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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 参章『悲しみ嘆く声は』
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其の弐

『ハインハルとブライドンの一部の兵が中心となって独立を宣言。イットーンを本拠地と定めた。これを受けて両国は現在討伐軍を編成中である。気骨のある者は合流し武勲を上げるが良い』


 駆けて来たブライドンの兵はそう告げると、興行主であるクラーナに大臣からの勅令を手渡し去って行った。

 偉そうに言ってはいるが、兵の数が足らないからこうやって戦える者を誘い集めているのだ。


 ただ闘技場を回り、戦いを見世物にしている一団に誘いがかかるのは当然のこと。

 日々実戦を繰り返しているのは、闘技場所属の戦士たちなのだから。


 おかげでググランゼラでは、上へ下への大騒ぎになった。


 徴集を受けて戦場に赴くか、この場に残るのか。

 どちらも戦うことは変わらなくとも、前者なら"出世"と言う道が現れる。

 一般的な兵から隊長へ。そして騎士や将軍へ。富も栄誉も地位も得ることの出来る機会が巡ってくるかもしれないのだ。


 そして何より"経験"が甘いささやきをして来るのだ。

 普通の兵よりも豊富な実戦経験が戦場では必ず生きる。

 それが分かるだけに全員が悩み悶えている。


 若干一名……荷馬車の荷台をベッド替わりにしている男が居た。

 誰でも無い。ミキだ。


 澄んだ青空を見上げていたら、つい眠ってしまった。

 古い夢を見たことに気づき……起きてから苦笑いした。


 どうも彼女と旅に出てから夢を見ることが増えた気がする。

 心穏やかにしている証拠なのかもしれない。落ち着いて眠っているのだろう。


 つい首を突っ込んでしまった問題を解決させた彼は、のんびりとした時間を過ごしていた。

 本日はレシアに対するお仕置きの意味合いも込め、正座させその足を枕にしている。

 彼女が全身をブルブルと震わせ、口をパクパクさせているのは……足の痺れが限界の範囲を超えたからだ。


「ミミミミミミキ」

「ん」

「ごめんにゃらい」

「ん。ダメだな」

「ぶにゃ~」


 折角手に入れた干した果実を誰かが全て食べてしまった。

 それも手洗いに行って戻って来る間の短時間でだ。


 犯人は直ぐに分かった。

 戻って来て最初に見たのは、頬をパンパンに膨らませた彼女だったからだ。


 リスだってもう少し自分の限界を知っていると思う。

 だが己の限界を理解していなかったレシアは、唇の隙間から果汁なのか涎なのか分からない物を垂らす始末だった。


 そんな相手を置いておき、ミキはまた空に目を向け直した。


 予想通り独立に向けて事が生じた。

 知る限りでは、ガギン峠とイットーンとアーチッンの三つに兵が置かれている。

 そして独立派はイットーンを本拠地と定めたらしい。

 あの場所を本拠地とするのは理解出来る。戦術的に見てもそれが正しい選択だ。


 アーチッンは外壁が無い街な為に護りには向いていない。

 それに大きな問題がある。

 ブライドンの王都が近いことだ。アーチッンは元々王都だったのだから。


 結果として直ぐに動きたいのはブライドンだろう。


 まずはアーチッンを奪還し、そしてイットーンへ向かう。

 独立派の本拠地であるイットーンは現在ハインハル領では無い。落として奪えばブライドン領として併合することも出来る。

 戦後にハインハルと壮絶な"外交"と言う名の戦いが開始されるだろうが、それをするのは外交官の仕事なのだから思考を広げる必要は無い。


 そう。考えるべきことは……


「レシア」

「あぁあぁはぁい」

「俺たちって何をすべきなんだ?」

「……ちらにゃいです」

「そうだよな」


 落ち着いて考えれば、何となくの流れで関係者気分だったが……別に全て気にしなければ"他人事"だ。

 関係しているのだろうことは、託された物や気になる動きぐらいだ。

 それだって本来、気にせず受け流し他の国にでも行ってしまえば良いだけの話だ。

 それだけのことなのだ。


「でもそれだとつまらないよな」

「みゃっみゃっみゃっ」

「折角の厄介事なのに目を瞑っては、鍛錬にならないしな」


 体を起こして肩越しに相手を見る。

 涙目で震えている彼女の口は、池の鯉かと思うほどにパクパクと動いていた。

 少しやり過ぎたかなと思い、ミキは相手の頭に手を置いて優しく撫でてやる。


「むにゃ~っ!」


 ついでに痺れきっている相手の足を軽く叩いてやった。




「困ったことになった」

「どうした?」

「護衛の中から数人ほど離脱を申し出て来た」

「……まあ仕方ないな」


 商隊の護衛離脱と言う難問を前にクックマンは大困りの様子だ。

 護衛もまた実戦慣れした者が多い。それだけにブライドン兵の言葉に誘惑されてしまったのだろう。


「辞めたいと言う者を引き留めるのは難しい。行かせてやれよ」

「……それしか無いか」


 昼食を摂る手を止め、渋々といった様子だがクックマンは決断した。


 ミキは相手の決断を尊重する。

 何より商人が自分のことを一番あてにしていることは分かる。

 この場所で別れる予定では無かったので問題は無い。

 どこかの街で別れ、別の商隊の護衛の仕事を探して……


「海に行くんだったんだよな?」

「……そうです。忘れてませんよ!」

「俺はうっかり忘れてた」

「……私もです」


 ちょこんと椅子に座っているレシアが恥ずかしそうに笑った。

 ただお仕置きは継続中なので昼の軽い食事は抜きだ。

 物欲しそうな視線が忙しく動いているが、ミキは気にも留めない。


「まあ西に行けば海に着く」

「……別に西じゃなくても良いだろう? 北にも南にも海は在るしそっちの方が近いだろうに」

「そうなんですか?」

「ああ。西に向かうなんて一番時間のかかる方法だ」


 商人の答えにレシアが睨んで来た。


「言わなかったか?」

「聞いてません!」

「別に急ぐ旅じゃ無いからって言ってたろ?」

「言いました。でもわざわざ遠くに行くって!」

「そっちの方が世界を見れるぞ」


 ピタッと怒っていた彼女の動きが止まった。

 少し考え込むと……何故か笑顔を向けて来る。


「そうですね。私はもっと色々な場所が見たいです」

「見れるぞ。この大陸を東から西へ真っ直ぐ横断するんだからな」

「うわ~っ! 楽しみです!」


 二人の様子を眺めていたクックマンは思った。

『良く似た二人だ』と。




(C) 甲斐八雲

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