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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
聖地編 後章『いずれまた逢う時まで』

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其の陸

「なるほど」


 北部から来たと言う交渉役の言葉に、ファーズンの右翼を預かる将軍は何度も頷き返していた。

 相手の老人はとにかく当たりが柔らかく、丁寧に自分たちがどれ程無力で戦う力を持っていないのか説いて来る。聞けば聞くほど北部を攻める価値はあっても戦いにすらならないと判断できる。

 よって彼らは闘うことを放棄し、こうして交渉人を派遣し実質の降伏を願い出ているのだ。


「だが私には決定権はない。上に報告するが……期待しているような返事は得られないかもしれんぞ?」

「ええ。その時は貴方たちの王の足にすがり付いて降伏を願うまでのことです」

「そこまでして生きたいか? 老人よ?」

「ええ。生きたいです。老い先短いと知るほどに一日でも長く生きたいと願う。あさましくはございますがこれが人の本性でしょう」

「そうだな」


 納得し、老人が持って来た酒を飲む。

 不思議な味のする酒であるが、北部で流行っている新種のブドウを使った物らしい。


「癖はあるが甘くて良いな」

「ええ。北部を手に入れればそのワインはいくらでも手にすることが出来ます」

「うむ。これはデンシチ殿に願い出て、ワインを作る者たちは殺さぬように進言せねばな」


 上機嫌に笑う指揮官に、老人は静かに頷く。


「時に将軍殿」

「何かね?」

「はい。実は我々は、あの地にて籠城している者たちに食糧を渡すことで内部の情報を多く掴んでおります」

「……本当か?」

「はい」


 顔色一つ変えずに老人……ホルムは将軍との距離を詰める。


「あの敵陣は正面からしか突破できません」

「らしいな」


 手渡された簡易的な地図から将軍もその事実を知っていた。

 敵陣の両翼には岩山が存在していて攻略は難解なのだ。


「ですが敵は、万が一中央を突破された時を考えその岩山に細工をしているのです」

「細工と?」

「はい。敵が中に入って来たら岩山を崩し中央の舞台ごと石で覆い潰す策です」

「何と!」


 驚き将軍は部下に報告書を書かせる。

 これだけでも手柄の少なそうな今回の戦いでちょっとした手柄になるはずだ。


「ですが我々はその細工の場所を知っています」

「うむ」

「取り付けを逆にすれば岩山は舞台にではなく外へと崩れ、大きな穴が開くのです」

「なるほどな」


 それならば中央以外の場所から兵を差し向けることが出来る。

 出来るのだが……これが敵の罠でない保証はない。


「罠であろう?」

「可能性はございます。ですが私の部下が左翼の将軍殿にも同じことを伝えている頃です」

「なに?」

「左翼が動き岩山を崩して中央よりも早くに舞台を制圧したならば」

「余計なことをっ!」


 自分だけが知っていれば良かった情報も左翼の指揮官に伝わってしまえば話が変わる。

 これで完全に早い者勝ちの構図になってしまった。


「何故向こうに告げた!」

「はい。私たちとしては、ここで功を上げて生き永らえる糧としたいからです。正直に申し上げて……右翼と左翼。どちらが先に中央を落とすことなど意味をなさない。私たちに必要なのは速さでは無く、あくまで勝利に対してどれほどの恩を売ったかなのです」

「恩と?」

「はい」


 腰を折りホルムは大きく頷く。


「どちらかではなく、どれほど……それが私たちがこの戦いに求める勝利条件でしょう。さすればファーズン王も私たちを評価し、国とは言いません。私たちを生かしてくれるはずです」

「なるほどな」


 弱者故の必死さ。

 それが痛いほどに伝わり、何より競争となったこともあって指揮官から冷静さが失われて行く。


「本当に岩山を外に崩せるのだな?」

「はい」

「……分かった。ならばお前も一緒に来い」


 せめてもの予防線として指揮官はそう告げる。


「嘘で無いのであれば一緒に来れるであろう?」

「はい。同行することで私の言葉が真実であると証明しましょう」


 深く深く頷き、ホルムは笑う。

 最初から命を捨てての交渉だ。相手を誘い出した時点で彼の勝利は確実となっていた。




「やはりマリルとホルムが敵の中に入って行ったか」

「ええ。ホルム様は右翼に敵を誘い込んで一緒に吹き飛ぶと」

「迷いが無さ過ぎて困るよ。本当に」


 レシアの育ての親の一人である老人は、最初からこの場所で死ぬと決めてやって来ていた。

 だからこそ敵も必死の彼の嘘に騙されることだろう。命がけの嘘を見抜ける者がファーズンに居るとは思えない。

 それがミキが下した結論だ。


「マリルさんの方は、『酒に毒を仕込んでおく』とカムートがそう言ってるのを聞いたそうです」

「あれの狙いは最初から一人だ。敵の中に紛れないと殺しようも無いが……」


 遠くで地面の上に伸びているカムートをミキは見た。

 彼が枯れて行くたびに艶々と輝くマリルを見て恐ろしくもなった。やはり女は怖い生き物らしい。


「アイツなら復讐を果たしてケロッと帰って来そうだな?」

「ええ。ですからカムートにも長生きして貰わないと」


 クスクスと笑い兄のアムートがそんなことを言う。

 話し相手を務めてくれている彼とて妻と子供を置いて来ている身だ。


「お前も出来るなら生き残れ」

「ええ。ですがたぶん難しいでしょうね」

「ああ。確かにな」


 ミキとて自身が生き残れるかどうかなど分からない。

 分かってなどいないが……それでも勝ちだけは必ず拾うと誓ったのだ。




 舞台に立つレシアがゆっくりと空を見上げた。


 この日の為に作られたグリラの白い毛皮であつらえた衣装を身に纏って、聖獣たちから貰い受けた至宝を輝かせ……巫女たる彼女が踊りだす。


 周りにいる数少ないシャーマンたちが各々音を発し、そして始まった。




(C) 甲斐八雲

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