其の拾参
四日に一度のペースに変更します。
番えていた矢を外し、弓を降ろしていた者たちはそれを見た。
二刀を振るっていた若者が一刀を戻し、両手で構えた武器を大きく振るう。
だが空振りしたのか切っ先は石畳を打つのみだ。
しかしショーグンは動かない。
棒立ちしている相手を目の前にして動かない。
何が起きたのか誰も理解出来ず、ただゆっくりと動き出したショーグンを目で追う。
違和感に気づいたのは鎖を持つ者だ。
戦闘奴隷が逃げ出さないように拘束具には鎖が結ばれている。
それは両腕と両足それに腰にまで通され、鎖を引き寄せることで奴隷の動きを封じる。
だが今回は野外と言うこともあり長めに鎖を準備したが……ショーグンが動いても鎖が全く動かない。
慌てて鎖を引き寄せれば、断たれた先端を暴れさせて手の中に戻って来た。
「大変だ! 鎖が切れているぞ!」
叫び声に周りの者が慌てて弓と矢を準備する。
だが広場の中心で戦っていた二人はもう準備を終えていた。
屈んで石を拾い集めた巨躯の男が、その筋力に物を言わせて兵たちに投げつける。
ミキも懐から投げナイフを取り出して投げつけた。
一瞬にして状況が激変した。
共食いをさせて討伐するはずだった安易な企みは、共闘と言う最悪な結果となったのだ。
飛び交う石によって矢を放てず、顔を覗かせればナイフが飛んで来る。
物陰に身を潜まして相手の攻撃が止まるのを待つと、不意に静かになった。
恐る恐る顔を覗かせれば……広場に居た二人が姿を消していた。
「道は分かるのか?」
「案内は居る」
「……あれか?」
「気持ちは分かるが……まあ道案内ぐらい出来るだろう」
前を行く七色の球体を追う二人は、時折荷物を引き倒しては追っ手の妨害を作る。
後のことなど考えずに力任せに物を引き倒しては、二人は我武者羅に走り続けるのだ。
「ここを抜け出してから何か考えはあるのか?」
「生憎と育ちは大陸の東部だ。ファーズンも初めて来た」
「なら王都を抜けたら東に向かおう」
「理由は?」
「良くは知らん。だが西部では『ファーズンに逆らうなら東へ行け』と言われている」
「納得した」
たぶんファーズンに抗っている場所へ向かえということだろうと、ミキは理解した。
「お前の連れはどうした? 隣に可愛いのが居ただろう?」
「たぶん逃げていると思うんだが……あれの考えは俺でも分からん」
「何だそれは?」
「アイツはシャーマンだよ」
「……本当か?」
「嘘をついてどうなる」
横合いから飛び出して来た男を回避し、後ろを走るショーグンが胴体を掴んで投げ捨てる。
どれほど鍛えればあのような力が出せるのか……ミキは少し羨ましくなった。
「シャーマンなら色を持っているだろう?」
「ああ。白だ」
「……本当だな?」
再度の念押しにミキは軽く肩を竦めた。
「くどい。それに聖地に立ち寄って、あれが『巫女』だと呼ばれるほどの実力者であることは実証済みだ。頭の中は薄めだが実力だけなら本物だ」
「そうか。それで襲われてお前が引きつけたんだな?」
「そう言うことだ」
走り続けるミキに七色の球体が一瞬止まって回りだす。
『たぶんこっち』と言いたげに飛んで行く姿を見て……もう少し頼りになる仲間が欲しいとミキは思った。
「なあ? ……名前は何だ?」
「ミキで良い。ショーグン」
「ならばミキよ」
「何だ」
「……俺は復讐がしたい」
走りながらミキは肩越しに背後をチラリと見やると、真剣な眼差しで巨躯の男が目を向けていた。
「理由は?」
「故郷を消された」
「それだけとは思えん顔をしていたが?」
「……家族を惨殺された」
静かな声音だが、ミキは背後から漂う恐ろしい気配に冷や汗を浮かべる。
振り返るのが怖くなるほどショーグンの怒気は尋常では無かった。
「妻は嬲り者にされ、一人娘はセイジュに殺された」
「……」
「武器など持ったことの無い少女の手に剣を縛り付けて、『それで私に一太刀でも入れられれば母親を助けよう』とか言ってな。あの子はその言葉を信じて力尽きるまで剣を振るった」
「そうか」
「力尽きて動けなくなったあの子を……あの女は」
復讐するには十分な理由だ。
それだけのことをされた父親が命を懸けるには十分過ぎる。
「お前もそうだが、どうも今回はヨシオカに家族を殺された者が集まるな。何の因果だ?」
「知らんよ。俺はただ復讐がしたいだけだ」
「そうか」
一度足を止めてミキはゆっくりと振り返る。
その場所から逃げるように駆けていたが、ファーズンの王城にはセイジュとデンシチが居るはずなのだ。
すぅっと肺に息を取り込み、ミキはその城に向かい声を上げた。
「我が名は宮本! シャーマンの巫女と東で待つ! 用があるなら掛かって来い!」
腹の底から発した声に辺りの空気が震えた。
聞こえやしないだろうと思っての行為であったが……反応するかのようにそれが起きた。
城から黒い煙が立ち昇り人の形となる。
若そうに見える男性の姿となって……それが笑う。
「宣戦布告として承ろう」
「何者だ?」
「クックックッ……天草四郎と申す。お前とお前の妻を殺しに行く者だ」
「そうか。なら迎え撃ってやる」
「それはそれは恐ろしい」
巨大な人の形が笑う。
幻術の類かと思いながらも……果心居士を知るミキは何となく理解した。
「巫女を殺せばこの大陸は私の手中に収まる。後は一方的な虐殺となろう」
「ふざけるな。お前が思っているよりも人は強いぞ?」
「クックックッ……人が強いと申すか? ならば試してくれようぞ」
巨大な人は腕を広げて口を開く。
「三か月後にあの忌々しい壁へ全軍で総攻撃をかける。さあ人間……精々足掻けよ」
笑いながら巨大な人影は霧散し消えて行く。
何が起きたのか理解できない者たちが空を見上げる間を縫って、ミキたちは城の外へと急いだ。
(C) 甲斐八雲
最終章である聖地編ですが…リアルで色々と問題を抱えて執筆が遅れてます。
何より本文がとんでもない量になりそうなので序章と終章に分ける方向に。
最後まで確りと書ききる予定ですが、投稿ペースはどうなるかちょっとわかりません。
剣豪伝らしい終わりを迎えられるように頑張ります。




