表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
聖地編 前章『彼が呼ぶのなら』
441/478

其の拾漆

「大将?」

「……ん」

「行かないんですか?」


 ひょいと顔を覗かせた男に向かい、彼は空になった木製のカップを投げつける。

 飛んで来た物を片手で受け取り、彼……ゴンは笑いながら部屋の中へと入って来た。


「行かないんですか?」

「俺が行くような男に見えるか?」

「まあ……今の様子ですと無理ですね」


 ケラケラと笑い、ゴンは手にしたカップを相手に放り投げる。

 受け取った人物……ミツは、置き場に困り隣で尻を出し寝ている女の背に置いた。


「あぁん……もう無理」

「良いから寝てろ」

「は~い」


 甘い声を発して眠る女からミツは視線を戻す。

 食い入るように相手が女の尻を見ていた。


「自分の女が居るだろう?」

「言っても良い女は全部大将が連れて行きますから」

「人聞きの悪い。勝手に寄って来るだけだ」

「へいへい」


 やっかみを含んだいい加減な返事をし、ゴンは頭を掻く。


 女たちが自分たちを見たらどっちを選ぶかなど決まっている。

 主従関係がはっきりと見えるのだから、良い生活を送れるなら主に尻を振るものだ。


 愚痴を言っても仕方ないので、ゴンは話を戻すことにした。


「で、行かないんですか?」

「……行きたいのか?」

「俺っちはどっちでも。まあ行きたい気持ちの方がちょっとばかり勝ってますがね」

「そうか」


 頷き、ミツは顎回りの無精ひげを擦る。


「行きたいのなら一人で行け」

「冷たい言葉だわ~。大将の人間性を疑います」


 あからさまに衝撃を受けたかのようにゴンが体を斜めにする。

 しばらくその姿勢を維持していたが、言葉の追加が無いので元に戻した。


「本当に行かないんですか?」

「ああ」


 やる気のない声を出しミツは頷く。


「俺はどうも聖地と言う場所を信用していない」

「何でまた?」

「……きっと今頃あれも気づいているはずだ」

「何をです?」


 グイグイと詰めて来る相手の言葉にミツは呆れた。


「……お前のその先を急がす口調はどうにかならんのか?」

「大将がもったいぶるのがいけないんですって。言いたいことがあるならスパッと言ってな」

「堪え性の無い」


 息を吐きミツは軽く頭を掻く。


「あの場には居るはずなのだ。シャーマンの"長老"たちがな。だが一度も姿を現さなかった。だから俺はあそこを信じられなくなって出た」

「そんなん……大将が見えなかったん違います?」

「……」


 何気なく言われた言葉にミツの表情が渋面になる。


「あの不思議な……巫女さんでしたか? あの子は違うモノが見えるとミキの奴も言いてましたしね」

「それにしても呼んでおいて顔を出さない者たちは信用出来ん」


 正論ではあるが、どこか苦し気だ。

 軽く頭を掻いてゴンは口を開いた。


「行かないんですか?」

「くどい」

「そうですか」


 頑なになっている相手は行きそうにない。

 ゴンとすればたぶんこれが最後の大戦な気がして……出来れば行きたい。


「まあ大将が行きたくない言うなら仕方ないです」

「……」

「ただまあ……傾奇者とは程遠い行いですけどね」

「なに?」


 相手が一番気にする単語を出し、ゴンは煽る。


「自分が知ってる傾奇者なら、きっと喜んで出向いて大いに楽しむだろうと……でも仕方ないです。大将が行かん言うなら俺っちは一人で行って楽しんで来ます。留守の間は宜しゅうに」


 ヒラヒラと手を振りクルッと相手に背を向ける。

 これで相手が動かなければそれまでだが……。


「待てゴン」

「はいな?」

「楽しむだと?」

「はいな」


 振り返りゴンは軽く笑う。


「戦うのもそうですが、大軍が動いているってことは金目の物も仰山動いてます。それを横からかすめ取ってついでに暴れて遊ぶ。これが傾奇者じゃなくて何を傾奇者と?」

「……そうか。その考えがあったな」


 笑い立ち上がったミツは、軽く首を鳴らす。


「大将」

「何だ?」

「行かないんですか?」

「そうだな。行って傾奇のも悪くないか」


 ニヤリと笑ってミツは寝ている女の尻を軽く蹴る。


「うぅん? なあに……旦那様?」

「出かけるから全員起こして仕度しろ」

「ん~。何処に?」


 眠気眼で身を起こした女に、しゃがんだミツが顔を向ける。


戦場(いくさば)だ」




「儂かと思っていたのか?」

「『長』とか『老』とか呼ばれてますからね」

「確かにな。だが儂らには名前が無い。その都合老いた生き字引を"長老"と呼んでいるだけさ」


 老女の姿となっている狼と話しながら、ミキは歩いていた。

 フラフラと彷徨うように花束を抱えた妻は好きにさせておく。


 カロンはマリルにも馴染んだ様子で、今頃二人並んで泉で浮いているはずだ。


「それで聖地の長老とやらは?」

「見えんか?」

「見えません」

「この聖地に来てからずっとお前たちの傍に居て見ておるぞ」


 笑う老女にミキは気付いた。


「見えないのですね」

「その通り。だが一人だけ見えておるのが居るだろう?」

「あれは特別ですから」


 普段から見えすぎるから気にしない妻だ。

 居て当然だとすら思っている節がある。


「ではシャーマンの長老とは?」

「聖地で生きて死んで行ったシャーマンたちの成れの果てだよ」


 言葉を区切り老女は進行方向の石を見る。


「巫女が旅立ちミツに逃げられ……聖地で暮らしていたシャーマンたちの大半が絶望を抱いた。大半がここを出てセキショを通り西へ向かってシャーマン狩りにあったと聞く。残った者も多くは絶望してな」


 辿り着いた先は墓石に見える。

 磨かれた石には何も刻まれていないが、墓所特有の静謐さを感じた。


「頑張って生きていれば……今代の巫女に会えただろうにな」

「そうですね」


 墓石のような石の周りには積み上げられた人骨が並んでいる。

 埋めなかったのは……近くに埋められる場所が無かったからか。


「正直辛い戦いになるだろうな」

「ええ。でも覚悟の上です」


 妻が置いた花束を見つめ、ミキは静かに手を合わせる。


「ただ……自分は吉岡に勝った武蔵の子ですから。負けませんよ」




(C) 甲斐八雲

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ