其の拾壱
「ええい! あのような罠にかかる馬鹿も居れば、次は大トカゲだと ?一体全体儂らは何と戦っていると言うのだ! 人であろう! シャーマンや憎き武蔵の子であろう!」
手当たり次第に八つ当たりをして、肩を怒らせた彼はぎらついた視線を部下に向けた。
「面倒臭いことは終いじゃ! 全員で岩山の背後から舞台を襲い巫女を殺せ!」
「はっ」
下された命令を受諾し、部下である彼は静かにその場を離れた。
一人残った老人……デンシチは、地面に転がっている椅子を蹴った。
「あの男は信用ならんのだ。どうもこうも……ああっ!」
また癇癪を起し暴れた彼は、力尽きてドカリと地面の上に座った。
「失礼します」
「何じゃ!」
「……はい。部下の方から飲み物を届けるようにと」
恐る恐る入って来た女に目を向けたデンシチは微かに見開いた。
美しく胸も豊かなその姿に、年甲斐もなく興奮したのだ。
「持って参れ」
「はい」
静々と歩いて来た女性がグラスを手渡そうとするのを、老人はガシッとその手を掴んで自身の方へと引き寄せた。
「……お止めください」
「悪く無い」
「……」
顔を伏して頬を赤らめる相手に老人は卑下た笑みを浮かべる。
「儂を暗殺しようとでもしたのか?」
「……何を?」
怯えたように顔を伏す女性を、老人とは思えない力でデンシチは彼女を組み伏す。
「儂の部下であれば誰もが知っている。儂は他人が運んで来た物は決して口にしないとな」
「……」
暴れる女の上に跨り、デンシチはガッとその豊かな胸を掴んだ。
「痛いっ! お止めくださいっ!」
「まだ演じるか!」
「私は本当にっ!」
パンと頬を叩かれ女性は黙る。
それを見て薄っすらと笑ったデンシチは、何度か左右の掌を女性の顔で往復させる。
「お止め……ください」
「ようも耐える。馬鹿なのか?」
クククと笑い老人は組み敷いている女性の服に手を掛けた。
乱暴に毟り取れば、形の良い豊かな胸がこぼれ出た。
「暗殺など考えずに儂の所に来ておければ……存分に可愛がったものを」
「お許しを……」
「許すだと? 儂の命を狙う者は誰一人として許さん」
老人は笑い、抵抗する力を失った女性の股を開く。
暴力を振るうことで、何より命のやり取りをする戦場と言うこともあって……久しく忘れていた興奮を自身の息子が思い出していた。
若かかりし頃には遠く及ばない息子を掴み出し、無抵抗の女の中へと突き入れて行く。
痛いほどにキツイ女の中に満足し、老人は腰を振る。
「中々の具合の良さであるな。若い頃に出会っていれば寵愛しておったぞ」
「……」
されるがまま。なされるがままで、女性は老人の行為を受け入れ続ける。
「おお……これはっ」
「……」
自分の中に広がる物を感じ、ようやく女性はその表情を変えた。
笑ったのだ。
それに気づいた老人は訝しむような目を相手に向けた。
「何故笑う? これから死ぬ身であるお前が?」
「……命なんてここに来るまでに捨てて来たわ」
「なに?」
さっきまでの弱々しい口調など消え、女性……マリルはこみ上げて来る感情に笑みを浮かべる。
「私は今から死ぬのよ。この体全てが毒だから……毒の器を相手に腰を振った貴方ももう終わり」
「何を?」
言いながらデンシチは胸に苦しさを覚えていた。
慌てて相手から離れれば……老いた自身の息子が傷を負って血を滲ませていた。
「何をした?」
「私の中に刃を仕込んだ。砕いたガラスの粉よ。痛いぐらいに気持ちが良かったでしょう?」
「狂っておるのか? ぐっ……ぐふっ」
言いようの無い苦しさに胸を押さえ、デンシチはその場から逃げようと地面を這う。
もう立ち上がる力も残っていないマリルは、そんな老人を静かに見つめるしか出来なかった。
「悔しいな。この手でとどめを刺したかった」
「なら手を貸そう」
「えっ?」
そっと抱き起されてマリルは相手を見た。どこかミキに似た雰囲気を持つ男だ。
彼は黙ってマリルを支えると、逃れようと地面を這う老人の背を踏んだ。
「手を」
「はい」
言われるがまま手を動かし、相手が握らせるものを必死に掴む。
握力など失った手を……彼が包むように抑えてくれる。
「そのまま下に」
「はい」
僅かに力を込めたら何かを突き破る感触がした。そして弱々しい悲鳴が聞こえた。
「老人は死んだぞ」
「そう」
全身に毒が回りきりもう自身の目では何も消えないマリルは、そっと息を吐いた。
「貴方、は?」
「ミツ……柳生十兵衛三厳だ」
「そう」
全身から力の抜けた女性を抱いて、ミツは相手の顔を見た。
美しかったであろうその顔は傷つき腫れていてが、それでも何処か誇らしげに笑っていた。
「ようやく……できた。ふくしゅう……みんなのうらみを」
「そうか」
「ありがとう。てつだってくれて」
「ああ」
柔らかくマリルは笑う。
「ありがとう。レシア、ミキ……」
燃え尽きたのか女性の全身から力が失われ、彼女の人生が終わるのをミツは看取った。
「大将?」
「何だ?」
「どうします?」
忍び込み金品を物色していた二人であったが……ミツは死した女性を地面へと降ろすと、その手を胸の上で組ませて近くにあった布を被せた。
「どうします?」
「決まっているだろう」
静かだが恐ろしい気配を放って、ミツは腰の物に手を置いた。
「こんな娘が命を賭して戦っているんだ。これで何もしなければただの屑だ」
「そうなりますね」
ひょいと自身の武器を手にしてゴンも笑う。
「傾奇者の流儀を見せてやろうじゃないか」
「なら競争ですね?」
「ああ」
笑いミツも剣を抜いた。
「勝負だ。殺した数だけ自慢しろ」
「わっかりました!」
二匹の野獣が敵陣の中に放たれた。
(C) 甲斐八雲




