其の伍
「一つ聞いても良いか?」
「なに?」
「お前の家族の仇についてだ」
「……」
パチパチと爆ぜる焚火に目を向けていたマリルはミキを見た。
彼らとは違うが、同じ臭いのする青年に食らい目を向ける。
「誰にやられた?」
「デンシチと言う男よ。知ってる?」
「それなりにな」
苦笑してミキは自分の記憶を紐解いた。
間違って居なければ吉岡伝七郎だろう。
兄である清十郎との戦いの後に義父である武蔵が殺した相手だ。
「私を育ててくれた手伝いの老婆が言うには、ヨシオカの重鎮だって」
「……そいつには兄が居ないか?」
「兄? 良くは知らないわ。彼自身が結構な高齢だから」
「そうか」
良く良く思い出せば、死んだ頃が近くてもこちらに渡って来るのに差異が生じている。
家臣であったクベーのことを思い出し、ミキは納得した。
「ならヨシオカの重鎮には彼以外に?」
「セイジュと呼ばれる者が居るそうよ。でもほとんど姿を現さない」
「……」
「あくまで噂だけれどもね……そのセイジュはファーズンにある闘技場の絶対的な王らしいわ。無敗にして必勝の化け物。ヨシオカの馬鹿共がそんなことを教えてくれた」
二の腕を擦り彼女は今にも唾棄しそうな表情を作る。
復讐のためとは言え家族の仇に肌を触れられることが……普通に考えて許せる訳が無い。
「悪いことを聞いた」
「良いのよ。貴方もヨシオカに恨みがあるのでしょう?」
「俺には無いな」
「……そうなの?」
驚いた様子で彼女が見つめて来る。
苦笑してミキは素直に答えることにした。
「たぶん向こうが俺の義父を恨んでいるはずだ。だから俺を巻き込みたいなら『ミヤモトの息子がヨシオカの首を狙っている』とか言って広めれば巻き込めるぞ?」
「そんなことして良いの?」
「出来るなら勘弁して欲しいが」
チラリと水場の方角に目を向けてミキは息を吐いた。
「あれは天性の素質を持つ問題児だ。何より厄介事や問題事を呼び寄せる天才でもある。お前が巻き込まなくても向こうから問題がやって来る。だからあまり気にするな」
「そう言われると……こっちは複雑なのだけど?」
「気にするな。たぶんお前と出会ったのもあれが呼び寄せたに違いない」
視線を地面の上に移し、ミキは軽く笑う。
「あれに多少知識を教えて貰えればこっちとしては大助かりだ」
「あら? それは夫婦の営みの類で良いの? 私の知識はそれと毒関係よ?」
「構わんよ。毒は教えても理解出来ないだろうがな」
クスクスと笑ったマリルは、彼がずっとある一点を見つめているので……何となく気づいた。
きっと彼の妻が茂みにでも隠れてこちらの話を伺っているのだろう。そうなると少しからかいたくなって来る。
立ち上がり軽く尻を叩いて……マリルはミキの元へと歩み寄る。
「ねえ」
「何だ?」
「仇の首を狙うまで……私の欲求はどうすれば良いのかしら?」
隣に座りしな垂れかかる。
わざと腕に胸を押し付けて彼の肩に頭を乗せる。
「貴方のような強い人を見ているとちょっと激しく乱れたくなるの」
「それは困るな」
「ええ。でも……あのお嫁さんよりももっと凄く良いことをしてあげられるわ」
「それは少し興味が湧くな」
と、ミキは腕を伸ばしてマリルを背後へと押す。
一瞬身構えたマリルの視界にそれが映った。突然湧いた女性の腕だ。
「そっちを殴ろうとするな」
「むがぁ~! ミキに変なことをしようとする存在は許しませんっ!」
「ならお前もそれだろう?」
「私は良いんです。妻ですから!」
本当の意味で突如湧いたレシアが怒り暴れている。
慣れた様子で立ち上がった彼が抱きしめて制しているのを……マリルは地面に寝転がりながら見つめていた。
「ねえ?」
「どうした?」
「その子……今どこから現れたの?」
「結構前からそこに立ってたぞ」
背後から妻を抱きしめ宥める彼が顎である場所を指し示す。
そこはマリルが何度も視線を向けていた場所だ。居れば気づける。
「居なかったわよ。そこに人なんて」
「居たんだよ。これは人の認識の外に居られる」
「認識の外?」
ガルルと唸っている妻の耳元に彼が口を寄せて何やら言うと、借りて来た猫のようにレシアが静まった。
拘束していた夫の腕が離され自由を得た彼女は、その場でクル来ると回ると不意に消えた。
「嘘ッ!」
飛び起きてマリルは確認する。
四方に目を向けるがレシアは居ない。
「居ない?」
「ように見えるだけだ。実際はたぶん何処かに居る」
「貴方も分からないの?」
「残念ながらな。これのそれを見破ったのは今のところ一人だけらしい」
苦笑しミキは肩を竦める。
「ただ今回はこれが立っていた地面が少し濡れていたんでな。またちゃんと拭かずに来たな?」
「無理を言わないで下さい。髪の毛をあそこで乾かすならこっちでやります」
声がしてマリルが視線を向けると、焚火の前でしゃがんでいる彼女を見つけた。
ずっと前からそこに座って髪の毛を拭いていたような……だが間違い無く彼女の姿は見えなかった。
「何となく貴方の言葉を信じる気になったわ」
「そうか」
「ええ。でも……お馬鹿なのは間違いないわね」
「熱っ! 髪の毛が熱くなってきましたっ!」
残っている髪の水が温まり熱を帯びて来たのに目を回すレシアを見て……マリルはただただ息を吐いた。
(C) 甲斐八雲