其の弐拾捌
ようやく辿り着いた者たちはそれを見て動きを止める。
舞台上で艶やかに舞う存在に目と心を奪われたのだ。
その油断が……若き狼たちの牙と詰めの餌食となる。
襲い来る獣たちにファーズンの兵たちが一斉に我に返る。
「慌てるな! たかが獣風情だ! 複数で囲んで殺せっ!」
部隊長らしき男が吠えると、兵たちは指示に従い行動を始める。
最初の不意打ちで勢いづいた狼たちであったが、立て直した人間たちの武器によって傷を得て行く。
一匹、また一匹と、大きな傷を得て地面に伏す。
「あの女を殺せば終わりだ!」
吠える男は辺りを見渡す。
舞台を囲うように居る女たちは、誰もが見目麗しい者たちばかりだ。
疼くように股間に興奮を覚える。
「全員犯してから殺せっ!」
卑下た笑みを浮かべて吠える男は……自分の背後に立つ者に気づいていなかった。
「だったらお前からまず死ね」
「なっ!」
下から上へと振り抜かれた大金槌が、男の股間を砕いて吹き飛ばす。
完璧に振り抜いた姿勢で彼……ハッサンは粗暴な笑みを浮かべた。
「嬢ちゃんの踊りを見に来たら邪魔者だらけじゃ無いか。なあ犬っころ」
「ワンっ!」
脇に居る黒犬と共にハッサンは両腕で大金槌を構えた。
「まずはこの馬鹿共を追い出すぞ!」
「アンっ!」
吠えたと同時に犬の口から炎が噴き出される。
口から火を吹く犬のような化け物の存在を初めて見た兵士たちが慌てふためく。
「あ~っはは! どうした? ファーズンの兵ども! そんなへっぴり腰じゃ東部の鍛冶屋の首なんぞ取れんぞ! もっと腰に力を込めてみせろ!」
ブンブンと大金槌を振り回し……ハッサンが兵たちを追い回し殴り飛ばす。
「踊れ踊れ! ここは嬢ちゃんの踊りの場だ!」
「アォ~ンっ!」
上機嫌で炎を吐いて兵たちを焼いて行く黒犬と異様に元気な老人たちによって……ファーズンの兵たちは一時後退を余儀なくされた。
「若……」
敵兵の屍の中に倒れ込み、それでも剣を放さず這い続ける存在が居た。クベーだ。
矢と傷を受け過ぎて立つことも出来なくなった彼は、それでも主人の命を叶えるべく這い続ける。
と、前方からドタバタと慌てて走って逃げて来る者たちの姿を見た。ファーズン兵だ。
掴んでいる剣を振るって、逃げる兵の首を斬る。
「何だどうした?」
「まだ生き残りが居たか?」
「今は良い。一度引いて仲間を集めろ!」
斬られた仲間を見捨てて兵たちは今一度外へと駆けて行く。
クベーはそんな者たちに目を向けず……片腕だけで這って動き続ける。
「……くぅ~ん」
「いぬ?」
「わんっ」
目の前に現れた黒犬が優しく吠えてクベーの顔を舐める。
その舌の感触に……火傷しそうなほどの熱を感じた。
「……いぬよ」
「わんっ」
「おれを、みこさまの……もとへ」
「あんっ」
通じるとは思わなかったが、優しく吠えた黒犬がクベーの首を咥えて引き摺る。
「おいおい犬っころ。そんな風に運んだら死ぬぞ?」
引き摺られていたクベーは、不意に抱き起された。
自身を覗き込む老人の姿を見て……何故か安堵を覚える。
「ボロボロだな。死体かと思って気づかなかった。許せ」
「……だれだ?」
「俺か? 俺はハッサンって言う鍛冶屋だ」
ニカッと笑う老人に、クベーは深く息を吐いた。その名前に覚えがあったからだ。
「ハッサン……」
「何だ?」
「……すこしやすむ」
「ああ。分かった」
相手を抱き起し、ハッサンは彼を連れて舞台へと向かう。
「休め休め。全く……ミキの奴はガイルに似て、人をこき使い過ぎるんだよな」
笑い老人は彼を運んだ。
舞台上で舞い続ける娘が良く見える特等席にだ。
「……」
死したアマクサの死体をそのままに、天幕を出たミキを待って居たのは……数多くのファーズン兵だった。
「アマクサはどこに居るかっ!」
険しい表情で厳しい声を上げる兵に、ミキは肩越しに顎で背後を指し示す。
「そこで死んで転がっているが?」
「……お前が殺したのか?」
「ああ。そうなる」
ザワッと殺意が広がり、兵たちが盾を構えて一歩前進して来た。
どう見ても百では利かない数の兵が目の前に居る。
「出来たら退いてくれないか?」
「ふざけるな!」
兵の言葉はもっともだった。
そうすると……少なくとも百や千は斬り殺して進まないと、妻の元へは戻れないらしい。
「全く……後のことをすっかり忘れていてな」
珍しくミキはぼやいて両腕を構えた。
酷使し過ぎて感覚など無い両手だが、それでも振るい続けないと最愛の人の元へは戻れないらしい。
「もう一度言う。退け……それか斬って捨てる」
「「……」」
無言で盾を構え前進して来たのが彼らの答えらしい。
ミキも一歩進もうとして……足を止めた。
「悪いことは言わない。本当に退け」
「戯言うぉっ」
返事をした兵が、飛んで来た何かしらの木箱の下敷きになって……地面に楽しくない染みを作った。
『何だ? どうした?』『何が起きた?』
慌てる兵たちは隊列を崩し辺りに目を向ける。
しかし相手は……自然に生きる獣だ。否、化け物と呼ばれる存在だ。
目に映ると同時に兵たちは自身の命を失うこととなる。
ファーズン兵の数にも負けないほどの化け物たちが、濁流となって襲いかかって来たのだ。
ミキはその様子を見つめ……深く深く息を吐いた。
「わざわざ来たのか?」
「はいっ!」
木箱を投げた巨人がノシノシと歩いて来る。その腕には女性が抱かれていた。
「貴方とレシアさんにこの子を見せたかったから……仲間たちと一緒に来ました」
「それは本当に助かったよ」
地面に降り立ったラーニャは、傷だらけの青年に向かい柔らかな笑みを見せた。
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