其の弐拾漆
「どう言うことだ?」
部下の報告を受け駆けて来た彼……ファーズンの元将軍は、国王専用の天幕の中を見て絶望した。
死してからどれほどの時が経ったのかは分からないが、国王が生きていないことを実感するにはひと目見れば十分だった。
生きた人間にこうも虫がたかるはずが無いのだから。
「どう言うことだ!」
「分かりません!」
「何故分からん! 護衛はどうした!」
「それが……デンシチ殿の部下たちが……」
今にも斬りかかって来そうな元将軍の様子に兵たちもしどろもどろに返事をする。
その様子がますます彼を苛立たせるのだ。
「デンシチはどうした!」
自分よりも位が上の人間を呼び捨てにし、彼は吠える。
その言葉に思いもしない報告がやって来るのだ。
「デンシチ殿は……お亡くなりになりました!」
「なに?」
次いで次なる兵が駆け込んで来る。
「セイジュ殿が敵と相打ちになりお亡くなりにっ!」
「……」
思いもしない報告に元将軍はグッと手を握り必死に考える。
現状国王が居ない。そして軍務を預かる二人の存在が消えた。残るは誰だ?
「アマクサは?」
「アマクサ様は何処に居るのか」
「探せっ!」
胸の奥から溢れ出る感情に突き動かされ、元将軍は吠えた。
先ほどとは違いその顔に真新しい野心の息吹を浮かべてだ。
「今すぐアマクサを探せっ!」
「はっ!」
外へ走り出す兵たちを尻目に彼は自身が将軍であった頃の部下たちに声をかける。
「軍を指揮する者が……指揮系統を新しく構築する必要がある」
「どうお考えか?」
元副官だった男が何かを察してそう尋ねて来た。
「軍を指揮していた経験があるのは俺ぐらいだろう。一時的に俺が指揮を預かり軍を再編する」
「何を言うかっ!」
そう宣言する元将軍に食って掛かる者が現れる。ヨシオカの剣を学んだ者たちだ。
「お前は多くの兵を失った責任を取りその地位を返上したのであろう!」
「なら俺以上に兵を失っている今の指揮官は誰だ?」
「それは……」
セイジュかデンシチとなることを理解し彼は押し黙る。
そんな相手に元将軍はとても愉快そうな笑みを見せた。
「その者の所へ行って告げて来るが良い。『お前が無能だから死んだのだ』とな」
「何を?」
「やれ。全員だ」
「「はっ」」
元将軍の部下たちが動き……ヨシオカに連なる者たちが命を落とす。
指揮系統を握った元将軍は、各々の判断で兵たちを纏めだしている元部隊長などに伝令を走らせた。
「せっかくここまで来たのだ。あの岩山は落してやろう。代わりにアマクサの首を持って来い。それを飾って我々は国へと戻り……西部を手中に治める」
あくなき野心に駆られた彼の言葉に、ファーズンの兵たちが意志の統一を始めだした。
「将軍?」
「ああ。これはもう無理だな」
完全に息を吹き返したファーズンの兵に囲まれ、イマームたちは防御陣形を築いて抵抗していた。
このまま敵が数を集めて襲いかかって来れば……ひとたまりもなく駆逐されるのは間違いない。
「はぁ~」
「どうします?」
「んん?」
副官の声に千人斬りの将軍は、返り血だらけの顔に笑みを浮かべた。
「各自好き勝手にしろ。ただし生き残れ……それだけだ」
「分かったなお前たち」
「「はい」」
残った兵たちが身を寄せ合い仲間に背中を預けて敵と向かい合う。
覚悟を決めた男たちの表情に……イマームは笑った。
「ここが俺たちの終いの場になるか、奇跡の場になるか……神のみぞ知るという奴だ」
剣を振るって彼は血糊を飛ばす。
「ぞんざい奇跡なんて簡単に起きるもんだ。下っ腹に力を込めて踏ん張れ!」
「「おうっ!」」
南蛮の秘術か、妖術か……アマクサの奇跡の御業を食らいながらもミキはただただ刀を振るう。
ハッサンが鍛えた打刀と脇差は刃こぼれ一つしないで今までの旅を共に過ごして来た。信用の出来る獲物を手にミキの一撃に迷いは無い。
対するアマクサは混乱の極みだった。
自分の首を狙っているとばかり思っていたのに、相手は最初から違う手を考え実行していたのだ。
神か悪魔かと言われていた存在を……封印などせず追い払ってしまうなど想像もしていなかった。
巫女にそれほどの力があるなんて思いもしなかったのだ。
「なあアマクサ?」
「……」
「剣先が迷ってばかりいるぞ?」
「煩い! 黙れ!」
分身を囮に相手の背に刃を向ける。しかしミキは分身体を無視してアマクサに顔を向けて来る。
「迷いのせいで動きが鈍くなったか?」
「煩いっ!」
分身に襲わせ後退するが、ミキは迷わず前進して来る。
分身の体を突き破り、アマクサに肉薄して来るのだ。
「何なんだお前はっ!」
「ん? ただの浪人だよ。今はな」
「浪人風情がっ!」
上段に振り上げられた相手の剣を横に避けて回避し、ミキは静かに右腕を払う。
「うぐっ!」
遂に届いた一撃は、アマクサの胸を抉った。
「馬鹿な……神になるこの私が……」
「笑わせるな。お前はただの人だろう?」
「違う。私こそ神へと至る存在なのだ」
「……」
相手の言葉に鼻で笑い、ミキは今一度右腕を振るう。
確実に相手を袈裟斬りにして……数歩離れた。
斬られた自分が納得いかないのか、アマクサは静かに傷口に手をやると血に濡れる自身の手を見つめた。
「これは何だ?」
「血だよ。お前の血だ」
「どうして私が血を流す? おかしいだろう……おかしいだろう?」
「気づけよ。お前は神でも何でもない。ちょっと人より不思議な技が使えるだけの人間だ」
「違う。私は」
両膝を地面に着いてアマクサは呆然とミキを見る。
「お前は人だよ。お前が神だと言うなら……レシアはそれ以上の存在になってしまう。勘弁してくれ。そんな存在になったアイツを追うのは骨が折れる」
「私は神になる」
受け入れられないのか……ミキは息を吐いて右腕を天へと掲げる。片手上段の構えだ。
「南無八幡大菩薩」
「私に異教の念仏をっ!」
振り下ろしたミキの右腕が、アマクサの頭を左右に分けた。
「他人の手向けにケチをつけるな。地獄に落ちるぞ?」
吐き捨てミキは右腕を払った。
(C) 甲斐八雲




