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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 壱章『夢か現か幻か』
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其の伍

「ようミキ」

「久しぶり。クックマン」


 荷馬車の御者席から降りて来た男が、先に声を掛けて来た。

 ミキはその挨拶を交わすことで、彼の接近を制しようとした商隊の護衛から対象外の扱いを得た。


「おう。お前と前に会ったのは……」

「1年と2ヵ月ほど前だ」

「もうそんなになるのか」


 驚いた様子で話し相手の彼は笑う。


 ミキの話し相手となっている男は、商人のクックマンだ。

 齢は40後半だが、背筋がピンとしている様子からもっと若く見える。

 ただ頭頂部が、前回会った時よりもだいぶ後退していた。


「ミキも品定めか?」

「アイツらと一緒にしないでくれ」

「解っているさ」


 あははと笑って商人はパンパンと彼の肩を叩く。

 多少力が強くミキは顔をしかめたが、互いに無事に再会出来たことを喜んでの行動だから基本笑顔だ。


 ミキと共に行動していたマデイは……女に飢えているのか、経験が無いのか、吸い寄せられる様に馬車の方で群がる奴隷たちに混ざっていた。


 馬車の上に居る女たちも、慣れている者はしなを作って奴隷たちに媚を売っている。

 今から自分を売り込むことで、給金後に買って貰う寸法なのだろう。何もせず怯えた様子で奴隷を見ている女は、まだ今の生活に慣れていないのだ。


「それよりクックマン。今回は到着が早すぎないか? 給金は興行の半ば過ぎだぞ?」

「ああ知ってるさ。今回は道の都合だ。ガギン峠でデカい山賊団が根付いちまってな……迂回路を通って移動するって言うサーテルの一団と一緒に来たので早く着いちまったんだよ」

「ガギンはコーグゼンド領の主要街道だろう?」

「ああ。だが規模がデカすぎた。討伐に失敗して本国に援軍を求めているそうだ」


 ハインハル王国領コーグゼンドが兵を派遣して負けた。

 つまりそれは……にんまりと笑うクックマンの様子に、ミキは内心ため息を吐いた。


 戦に負けて死人が出ると言うことは、未亡人や食えない家族が発生すると言うことだ。

 主に女の奴隷を扱っている彼からすれば、それは絶好の仕入れ時だっただろう。


「それであっちが初物か?」

「そうだとも。今回は十五人もの初物が買えた」

「……そりゃ良かったな」


 ミキは大型の馬車とは別の二頭立ての馬車に目を向ける。

 確りと布で覆われていて中を見ることは出来ない。あっちは舞台に上がる高給取りでしか手の出せない"初物商品"だ。奴隷たちが彼女らに相手をしてを貰えるとしたら、ある程度遊ばれて擦れて再度売られてからになるだろう。


 穢れ無き娘がそれほど売りに出たと言うことは……コーグゼントはかなりの数の将軍を失ったのかもしれない。

 一般兵の未亡人なら、その他大勢の檻の中に入っているはずだからだ。


「クックマン。後で話を聞きたいんだが良いか?」

「ああ。ミキとの話は俺も楽しみにしていたからな。シュバルには挨拶してから頼んでおくよ」

「悪いな」

「気にするな。お前のおかげで、俺はここまで大規模な商人に成れたんだぜ?」


 囁くように耳打ちして、彼は笑いながら歩いて行く。

 行き先はミキたちが所属している、一団を率いているシュバル団長の元へだろう。


 馬車に群がっていた奴隷たちが護衛に払われて解散し始めた。

『もう十分見たんでから離れろ。移動が出来ないだろうが』と言う様子が護衛から見て取れた。


「ミキ~」

「何だ?」

「賭けで儲ける方法は無いか?」

「『戦う者を良く見て素材を選ぶこと』ってラージは言ってたな」


 ラージとは大きく稼ぐ前は度々会話する仲ではあった。

『人を見る目』を養いたかったミキは、何度かそのコツを聞いた物だ。


 歩み寄って来たマデイはその言葉を受けて、自分同様に馬車を追い払われた奴隷に目を向けた。


「ただ何を、どこを見れば良いのかは、最後まで教えてくれなかったが」

「使えねえな」

「どうした? 良い女でも居たか?」

「……死ぬ前に一度は女を抱いてから死にたかったなって」

「ああ、あれか。なら奴隷頭から舞台に上がる日を告げられたら、先払いで出場料を貰うことだ」

「先払い?」

「……お前みたいに最初で最後になるかもしれない奴には、特別に支払われる。つまりそれを許されたら、血の気の多いのに当てられるのが決まったと思って諦めろ」

「……お前って本当に言って欲しくないことを包み隠さず言うんだな」

「後で知って後悔するよりかは良いだろう?」


 人の生き死にを軽んじているとは思えない様子のミキだが、どこか生き死にが彼の隣で寄り添っているかの様な気軽さを感じる。

 常人離れしていると言うか、歴戦の兵士を思わせる達観した感覚を垣間見せるのだ。


「もし先払いが出来たら、女を抱いて残った金で賭けをして一発狙うよ」

「それも良いが……勝つ努力は考えないのか?」

「正直に言う。俺は喧嘩もしたことが無い」

「そうだろうな。ここに居る奴隷の多くは、そんな奴が大半だ」


 シュバルの一団は、まだ結成して10数年程度の中規模な物だ。だから男を扱う奴隷商人から"良い者"をあまり買えずにいる。

 元兵士や元賊など……武器の扱いに長けている者は、大規模な一団が買い占めてしまうからだ。


「なあミキ?」

「何だ」

「お前はここに来る前……喧嘩したことはあるのか?」

「親子喧嘩に兄弟喧嘩ぐらいだ。一般的に言う喧嘩"は"したことがない」

「喧嘩、は?」

「ああ。"この世界(ここ)"に来る前は、戦場で人を何人か殺したくらいだ」

「……冗談だよな?」

「……そうだな。冗談だ」


 曖昧に返事をしてミキは歩き出した。

 そろそろ休憩の時間が終わるはずだ。


 ガイルから今日の興行が始まってからの仕事は言い渡されていない。

 また鍛冶場で仕事をすることになるのか、クックマンが来たから話し相手を努めることになるのか……現時点では不明のままだ。


 マデイと別れ、自分を管理している奴隷頭のガイルの元へと向かう。


 確かにこの世界で喧嘩などしたことは無い。

 前の……日ノ本(ひのもと)に居た時は戦場に赴き初陣を飾っている。

 人を殺したことは、確かにあった。




(C) 甲斐八雲

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