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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 参章『悲しみ嘆く声は』
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其の肆

「今回の商売は売りが主体で、その商売が終わっているから助かったが」

「仕方ないだろ? クラーナが移動をするって決めたんだから」

「まあな。でも……次の予定がな」


 渋い表情でクックマンは頭を抱えていた。


 護衛や戦士が国軍からの申し出を受けて離脱する流れを止められなかったクラーナは、急遽興行を取りやめて移動の準備を開始したのだ。

 行き先は強行軍となるが、アーチッンを素通りする形でブライドンの首都であるシューガラへ向かう。

 現在は残っている奴隷や戦士たちが移動の支度で走り回っていた。


 商人の話し相手を努めるミキは自分の手荷物を確認していた。

 元々これと言って大きな荷物など無い。基本旅人なのだから極力荷物は少ない方なのだ。

 ミキもレシアも背負い袋一つ分の荷物しか持っていなかった。


「ミキ~。これは持って行っても良いですか?」

「……なんだそれ?」

「はい。何でも水を入れておく道具らしいです」

「水筒か? 後々使いそうだから持って行け」


 レシアは手に持っていたそれを自分の背負い袋に付ける。

 ただ初めて見る形だ。自分が元居た世界では竹で作った物が主流だった。

 この世界に来てからは水筒など見たことが無い。何かしらの皮っぽい素材で作られている。


 機嫌良く鼻歌を歌っている彼女をそのままに、ミキは商人に声を掛けた。


「なあクックマン。あれって何で出来ているんだ?」

「ん? ああ。確か馬の膀胱だったかな」

「……そうか。分かった」


 意外な物が意外な使われ方をする。

 確かに水を溜めておく場所だから最も適しているのかもしれない。


 などと会話をしながらミキたちは準備を済ませ、いつも通りクックマンの荷馬車に乗った。

 前日から移動の支度を進めていたが、今の様子だと昼頃に動き出せれば上出来なはずだ。


「レシア?」

「は~い」

「アイツには移動のことを言ってあるのか?」

「大丈夫です。私の後を勝手に付いて来ると思います」

「それはそれで問題なんだけどな」


 荷台で並んで横になる。

 迷うことなく抱き付いて来たレシアは、上半身を起こして彼の顔を覗き込んだ。


「どうしてですか?」

「詳しい話をしても理解出来ないだろうから言わないが、余り一緒に行動しているのを他の人に知られたくないんだよ」

「ん? どうしてですか?」

「……巨人を使役しているなんて知られたら厄介だろう?」

「使役ですか?」


 見るからに言葉の意味が分かっていなさそうだ。やれやれと頭を掻いてミキは言葉を探した。


「お前があの巨人と"友達"と知られると困るんだ」

「どうしてですか!」

「それを悪用しようとしている奴が居る。アーチッンの宿屋の食堂で会った男とかな」

「……も~!」


 何となく分かったのか、彼女はこれでもかと頬を大きく膨らませた。


 たぶんあの巨人の仲間をどこかへ連れて行ったのは、あの騎士……クーゼラなのは間違い無いだろう。そしてこれからそのアーチッンへ戻る。

 街の中に入るかは状態を見なければ判断出来ないが、もし危ない様子ならミキたちは逃げ出すことも視野に入れていた。

 鍛練になる厄介事は構わないが、鍛練にもならない政変など関わりたくも無い。


「そう癇癪を起すなよ」

「だって……あの子だって生きてるんですよ。それを人の都合であれこれと。可哀想じゃないですか」

「可哀想?」

「そうです。仲間たちと離れ離れにされて……たった一人で仲間の身を案じているんです。可哀想です」


 確かにその通りだ。

 化け物と呼んで毛嫌いしているが、彼らとて生命ある生き物に変わりはない。

 そしてあちらから見る人間とは……どれほど凶暴な生き物として映っているのか?

 考えただけでもゾッとする。


 勝手に作られた街道の近くに姿を現したと言う理由だけで集団で襲われ殺されるのだ。

 これほどまでに恐ろしい生き物など……ミキが知る限り居なかったような気がする。

 だがそれが人間なのだ。自分たちの居場所を護ろうとして、徒党を組んで"敵"を狩る。


「恐ろしい化け物だな」

「あの子は恐ろしくありません」

「そうかもしれないな。最も恐ろしい生き物は別に居るんだな」

「……はい?」


 首を傾げてこちらを見つめる相手の頭をポンポンと撫でて目を見られないようにする。

 彼女もそれを止めてミキの胸に顔を預けると、頬をスリスリと擦り付けて来た。


「ミキ」

「ん」

「眠くなってきました」

「出発までまだ時間もありそうだし、何より出るまでもうすることが無い。寝てて良いぞ」

「このままでも良いですか?」

「……用が出来たら起こして退かすからな」

「ならそれまで……このままで」


 頭を預けて目を閉じた。




「そうそう。忘れていた」


 日が沈む前に夜営の支度を終え、焚火の側に居たミキにクックマンがそれを渡して来た。

 何気なく受け取り確認する。赤褐色な小さな鉄の板だ。

 ただ持つだけで分かる。それが普通の鉄板では無いことが……薄いのに硬い。少しでも擦り尖らせれば刃物として使えそうだ。


「これが?」

「ああ。商人協会のみで使える"プレート"だ」


 近くに座りクックマンは両手を焚火にかざす。


「一応所属は俺の部下になっている。そうしないと作れないからな」

「その辺の不満は無いよ。でもどうやって使うんだ?」

「それを街にある協会の建物に持って行き、入金や出金を申し出れば良い」

「所持金はどうやって管理するんだ?」

「プレートの裏に模様が刻まれているだろ? その模様が預けている金額なんだと」


 裏返して見れば複雑な模様が刻まれていた。

 見た限り全くもって何が書かれているか分からないが、その模様がミキの全財産を表しているそうだ。


「仮に傷つけて模様を変えようとしたら?」

「出来るものならやってみろ。ミスリル、オリハルコンと並ぶ特殊な金属……ヒヒイロカネ製だ。協会の秘匿されている"何か"を使わないと傷つけることも出来無いらしい」

「そうなのか? まあそれなら安心だな」

「その通りだ。ただ盗まれないように気を付けろ」

「分かった」


 懐にしまい服の上から一度だけ叩く。

 このプレートとやらを持っていれば、常に大金を持ち歩かなくても済む。

 必要な時に必要な分だけ協会に出向いて金を受け取れるのだ。


「世界には知らない……不思議な物がまだまだあるんだな」




(C) 甲斐八雲

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