其の拾弐
「この世の中には、私が理解出来ない不思議が多くて困るわ」
薬作りの日々を過ごしていたマリルは、ボサボサとした髪を掻き上げながら欠伸をする。
ここは味方しか居ないので娼婦を演じる必要も無い。結果として地である自分を晒して暮らしている。
流石に少しは身だしなみには気を付けるよう言うべきか悩むミキだったが、変に絡まれると面倒臭いので彼女の好きにさせることとした。
「何で生きてるの? あの子?」
「そんなに酷いのか?」
「酷いなんて物じゃ無いわよ。伝説的な毒薬の一つ……死人毒の可能性を考えるくらいにね」
呆れながら髪を掻いてマリルは息を吐く。
「何だそれ?」
「名前の通りよ。死人に飲ませたらそのまま生き返るって言う毒。ただし死人のままだから……まあ子供が聞いたら夜一人で出歩けなくなるわ」
「お前もそれを聞かされて震えた一人か」
「煩いっ」
軽く足を振ってミキに蹴りを入れようとするがあっさりとかわされる。
『ふんっ』と鼻を鳴らしてマリルは泉に浮かぶ二人を見た。
「貴方の話を信じれば、周りに居るレジックが助けているんでしょうけど……あれって絶滅したんじゃ無かったの?」
「俺たちが一匹連れていただろう」
「それが最後の一匹かと思ってたわ」
泉中に七色の球体が浮かび、泉の主である聖獣と争っている個体も居る。
見ていると目が眩みそうなほど泉が不思議な色に汚染されているが、その中心ではレシアに抱かれて漂う少女の姿もある。
「レジックの力は大半が誤魔化しだ。たぶんあの子も自分の死期を誤魔化し続けられているのだろうな」
「なら私の『本当はもう死んでいる』って言う見立ては間違いじゃないのね?」
「ああ。お前が医者なら素直にその言葉を信じるがな」
また足が飛んで来たのでミキは回避する。
「薬師は医者を兼ねることが多いのよ。真面目な私はそっちの勉強もしたわ。それに人体の構造を知らなくちゃ相手を殺すのに不都合でしょ? だから最初の頃は腹の中を裂いて色々と学ばせて貰ったわよ」
「……聞きたくも無い話だな」
「良いでしょ? 復讐と学びは私の武器なのよ」
言って笑いマリルは自分の服に手を掛けると脱ぐ。
そして全裸となって手に持つ服をミキに押し付けた。
「それにこの体もね。丁度良いから水浴びして行くわ」
と、迷わず泉に浸かり中心に居る二人の元へ進んで行く。
やれやれと肩を竦めたミキは、預かった服を自分の肩に掛けた。
「妻以外の裸を見ても驚かないのね」
「驚きはするさ。ただ顔に出さないだけだ」
「へ~。そう」
投げやりな声を発し、背後から詰め寄って来たマガミが彼の背中に抱き付く。
その右手がゆっくりとミキの首を捕まえて……動きを止めた。
「酷いわね」
「お互い様だろう」
「私は裏切り者に対してのちょっとした悪戯よ」
「ならこっちは悪戯者へのちょっとした躾だ」
彼の背中に押し付けていた胸を剥し、マガミは自身の鳩尾近くに存在する十手の先端を見た。
抱き付いた瞬間に腰の後ろから抜かれ差し込まれたのだろう。
もしあと少し彼の首を強く握れば……その先端が鳩尾深くに突き入れられたはずだ。
「死なないわよ? それぐらいなら」
「ああ。でも首に掛ける手は離すだろう?」
十手を元に戻しながらミキはマガミを見る。
「振り向いてお前の脳天に十手を振り下ろす。これなら少しは効くだろう?」
「死ぬわよ。頭を割られて」
やれやれと肩を竦める狼も体中に傷が浮かんでいる。
長老と呼ばれる老婆との争いは一方的な暴力で終わったが……あれでこれなら手を抜いたのだろう。
「何よ? 抱く?」
「どうしてそうなる?」
「言って無かったかしら? 私たちは強い男性の子種を得たがる生き物なのよ」
ペロリと唇を舐めてマガミが笑う。
「私は貴方の種を得ると決めたの。手を貸してあげるから最後に寄こしなさいよ」
「……ああ。生き残ってあれが許したらな」
「言ったわね? だったら今から説得よ」
ミキの横を過ぎてマガミも泉に飛び込む。
泉の中心で……傷跡だらけの少女が笑っているから、ミキは止めないことにした。
何だかんだで女衆は心根の優しい者しか居ないからだ。
振り返りしばらく歩いたミキは、足を止めて石に向かに口を開く。
「あまり覗くなご老人」
「カカカ。気づいたか」
色を付けて何も無かった場所に禿頭の老人が姿を現す。
「この場所に入れてやったのだ。これぐらい褒美であろう?」
「だからマリルとマガミを見ていろ」
「ほうほう。妻が身重と知って独占欲が湧いたか?」
無言で振り抜いたミキの十手は空を切る。 ユラッと老人の姿が揺れて消えていたからだ。
「逃げ足の速い」
偶然の正解だったから、また老人を見つけるのは難しい。
捜索を諦めて歩き出したミキはゆっくりと肩越しに背後を見る。
妻たちが楽し気に遊んでいる様子を見ながら……胸の内で笑う。
「独占欲など最初からだ。全く」
そう。あの日……踊る彼女を見て『ずっと見ていたい』と思ったのだ。
だからこそ殺し続けていた自分の本性を晒して舞台に立った。
全ては自分が彼女を欲したからこそ始まったことなのだ。
「だったら奇跡でも起こして勝利を掴み取るさ。そうするしか俺たちに未来はないらしいからな」
(C) 甲斐八雲




