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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 弐章『伝えるべきこと』
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其の拾陸

義父(おやじ)殿。これは?」

「知らんのか」

「知ってはおります。ですがなぜこれを自分に?」


 刀の稽古を受けるものだとばかり思っていた彼は、手渡されたそれを見て面食らっていた。だが彼の義父(ちち)は、そんな養子(むすこ)の様子を見て大いに笑う。


「良いか三木之助。宮本の家の者がまず最初に習うのはこれだ」

「これにございますか?」

「そうだ。我が父……新免無二(しんめん むに)より受け継ぎし由緒正しいものなのだぞ」




 キィーンッ!


 響き渡った金属音に……ミキは自分の腕が錆びていないことを感じた。


『これが我が宮本家の基礎にございましたね』


 最近は刀ばかりの鍛錬に勤しんでいた。しかし基本を忘れることは良くないことだと思い出し、ミキは改めて両手に持つ物を確かめた。


 周りの見学者たちから見れば二本の短い鉄の棒だろう。

 会心の一撃を弾かれた代表格の男も同じことを思ったに違いない。


 ただその形状を知る者が見れば一目瞭然だ。

 彼が旅立つ間際……鍛冶場長のハッサンに頼み作って貰ったそれは"十手"だ。


 これまたミキの刀同様に特別な金属が使われている。

『硬い方が良いんだろ?』と言って"オリハルコン"なる黒い金属を使って作られた物だ。

 普通に頼めばとんでもない値になるはずだが……『ハッサン様の最後の仕事だ。持って行け』と無料で譲り受けた。


「腰のこれは使わんさ。代わりに使うのは"鉄の棒"だ」

「ふざけんな!」


 顔を真っ赤にして男たちが一斉に殺到して来た。


 ミキはその様子に慌てることなく対処する。

 扱う物が刃物である以上……斬れる。当たり前だがこれが一番厄介なのだ。

 密集した場所で刃物を、それも長物を使えば、誰もが仲間を怪我させないように気を配る。

 結果として無用な緊張を強いて、動きも固くなり単調になる。


 対するミキの武器は十手だ。打って良し。突いて良し。受けて良しの万能武器なのだ。

 何より十手の鍔元には直角の鉤型が付いている。これは相手の刃を受けて場合によっては折ることすらできる。攻守に優れた近接向きの武器なのだ。


 それでもミキは自分から攻めない。

 時折こちらを見て何故か地団駄を踏んでいる彼女のことを気にしながら、男たちの攻撃を回避し続ける。

 足の運びで。体の動きで。十手での受け流しで……それはさながら舞踏の様にすら見える。


 そんな動きを見せつつも彼は、腰の刀をレシアに預ければ良かったと後悔していた。

 見ている者たちが見入ってしまうほどの動きを見せても尚……彼はまだ動きにくい状態なのだ。


「……何なんだよお前は!」

「言っただろう? 舞台上がりの解放奴隷だよ」

「……本物なのか?」

「ああ。だから人も殺している」


 運動不足か実戦に慣れていないのか、ミキを襲っていた男たちは一人また一人と地面に崩れていく。

 極度の疲労から足が動かなくなっているのだ。

 唯一意地で立っているのは代表格の男のみだ。それだって両足を大きく振るわせて……生まれたばかりの小鹿の様にしか見えない。


 十手を構えたまま足を止めたミキは、そっと辺りに視線を走らせた。

 見られているのは最初から自覚していた。余り手の内を見せるのは良くないが、こちらの実力を見せつけておかなければ……相手はまたこんな茶番を仕掛けてくるかもしれない。

 そこそこ腕の立つ者なら歓迎だが、こうも素人臭い者ばかりでは正直迷惑だ。


「どうする? 続けるか」

「……俺たちには勝てねえよ」

「なら言え。誰に頼まれた?」

「……知らない男さ。お前が連れている女を連れて来いと言って金を渡された」

「邪魔だ邪魔だ。この様な場所で暴れているのはお前たちか!」


 体表格の男の言葉を遮るように、ようやく到着した巡回の兵が割って入って来た。

 ミキは後ろ腰に十手を差し込み……不機嫌そうにこちらを見ている彼女の腕を掴んだ。


「ミキはズルいです。あんな踊り私も初めて見ました」

「……全ての手の内は曝さない主義なんでな」


『だからあれは踊りでは無い』と言っても少女は聞く耳を貸さないだろう。

 それを理解したミキは、あっさりと会話を受け流すことにした。


 兵たちが、疲れて座り込んでいる男たちを捕まえる。そして隊長らしき男がミキの前に来た。


「往来で喧嘩騒ぎをしていた理由を問いたい」

「どうやら俺の連れをどうしても欲している人物が銭を渡して襲わせたそうだ。そうだよな?」

「ああそうだ」

「余計な話をここでするなっ!」


 隊長らしき男は、勝手に会話するミキと代表格に対して声を荒げる。


「余計な話とは心外だ。それにここに居る人たちも事の顛末ぐらい知っておきたいだろう? それにあいつらが暴れ出してずいぶんとゆっくりした到着……その理由も聞きたいものだが?」

「……」


 赤くなった顔が青くなった。

 たぶんこの男は何も知らされていないと判断し、ミキは言葉を続ける。


「俺は旅人だ。このアーチッンはとても平和で穏やかな街だと聞いていたのに残念だ。次に行くシューガラでもこの話をたくさんの旅人に教え、アーチッンに行かないことを勧めよう」

「ぐ……」


 青かった顔が白くなって来た。


 シューガラはブライドン王国の首都だ。

 このような醜態が王都で広がろうものなら……兵たちの働きぶりを監査している近衛兵が動く可能性すらある。


 隊長らしき男は口の端に泡を吹きつつ、グッと堪える様にして頭を下げた。


「……ハインハルへの増援で兵が不足している。遅れたことは素直に詫びる」

「そうか。ならそいつらのことは任せたよ」

「……分かった」


 レシアを連れ、ミキはその場から歩き出した。

 兵たちも素直に道を開ける。これ以上話を大きくされると困るのだろう。

 何より王都から近衛兵に来られるのは余程困ったことになり得るのかもしれない。


 チラリと隣を歩く彼女を見る。

 プンスカ怒っているが、素直に従ってくれているので助かる。


『本当に不幸を招き込むようだな……』と、ミキは内心笑ってしまった。




(C) 甲斐八雲

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