紐をせずにうろついてしまったことがあり、偶然にも安全パトロールの総責任者にそれを見つかった。


 その時は何もなかったように思えたのだが、事務所に帰った時に社員共が騒然としており『何事か』と思えば原因は俺の顎紐だった。


 そのせいで会社の全ての人間が今後一切の出入りを禁じられそうになっていると言う。


 正直、絶句した―― 


 その後はすぐに上長二人に付いていき、お客様の前で頭を下げさせたのである。


 今、思えば決して俺に感情的にならずすぐに対処を施した当時の上司はなかなか出来た人だった。


 たかが顎紐、されど顎紐なわけである……


 こういったエピソードも今となっては良い教訓だ。



 しかしながらそれ以来というもの、俺はヘルメットに対して異常な嫌悪を示すようになり、自転車で遠出する際ですら着用は避けている。



 本来、帽子や面を被るという行為自体は好きなのであるが、ヘルメットだけは好きになれない。 

 工事現場のおっちゃんなんか尊敬に値する。ずっと被っていると頭皮に良くないから禿げるだろうし。



 もちろん、安全のためなら着用義務が勝るのであろうが、ヘルメットを被っていても死ぬときは死ぬ。衝撃が強いか弱いかが絶対的な要因であり、それ以上に運が良いか悪いかで生きるか死ぬか決まる。


 ヘルメットをしていて死んだ人って正直バカバカしいと思う。恐らく、周到に準備している方が事故をするのではないだろうか。


 俺自身、端から見ると無鉄砲な人間に思えるかもしれない。しかしながら、人一倍注意を払っているつもりだ。気を張ってキョロキョロしていることも多い。


 工場内にいる時や、車を運転している時自転車に乗っている時は全方位に対して視界を持つようにしている。



 ――いや、そういう時もある。


 携帯電話を見ながら自転車を漕いでいる時がしばしばあることも、正直に報告しておかねばならないだろう。


 これはとても危ない自分に酔っているパターン。もちろん、そんなに速度を上げてはいないことは補足させて欲しい。


 二つ三つのことを同時にしながら気分が悪くなることもあった。




 安全について語りたかったのであるが、危ないことをやっていることも多かった……


 臨機応変にしておけば、楽しければ、万事オーケーということにしておこう。





 俺は、車のバックドアを開け荷台に資材を積み込もうとする。この車のバックドアは少しいかれていて、最後まで開かない。手で押し上げてやる必要がある。上に開くタイプなのだが、中途半端に開くと丁度頭を打つ高さになり、何回か荷物を移す際にぶつけそうになったもんだ。


 今回は大丈夫。


 荷物を乗せ終わると、バックドアをつかみ思い切り閉める。『バタン』と大きな音を聞いて車へと乗り込んだ。



 相変わらず乗り心地の悪い車だ。シートがほぼ垂直なのである。傾けることもできるのだが、そうしてもなんとなく尻の収まりが悪い。


 商用車なのだから、快適性は二の次になっている。


 普段、この車を乗っている食い倒れ太郎先輩は一目で分かるほどの胴長短足で、座席を前方へとやっている。


 車同士ですれ違う時に先輩を見ると、車内の天井に頭がついているようにも見える。ちなみに身長は日本人の平均身長よりも少し高いくらいだ。俺よりも少し高いとも言っておこう。


 それに、ルームミラーも明後日の方向を向いている。俺が乗ると後方は全く確認できない。これも胴が長いことに起因しており、俺は背筋をかなり張らなければ鏡越しに視野を確保できないのだ。



 別にこのまま運転しても良いのだが、ただでさえ乗り心地の悪い商用車が更に窮屈になっていては苦痛だ。


 座席やルームミラーを俺にとってほどほど丁度良いように直し、シートベルトを掛ける。


 少し前までが自分本位に調節していたのだが、最近では太郎のことも考えるようになった。座席もミラーもほどほどに調節し、先輩が乗り直した際に手直しが少しで良いようにしてあげている。


 運転している時、座席は窮屈だし、鏡越しに後ろを確認するためには少し姿勢を帰る必要がある。


 しかし、後輩として気配りをしているのである。あまりにも大きな手直しは、彼が胴が長く足が短いことを暗に伝えてしまっているような気がして可哀想だ。



 そんな先輩への愛情を自分で確認しながら鍵を回した。


 ここに素晴らしい後輩がいる……



 エンジンの掛かる音が車内にも伝わる。他の二台は営業用の車であってエコカーなのだが、この納品用の車は結構うるさい。


 



 その時、俺の個人のケータイが振動した。いつもマナーを大切にするのでマナーモードにしている。


 ロックを解除し通知を確認すると、友人からであった。


 この友人はここ一年で仲良くなり、頻繁に連絡を取り合っている。古い友人よりもその頻度は高い。



 彼はかなり俺のことを慕ってくれているのだが、日本人ではない。


 ――英国紳士なのだ。



 大学の時に日本語を専攻したことで日本の文化に興味がわき、日本に移住するまでに至ったらしいのだが、本当の目的は“日本人の女”なのだと言う。


 日本人の女は白人の豚女に比べると、若々しくありお淑やかであり、言うことを簡単に聞きそうとのこと。服従させることに快感を得るタイプの外人なのだ。


 それに、とても差別的でもある。イギリス人であり白人であるのだが、アジア人を見下す傾向が強い。


 俺なんかも皮肉で『先生』と呼ばれている。


 あえて尊敬しているように見せて、心の内は卑下しているのだ。

 最悪な外来種である。



 名を“ジェイムズ”と言う。



 悪いことをたくさん紹介してしまったが、彼とは気が合う。世の中をひねくれた目線で見ているところが一番の共通点ではないだろうか。


 だから、たくさんの卑猥な言葉や差別の言葉を教えた。『日本語は素晴らしい』と言ってくれているのだから俺も教え甲斐があるというものだ。


 ちなみに、ジェイムズも俺に同様にして多くのスラングを教えてくれているのだが本場故の上手な発音であるため、あまり耳に入らない。聞き取れないのだ。


 そんな時、俺は大概笑って誤魔化している。


 申し訳なさは全くといって無い。そんな気を使う必要は無いバカ外人だ。


 育ってきた環境が違うし、そこらへんは諦めた方が思い切りが良い。


 


 そんなジェイム君は英語の教師で、ALTを生業としている。


 今回の通知内容も真面目な顔をして教室で自撮りをした画像が貼られていた。


 普段、マナーが悪く人間として終わっている彼がそういう様相で写真を残しているというギャップが面白いのだが、いつも自撮りばかりで正直飽きている。


 またか……


 俺はカメラで自分の事を撮影し、相手に見せるという行為に少しも理解を示すことができない。

 『私はナルシストです。私の容姿で褒めるところないですか。今の状態について何かしらの反応を示してください』

 自撮りとは、そういう馬鹿げたことを自ら進んで晒す愚の骨頂だと思う。



 面倒臭いのだが、返事をした。


 『今日も英会話がんばれよ』


 そう言ってアクセルを踏んだ。車は緩やかに動き出し、道路へと出る。



 その時、またケータイの通知が鳴る。


 ジェイムは暇なのだ。そんな彼とのやり取りは何故か飽きることがない。余程、気が合うのだろう。


 真の友好とは、国や年齢は関係ないのだ。この異邦人とコミュニケーションを取っているとつくづくそう思うことが多い。



 国際的な関わり合いに少々の感動を覚えながら、ハンドルを捌きながら、ケータイをチラリと覗き込むと、外国人からとんでもない画像が送られてきている。


 ――男と男のまぐわいの画像だ。


 それに俺と彼の顔がうまくコラージュしてある。


 朝からこのような高等テクニックを駆使するところは、彼が日本に来て手に入れたものの一つに他ならない。


 現代の日本でも素晴らしいことを学んでくれている――


 俺はとても良い気分になって街を抜けていった。



 中心街を抜けたところに納品の目的地がある。とっとと納品を済ませてジェイムの相手をしてやらなければ。


 そう思い、アクセルを幾ばかりか強く踏むのであった。


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