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其の漆

「ミキ~」

「何だ?」

「どうして陸の近くを行くんですか?」


 ずっと進行方向を見ているレシアは座ったままの姿勢で体ごと振り返った。

 椅子となっている七色の球体が潰れたままだが、レシアの尻の感触を味わえているせいか黙っている。

 一瞬イラッとしたミキは、爪先を球体に突き入れながら妻と同じ方向を見る。


 現在船の進行方向に対して、右に陸が、左に海面が広がっている。


 レシアはずっと右側の陸が離れずに居るのが不思議に思ったのだ。

 たまに海面を覗き込めば、石などが見える。船の底を軽く擦ることもあり、その度に船員たちが慌てて走りだすのだ。


「レシア。どうしてだと思う?」

「ん~」


 問われて軽く悩む。分からないから質問をしたのに……こんな風に彼は問いを問いで返すのだ。


「分かりません!」

「胸を張るな」

「……分かりません」

「少しは頭を使え」


 自信をもって答えたら怒られる。シュンとしても怒られる。

 レシアとしては正しい返事の仕方を聞きたくなるが、聞けばまた怒られるからプク~と頬を膨らませて拗ねた。


「そう拗ねるな。ならこう考えてみろ」

「はい?」

「『どうして陸から"離れない"のか?』じゃなくて、『どうして陸から"離れられない"のか?』をだ」

「離れられない?」


 問われてレシアはまた悩み出した。

 離れたくても離れない理由。船の底を石に擦り付けてても陸地の傍に居る訳を。


「石よりも危ない物があるからですか?」

「正解だ」

「うなぁ~」


 伸びて来た彼の手が頭を撫でてくれる。

 嬉しくなってレシアは相手の腰に抱き付いていた。


「船底を擦るよりも危ない物が陸を離れると居るんだそうだ」

「居る?」

「ああ。大海獣と呼ばれる海の生き物だよ」

「ほえ~」


 相手の腰から腕を放してレシアは船の左側に立つ。確かに船に並行する形で大きな生物が居る。


「居ますね。あっちに大きいのが」

「……ちなみにレシア」

「はい?」

「今から進む方向に船の底を擦りそうな石はあるか?」

「ん~」


 顎に指をあててレシアは進行方向に目を凝らす。

 少し先にそれっぽい石が見えた。


「もうちょっと行くと右側の底を擦りますね」

「もうちょっととは?」


 彼女の返事よりも早く、船がゴリッと何かを擦って揺れた。


「今でした」

「そのようだな」


 本当にその能力は規格外すぎる。


「これから船の底を擦りそうな石はあるか?」

「ん~。石は無いですね」

「……石以外だと?」

「おっきい生き物が居ますよ。こ~んな感じでクネクネしてます」


 全身をクネらせて彼女が説明して来る。

 意味はさっぱり分からないが、何かが居ることだけは理解出来た。


 ミキは近くを通りかかった船員を呼び止めて、自室で寝ているはずのワハラを呼んで貰った。




「たぶんそれはお化けイソギンチャクですね」

「そうか。なら備えてくれ」

「へい」


 王の指示でこの船を預かる男の声に船員が慌てて準備を始める。

 天を仰いで息を吐いたワハラは……出かける時に王妃に呼び止められ、注意を受けたことを思い出した。


『あの二人……特にレシア様には気をつけてください。あのお方は本当の意味で化け物です』


 シャーマンの巫女と言うことだから多少風変りの者であろうと思っていたが、その一端を垣間見て……ワハラは自身の中でレシアに対する認識を改めた。

 そして王妃が早く旅立って欲しそうにしていた訳を知った。怖かったのだろう。


 胸に七色の球体を抱きしめて船の先端に居る女性は、はた目から見れば美しい少女だ。

 だがその自由奔放で居て、全てを見渡す気配を持つ雰囲気に……熟練の船員は恐れを抱いて近づこうともしない。

 己の感覚を信じる彼らも、彼女が『普通ではない』と言うことを察しているのだ。


「なあミキよ」

「ん?」

「お前の嫁は……その……近くに居て怖くならないのか?」


 何となく質問の趣旨を察して、ミキはクスッと笑った。


「あれの本当の恐ろしさはこの程度じゃ無いからな。これぐらいで怖がっていたらとても横には立てんよ」

「……やはり宮本の一族か」

「何でもそれで片付けるな」


 確かに義父を中心にその弟子たちも風変わりな者が多かったが、自分までもあれに含まれるのは正直度し難い。

 だがミキの訴えはあっさりと無視され、ワハラは船の先端に向かい歩みを進める。

 ミキもそれを視認したから口を閉じた。


「デカいな」

「ああ」

「どう倒す?」

「死ぬまで矢を射るしかないそうだ」


 見えて来た生物は屋敷ほどの高さのあるモノだった。


「普段この海路は使われているのだろう?」

「それでもあれぐらいのモノは一晩で湧く。それがこの場所の海だ」


 ミキもワハラも共に内海の傍に暮らしていた身だ。海についての知識を持っている。

 それでも目の前の存在は異様なのだ。


「刃が届かないと俺は手を貸せんぞ?」

「客に戦わせるほどアフリズムの船は貧弱では無い」


 船員が運んで来る固定式の大弓を見てミキは納得した。


「ミキ~」

「どうした?」


 と、また船の左側に動いていた妻の声に彼は反応する。

 小刻みに動いている様子を見て……何となく漠然と嫌な気配を感じた。


「鳥は投げつけるなよ。流石に食われたら厄介だ」

「コォケェ~?」

「そんなことしませんよ!」


 逃げ出そうとする球体を彼女はギュッと抱いた。


「あっちに居る大きい子にお願いしても良いですか?」

「あれの退治を、か?」

「はい」


 イソギンチャクを指さし問う夫にレシアは大きく頷き返す。

 一瞬悩んだミキだが、弓矢で倒したイソギンチャクを退けるのも時間がかかりそうだと判断して……安易に頷き返した。


「なら……お願いします」


 しばらくすると……ヌッと水面から何かが顔を出した。




(C) 甲斐八雲

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