其の弐拾陸
「どうしました?」
クルクルと回るレシアの問いに光球はふわりと揺れた。
『どうやら我は親としてふさわしく無かったらしいな』
「ああそれですか。当たり前です」
『ほう。それは何故だ?』
「だって誰だって初めては失敗するんです。何度も失敗してそれでも諦めずに練習をして上手になるのです。私なんて数えきれないほど失敗をして、数えきれないくらいミキに叱られました。それでも今だって失敗し続けているんですから!」
『それは相手の為に少しは成長してやれ』
「明日から頑張ります!」
迷うことなく少女はそう言う。
あたかも明日が来ることが当然だと言いたげにだ。
『……そうだな。明日また頑張れば良いのだな』
「はいっ!」
フワフワと揺れる光球がレシアの周りを漂い始める。
『今一度問おうか』
「はい?」
『人は生きるに値する生き物であるか?』
「はい。貴方が人の親であると言うなら黙って子供の成長を見てて下さい。いずれ貴方が驚くような成長を遂げるかも知れません」
『遂げないかもしれないと?』
「はい。それが子供ですから」
クルクルと回り、レシアは視線で光球を追う。
「子供がどう育つなんてきっと誰にも分からないんです。だから見守るしか無いんですよ」
『そうか……そうだな』
理解を示しそれは動きを止めた。
まるで子供を見つめるようにフワフワとレシアの目の前を漂う。
『ならば我は今しばらく子供らの成長を見守ることとしよう』
「それが良いと思います」
『そうか』
笑ったようにフワフワと光球が揺れる。
レシアはそれを見つめて柔らかく笑った。
「ところで貴方は誰なのですか?」
『……創造主。そう呼ばれたダメな親である』
ゆっくりと光球が天へと向かい昇りだす。
レシアはまるでその光球に向かい手を伸ばし捧げるように踊りだす。
『なかなかの趣向である。これは褒美が要るな』
「はい?」
『……楽しみに待つが良い』
柔らかな光を灯し光球が天へと向かう。
ゆっくりと上昇し……それは大きく輝くと弾けるように四方へと飛び散って行く。
レシアはそれを見つめ"創造主"と名乗った存在が全ての子供たちを見守る為に旅立ったのだと理解した。
「頑張れお父さん。子供を見守るのはきっと大変ですよ」
うふふと笑い……レシアは気持ちを切り替えて踊りだす。
と、ついにそれに気づいた。
いつまで踊っていれば良いのだろうか?
少しの間悩んだレシアは、迷いを頭の中から追い出した。
踊っていれば彼が来て止めてくれるはずだ。そう信じているから迷わず踊り続けるのだ。
「さて……ミキは何をしているのかな?」
「……なに?」
天を見つめたアマクサはそれを見た。
信じられないほどの力を持った存在が、輝き四方へと飛び去るのを。
「終わったか」
「……なに?」
視線をミキに向けると、彼は刀の峰で自分の肩を叩いていた。
「俺たちの勝ちってことだ」
「何を言っている?」
愉快そうに肩を震わせ笑う相手にアマクサは激高した。
「何故笑っている!」
「笑うだろう? お前たちは根本的な間違いを犯していたのだからな」
「間違いだと?」
「そうだ」
表情を正してミキは相手を見る。
「お前たちと俺たちでは勝利条件が違うんだよ」
「条件だと?」
「ああ。そうだ。お前は勘違いをしていたんだよ」
やはり我慢出来ずに、笑いながらミキは言葉を続けた。
「お前は自分が殺されることを俺たちの勝利条件だと思っていたのだろう? だが違う。俺たちは最初から時間稼ぎに命を賭けたんだ」
「時間稼ぎ?」
「ああ。今消えたあれをレシアがどうにかする。封印では無くどうにかしてしまうという方に俺たちは命を賭けたんだ。結果として俺たちは勝ってお前は負けた。それが事実だよ」
「……」
信じられないと言いたげにアマクサは両肩を震わせる。
「だから笑ってしまうんだよ。お前は最初から間違いを犯していた。こっちは誰もお前の首なんて狙ってなかったんだよ。納得したか?」
「……ふざけるな! まだ終わっていない!」
吠える敵が余りにも滑稽でミキは冷ややかな視線を向ける。
確かに相手の言う通りだ。まだ……終わっていない。
「なら続きをやろうか?」
「ああ」
恐ろしいほどの憎悪をその目に宿しアマクサが剣を構えた。
「お前を殺してから今後について悩むとしよう」
「そうか。なら返り討ちにしてから次の問題を解消するとしよう」
対峙し……二人は互いの武器を振り上げた。
「まだだ……」
全身に矢を受け傷を受け、それでも立ち尽くす存在にファーズン兵たちは恐れおののいていた。
長剣を手に立ちはだかる相手の前に味方が斬り殺されて屍を晒している。
どんなに矢を射かけても彼は屈しない。追い風で矢の勢いが殺され威力が半減されているのもあって重傷には至らないが、それでも全身至る場所に矢を受けた相手が恐ろしいのだ。
「まだ……死ねん」
長剣を手に、クベーは全身から血と汗を垂らしてそれでも決して折れずに立ち続ける。
自分の命などとうの昔に捨てていた。
あの日……一思いに振り切ることの出来なかった一太刀を悔いていた。
その思いを抱え自身の腹を裂いて死んだはずが新たなる生を得た。
そしてもう一度、今一度……主の為に命を賭す機会を得られたのだ。
「もう後悔などしない」
身を起しクベーは長剣を構えた。
「死んでも誰も通さん」
それが彼の全てだった。
(C) 甲斐八雲




