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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
聖地編 前章『彼が呼ぶのなら』

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其の陸

「来たか」

「ああ」

「随分と待たせるね」


 苛立った老婆の姿に……ミキは何となく視線を下に向ける。

 我関せずと言った様子で狼が遠くを見つめていた。


「……この狼が勝手にやったことだ」

「裏切るのっ!」

「知らん。自分で蒔いた種だろうが」


 やれやれと頭を掻いてミキは狼の背から降りる。

 自然と起き上がるように人の姿となったマガミが全裸を晒しながら怒りだした。


「こういう時は普通、女を庇うものでしょう!」

「知らんよ。お前の悪戯でこっちまで何かあってはたまらん」

「ん~!」


 ダンダンダンと地面を蹴ってマガミが拗ねる。

 だが……老婆が向けて来る視線に気づいてクルッと背を向けた。


「全くお前は……本当に殺すよ?」

「あ~も~煩い。さっさとその婆を始末しちゃって」

「先に殺してやろうか?」


 老婆の気配がだいぶ怪しくなったのを感じ、ミキは息を吐いて一歩前に出た。


「時間があるようで無いのでな。こっちの要件を先に済ませたい」

「庇うのか?」

「その気は無い。俺の用が済んだら勝手に殺し合え」

「本当に情け容赦が無いわねっ!」


 勝手に家族の喧嘩に巻き込まれそうになったのだ、ミキとて多少の意地悪はする。

 苦笑し、怒るマガミに視線を向け……ミキはまた歩を進める。


「時間が無いから簡単に済ませたい」

「大きく言うようになってね」

「ああ……言うのはタダだ」


 老婆から少し離れて足を止め、ミキは後ろ腰に差している十手を抜く。

 両の手にそれを持って構えた。


「巫女を護れるのかね?」

「無理だろうさ」

「ほう」


 ニタリと笑い老婆が軽く首を鳴らす。

 人間らしい動作のはずだが……ミキには相手がただの獣に見えた。


「なら死にな」


 一歩踏み込み老婆が消える。

 ミキは山勘をはって咄嗟に体を斜めに向ける。


 胸に何か軽く触れたが……命まで取られることはなかった。


「これが狼の歩法さね」

「速いな」

「ああ。でもただ速く前に向かって歩いているだけだよ」


 背後から聞こえる声にミキは振り返りもせずに会話を続ける。


「だがシャーマンの……レシアの使う御業は速いだけじゃない」

「その通りだよ。お前に避けられるかね?」


 首元に何かが触れたが、ミキは命を絶たれること無く立っていた。

 また彼の前に来た老婆は自分の手を見つめてニタリと笑う。


「避けたのかね?」

「偶然だ」

「そうかい。偶然かいっ!」


 老婆が消えてミキの目の前に姿を現す。

 しかしミキの十手は動かない。

 何かを狙っている様子は手に取るように解るが……だからこそ老婆は判断に迷った。


「何もせずに殺されるのかい?」

「少しはしているさ」

「ん?」

「良いから掛かって来い」


 スッと十手を眼前に構え、ミキは静かに視線を老婆に向ける。

 意味ありげな彼の様子に一瞬迷いはしたが、老婆はゆるりと歩きそして姿を消す。


 ミキが体を投げ出すように左へ飛んで受け身をして立ち上がる。

 空振りをした老婆の手が、立ち止まった彼女が……驚いた様子でミキを見つめた。


「今のも偶然かい?」

「今のは確信に近づいた偶然だ。もう一度来い。次で確信に変わる」

「そうかい」


 ニヤリと笑い老婆がミキを無視するように前へと歩き姿を消す。

 静かに迂回し……老婆はミキの背後からその背を狙う。

 しかし彼は眼前に十手を構えながら決して老婆に背を向けない。

 数度仕掛けようとして、老婆は諦め姿を出した。


「確信を得たのかい?」

「ああ。どうにかな」


 苦笑し、十手を腰の後ろへと戻したミキは自分の頭を掻く。


「どうも俺の妻は本物の化け物らしいな。これを複数相手にやっているのか?」

「そうだよ。こっちだってお前一人に使うので精いっぱいだ」


 やれやれと首を竦めて老婆は自分の肩を揉む。

 チラリとマガミに視線を向けると、彼女は薄く笑ってみせた。


「私の目には全部見えてたわよ。そこの婆がコソコソと足を動かして貴方を狙う姿がね」

「いい加減に口の利き方をその身に叩きこんでやろうかね?」


 老婆の睨みにマガミは舌を出して拒絶する。

 どうやら筋金入りで仲が悪いらしい。


「で、小僧。御業はどんな物だと思った?」

「何と言えば良いのか……たぶんちょっとしたズレじゃ無いのか?」

「ズレね。言い得て妙だね」


 ニタリと笑い老婆は口を開く。


「人の目……左右の目は互いに仕事をしている。でも両目は御覧の通り少し離れているだろう? その少しの間に僅かながらの『ズレ』が生じる。シャーマンは自然の力を借りてその僅かなズレの中に姿を隠すんじゃよ」


 やれやれと老婆は頭を掻いた。

 ミキとて同じ心境だ。カラクリを知れば知るほどレシアの常識外れの実力に驚かされる。


「巫女はたぶん初代様より秀でた力の持ち主なのだろうね」

「力だけはな」

「……夫であるお前がそれを言うな」

「夫だから言いたくなるんだ」


 ある程度ミキは諦めている。

 自分がちゃんと面倒を見れば、レシアは多少問題が多いぐらいで済むはずだ。

 ただあれを野放しにするのは……何と言うか世間様に対して申し訳が立たない気になる。


「どうやら俺は、レシアより長生きしなければいけないらしいな」

「ふむ。あれは自然に愛され過ぎておるから長く生きるぞ?」

「……頑張って長生きするさ」


 老婆はその言葉にまた笑うと、彼の『共に生きていく』という言葉を否定しない。

 つまりそれは巫女の傍に居ても良いと言うことなのだろう……そう受け取り、ミキは歩き出した。


「帰るの?」


 マガミの前で立ち止まったミキは、そっと彼女の肩に手を置いた。


「何を言う」

「えっ?」

「次はお前の番だ」


 言い放ってミキは彼女の背後へ回りその背を押してやる。

 たたらを踏んで前へと出たマガミは……凶悪な気配を見せる老婆と顔を合わせた。


「こっちは殺してしまっても良い存在だね」

「……」


 やる気満々の老婆の気配を感じつつ、マガミは肩越しにミキを睨みつけるが……彼は近くの石を椅子にして腰かけた。


「見届けてやる。骨も拾ってやる。たまにはよく話し合うと良いぞ」

「そうだねこの馬鹿娘……殴り合おう(はなしあおう)か」

「良いわよ。分かったわよ!」


 覚悟を決めてマガミは老婆を見た。


「アンタの人生を今ここで終わらせてやるっ!」


 壮絶な狼の殴り合い(はなしあい)を……ミキはしばらく眺めることとなった。




(C) 甲斐八雲

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