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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
西部編 参章『辿り着いたその場所で』
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其の弐

「物語としたら……ありふれているでしょう?」


 マリーと名乗りを変えているマリルの言葉に、ミキは閉じていた目を開いた。

 何となくつじつまが合った気がして視線を妻に向ける。

 蟹の皮と格闘していた彼女を見たのは、どうやら間違いだったらしい。


「処刑された男の名は?」

「『ナカツ』と呼ばれていたそうよ。詳しくは知らないわ」

「そうか」


 名前の雰囲気としては、自分たちに近しい者である可能性は高い。

 だがそのような名前の者をミキは知らない。自分が死んでから産まれた人材なのかもしれない。


 ただ一つだけ確信を得た。

 西部からどうにか逃げ出し、北部へと渡った者たちをミキは知っていた。

 レシアの母親と彼女を東部まで連れて来た老人だ。


 事前に逃した娘は、因果なことでこの地に戻って来た。

 そう考えるとこの世にも色々と目に見えない何かが存在しているのかもしれない。


 ミキは苦笑して、蟹から海老に攻略対象を変えた妻の頭を撫でた。


「そのナカツと言う人物は本当に殺されたんだな?」

「ええ。大罪人としてしばらく遺体を放置されたそうよ。でもうち捨てられると彼を慕う者たちが丁重に葬ったとも聞いたわ。それを話してくれた人には私がこれでもかとナイフを突き立てたけど」

「最後はどうでも良いな」

「あら酷い。私の願いは敵討ちよ?」

「たぶん手を貸すことになるだろうが、今は大人しくしておけ」

「はいはい」


 渋々と言った様子でマリルも食事に手を伸ばす。

 妻が諦めた蟹の甲羅をあっさりと割ってその中を食べ始めた。


 驚愕の視線を向けたレシアは、口の中から海老の皮を取り出してまた蟹に挑み出した。

 これ以上考えても特に何かが動く気配はないと判断を下し……ミキも食事に手を伸ばすのだった。




「ねえ? そこの人」

「何かね?」

「もしかして……ファーズンの人かしら?」


 月明りの元、宿に向かっていた彼に声をかけて来たのは薄手の衣装をまとった美人だ。

 綺麗な銀髪と整った顔。何より目を向けてしまうのが豊かな胸だ。


「自分は生まれも育ちもファーズンだが?」


 美女の声に鼻の下を伸ばし男が食いつく。

 うふふと笑う美女が歩み寄って来るのを見て、増々興奮し始めた。


「もしかしてヨシオカの関係者?」

「そうだとも。自分は彼らから剣を学んだ」


 嘘ではない。『マゴデシ』と呼ばれる師匠から剣を学んだのだ。


 軽く胸を張って答える彼に、美人が甘えるように抱き付いた。

 と、その白い手が彼の股間に触れる。


「ヨシオカの関係者ってこっちも強いから好きなのよね。どう……私を買ってくれない?」

「うむ。ただ今は少し用があってな」


 彼は雇い主が商談中に忘れ物に気づきそれを取りに戻る途中なのだ。

 出来る限り急いで戻りたいが……目の前の美人も捨てがたい。


 しな垂れかかるように豊かな胸を押し付けて、彼女は耳元に口を寄せた。


「私を興奮させてくれたら……お金なんて要らないわよ? それくらいヨシオカの男なら出来るでしょう?」


 頭の中を蕩けさせる誘惑に男は屈した。

 誘われるように物陰へと連れられ……そして彼女を興奮させるのだった。


 命と引き換えに。




「今朝は殺気だっているな」

「ですね~」


 気楽に朝食を摂る二人と対照的に、マリルは眠そうな目を擦る。

 衛兵らしき者たちが走り回る様子を眺めながら、三人は今日も外の机に陣取っていた。


「ご注文の料理はここで良いのかい?」

「ああ」

「……朝から良く食べるね」


 運んで来た料理を机の上に並べる給仕の女が軽く呆れる。

 普段から海の男を相手をする店だ。料理の量は普通より多い。

 六人前はあろう料理だが実質は十人前はある。

 だが置かれたと同時に嚙り付いたレシアを見て……給仕の女は納得した様子で頷いた。


「まあうちとしては今日は商売が難しそうだから助かるけどね」

「何かあったのか?」

「ええ。何でも夜中に男が殺されたとかで」


 チラリと向けられたミキの視線から視線を外し、マリルは海鮮スープを口へと運ぶ。


「どれもナイフで滅多刺しだそうよ」

「どれも……とは、複数か?」

「ええ。二人だったかしら?」

「……三人よ」


 自分を見つめている彼の視線に屈するように、厄介者(はんにん)が自供した。


「襲われて殺される程度の腕の男も悪いな」


 青年の言葉に給仕の女が苦笑いを浮かべる。


「あたしは職業柄そんな厳しいことは言えないけどね。ただ半年前にも同じようなことがあってね……『今度こそ犯人を捕まえるんだ』と言って朝からあれよ。こうなるとお客さんも厄介事に巻き込まれたくないって宿に引き籠っちゃうしね。今日はもう散々な日になりそうだね」


 力無く首を振る給仕の女に、ミキは料理の代金とは別に少し金を握らせる。


「前にもあったのか?」

「ええ。前の時は二十人くらいかね……殺されたらしいわ」

「二十二人よ」

「お連れさん詳しいのね?」


 これが犯人ですとは言えず、感心して頷く給仕にミキは曖昧な返事をする。


「犯人の目星は?」

「さあね……ただ狙われるのはファーズンの関係者らしいから、たぶんコロルタの生き残りじゃ無いかって言う話は聞いたね。あと美人だったとか言う話も聞いたけどこっちは噂に尾ひれとかついてそうさ」


 軽く胸を張るマリルを睨んでミキは彼女を制した。


「お客さんも気を付けな」

「ああ。なら夜は部屋に籠って静かにすることにするよ」

「若いのに?」


 下世話な笑みを向けて来る給仕に……ミキは軽く頷いた。


「部屋で静かに二人を相手するって意味だ」


 どうやらこの二人は野放しにしない方が良いと、彼は深く深く理解した。




(C) 甲斐八雲

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