其の拾参
「儂らに手伝えと?」
「ああ」
「もう十分に手は貸しているはずだよ」
機嫌が悪そうに『長』と呼ばれる老婆が鼻を鳴らす。
マガミに属する若い個体は積極的にミキたちに手を貸しているのは事実だ。それでも足らない。
「舞台の左右を覆うこの岩山の外側に穴を掘りたい」
「そんな物を掘ってどうする? 落とし穴など大して役にも立つまい」
「穴を掘って油を仕掛けて全て焼く」
「……」
ミキの言葉に老婆がきつく鋭い視線を向ける。
「正面にも穴と柵を作り敵の行く手を阻む。こちらには射手を配置して矢を射る予定だ」
「それを作るのに手を貸せと?」
「ああ」
「……」
値踏みするかのような目にミキは平然と佇む。
どっちにしろ彼としては『頼む』以外の選択肢が無いのだ。
「見返りは?」
「無いな。強いて言えば封印しているモノが外に出ないぐらいだ」
「ならさっさと呼び覚まし封印してしまえば良い」
「それが出来ない理由ぐらい知っているだろう?」
「……」
沈黙の肯定と捉えミキは敢えて言葉を続ける。
「俺も最初はそれを考えていた。しかし出来ない。星の巡りが関係しているとは知らなかった。敵であるファーズンはそれを知っていた。だから向こうは開戦日を指定して来たのだ。丁度星が良い塩梅に巡り一番封印が弱くなる頃を狙ってな」
「ふん。面白く無いね」
つまらなそうに言い老婆はまた鼻を鳴らす。
「見返りは渡せないな。だが手を貸して欲しい」
「強欲だね」
「ああ。知らない間にこの大陸に住まう者たちの命を預かってしまったからな。欲も出る」
「……まあ良い。協力したい者は好きに手伝うと良い。儂が言えるのはそこまでさ」
「十分です。ありがとうございます」
一礼するミキに、老婆はもう終わったとばかりにシッシッと払うように手を振る。
「誰も協力しなくても怒るんじゃないよ」
「ええ。その点は大丈夫です」
「ほう」
「俺の妻は……巻き込むことに関しても天才的ですから」
事実レシアの大号令の下、大半の狼たちが穴掘りなどに手を貸してくれた。
「王! ウルラー王よ!」
「聞こえておる。イマーム」
謁見の間に逃げ込んで来ていた王は、追いついて来た厄介者の声に頭痛を覚えた。
今直ぐにでも出陣したいのであろう彼は鎧姿のままだ。
「王よ。ご命令を」
「……」
「王よ」
臣下の礼は何処に行ったのかと聞きたくなるほど遠慮が無い。
彼の性格を慮れば仕方の無いことではあるが、砂のアフリズム王である彼は素直に命ぜられないのだ。
「分かっておろう? 今我が国は腐敗との戦いの最中だ。国内が不安定なこの状況で大軍を動かすことは出来ない」
「分かっています国王」
「……なに?」
ウルラーは自分の耳を疑った。
目の前の人物は現状を把握しそれでも出撃したいと言っているらしい。
「大軍を成す兵は動かせない。だったら我が手勢のみで向かいましょう。そちらの方が動きやすく丁度良い」
「……5百ほどだぞ?」
「十分に御座いましょう」
胸を張る部下に王は心底呆れ果てた。
「敵は1万に届くとも、それ以上とも言われておるぞ?」
「な~に。一人が十人も斬れば後は自分が全て斬り捨てますともっ!」
とんでもないことを言って来る千人斬りの称号を持つ男に、ウルラーは深く息を吐いた。
「生きて帰れぬかもしれんぞ?」
「構いません。彼の言葉が事実なら……自分は喜んで向かいましょう」
「……」
本来なら全軍を出すべきなのだ。
彼の言葉が正しいのであれば、この戦いが負ければこの大陸から人が居なくなる。
本来なら内乱など止めて向かうべきなのだが。
「イマームよ」
「はっ」
「内乱の鎮圧続きで休んで居ないだろう?」
「何々……もう一戦ぐらい」
「ならん。家に帰り十分に休んで家族と過ごせ。無論部下や兵たちもだ」
「……」
玉座に座りウルラー王は柔らかく笑う。
「一つ間違えれば、お主の子供たちは父親を失うのだ。本来ならばそうしないようにするのが我の務めであるが……今回ばかりはそうも言えん」
「ならば?」
「ああ。兵站が整い次第手勢を率いて彼の元へと向かえ」
「はっ!」
深く礼をしイマームは謁見の間を後にする。
一人残ったウルラーは何とも言えずに頭を振った。
「我が王」
「おお。イースリーよ。何があった?」
「はい」
控えめなドレスに身を包んだ王妃を、ウルラーは優しく向かい入れる。
「鳥小屋の鳥たちが全て飛び立ちました」
「そうか」
「ですが終わればまた戻って来ると」
イースリーはそう言って玉座に座る王の横に立つ。
『巫女の元へ向かいます』と告げたシャーマンたちは、護衛を連れて先に旅立って行った。それを止めることは王妃には出来ない。彼女たちが本来仕えるべきは王では無く巫女だからだ。
「激しい戦いになるのだろうな」
「はい」
そっとひじ掛けに乗せている腕を掴む彼女の手が震えている。
この砂の国で好き放題やって行った二人が、まさか大陸の命運を握ることになるとは露ほど思っていなかった。
「だが何だろうな」
「えっ?」
笑い王は妻を抱き寄せ膝の上に乗せる。
周りに誰か居ないか目を配り……馬鹿らしくなってイースリーは素直に抱かれた。
「あの二人ならどうにかしてしまう気がするのだ」
「そうですね」
「だから……我は考えてしまう。未来を、な」
「それで良いと思います」
クスッと笑い、王妃は自分の夫を見つめる。
「私たちは私たちの仕事をなさいましょう。未来に向けて」
「そうだな」
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