其の拾肆
「昨夜は激しかったみたいだな?」
「ああ。全く寝かせてくれなくてな……疲労困憊だよ」
ポロッと言う音が聞こえてきそうなほど疲れ切った彼は、クックマンの正面になる様に座った。
少し遅くなったが朝食には間に合った。
パンとスープに手を伸ばして食事をしていると、プリプリと怒った様子を全身から漂わせ彼女がやって来る。
いつも通りミキの隣に座るが、体と顔を明後日の方へ向けて食事に手を伸ばす。
らしくない二人の様子に……商人は口元に笑みを浮かべた。
「喧嘩か?」
「好きに笑え」
「まあ喧嘩するのは悪いことじゃないさ」
「……よそに女を作って嫁に逃げられた商人の言葉でなければ為になるんだがな」
「怒りをこっちに向けて皮肉を言うなよミキ」
クククと笑っている商人を一睨みして、ミキは食事を再開する。
レシアは食事の時は比較的静かだからいつも通りだ。
言葉に口を動かすのなら、食べることに口を動かす。
「食事をしながら聞いてくれ」
「ん」
「とりあえずこの街では商売はしない。部下も女たちも休ませてググランゼラに向かう」
「女を買うはずの"兵"が居なかったんだろ?」
「言うな」
分かり切っていたことだ。アーチッンからの兵に出会い通り過ぎるのを見送ったのだから。
他に街に住む者を相手に商売をするのも悪くないのかもしれないが、クックマンの現在の商品は大半が"初物"だ。ならばそれを売ることを優先するのが筋だろう。
「宣言した通り三日……いや二日か。その日に旅立つ。ミキたちもついて来るということで良いんだな?」
「ああ。急ぐ旅でも無いし、ググランゼラは数年前に行ったっきりで行ってない。何より……」
「一つ目の巨人だろ?」
パンを齧りながらミキは頷いた。
闘ってみたいと言う気持ちが強い。
相手が巨人である以上、人のみで戦うことは不利でしかない。
それでもこの世界の強者は、巨人との戦いを求めるのだ。
「古くから伝わる"タイタンスレイヤー"の称号か」
「得られるならな」
単身で巨人を屠った者のみが名乗ることを許される称号だ。
それ以外の称号も存在しているが、現在人の身で得られる最高の称号と言っても良い。
他の称号は現在、"不可能"と言われているからだ。
「まあ俺としては出会わないに限るがな」
頭を掻いて商人は本音を呟く。
ミキとてそれは頷ける言葉だ。だが心の奥は……出会い闘うことを望んでいた。
「へぇ~」
「……」
二人はそれを見て足を止めた。
街の人に『どこか良い景色は無いか?』と尋ねて回り辿り着いた場所だ。
水の豊富な街ではあるが……その水源に辿り着いた。
大きな池にたたずむ様に建つ石造りの建物。
王都だったことを証明する王族の住まい……石城だ。
「……! ……!」
「凄いな。石の中に城がある。いや……石を削って城を作ったのか」
元居た世界でも見たことのない城の様子に、ミキは素直に視線を奪われた。
好奇心の塊であるレシアなど両手を激しく上下させて興奮を表している。
ただ昨夜からの喧嘩が尾を引いて、その口をきつく閉じているのが可愛らしい。
「確かにこれは凄いな」
「……!」
近くに在る石に腰かけミキはそれを見る。
相手の行動に気づいたレシアは、急ぎ近づいて来ると彼が座って居る石の上に立った。
その景色はトルコのカッパドキアを彷彿させる物だが、そのことを知らない二人は素直に景色に目を奪われた。
人とは本当に凄い。
石を削り出して城を作るなんて……どれほどの人間を集めて行われた行為なのか?
想像するだけでも吐き気を覚える。頭の中での計算が全くもって追いつかないからだ。
そんな景色を見ていると……不意にレシアは石の上から飛び降り地面に舞い降りた。
気配で分かる。彼女の感情を表現するのはいつも踊りだ。
見た景色に強い刺激を受けたのだろう。そしてその刺激が彼女の中で新しい踊りを生み出す。
"踊りの天才"
"天性の舞姫"
ミキは自分の中に存在する語彙で彼女のことを言い表す言葉を見つけられなかった。
彼が抱く言葉の……それ以上の踊りを見せるからだ。
それなのに彼女は自分の"剣技"を踊りと言う。
本当の踊りはどう見ても彼女が体現している物の方だと言うのにだ。
「本当に綺麗だ」
見てて言葉が自然と口からこぼれ出ていた。
無意識に呟いてしまうほど今日の彼女の踊りは優雅で美しい。
即興で作られたとは思えないほどの完成度だ。
『俺もまだまだだな……』
一足も二足もレシアの方が高みに向かい歩みを進めている様にしか見えない。
だからこそ自分もまた頑張らなければと、ミキは思った。
でも今は……美しい景色と見事な踊りを独り占め出来る状況を甘受することにした。
「いっぱい踊れました。も~あの建物は凄かったです」
「そうだな」
全力で踊り狂ったレシアは上機嫌だ。
喧嘩していたことも忘れ、ミキの腕に抱き付き興奮が止まる様子を見せない。
ミキは優しく笑い、空いている手で彼女の頭を優しく撫でる。
目を弓にして少女はその行為を受け入れると、彼の腕に頬を寄せて甘えて来る。
「おーおー。仲の良い所を見せてくれちゃって」
「ん?」
不意に掛けられた言葉に二人は足を止めた。
ゴロツキ風の男が四人……行く手を遮るように立っていた。
気配で相手の存在を感じていたミキだったが、正直相手にもしていなかったので絡まれたことに驚いて居た。
どうも少し少女の方を見過ぎて気を抜き過ぎたのかもしれない。
「ちょっとそこの兄さんよ。俺たちにその女をっ!」
「銭ならくれてやるから失せろ。俺は手加減が出来ない」
口を開いた代表格の男の顔に、ミキは小銭の詰まった小袋を投げつけていた。
(C) 甲斐八雲




